思い出
カーテンの隙間から差し込む朝日は、昨日までのどの光よりも眩しく感じられた。俺は腕の中に収まる凪の温もりを確かめる。
「……んっ……」
凪が小さく声を漏らし、まどろみの中で俺のシャツを握りしめる。彼女はゆっくりとまぶたを震わせ、俺の瞳を見つめた。
「……おはよう、みーくん」
「おはよう、凪。ついに、最終日だな」
「うん……、今日はどこにも行かないよ。お家で、みーくんと二人っきりで過ごすの。……だって、今日からはもう『期間限定』じゃななって『一生』になるからね」
彼女はそう言うと、俺の首に腕を巻き付け、そのまま額を寄せてきた。朝の静寂の中で、二人の呼吸が重なる。俺は彼女の背中に手を回し、その華奢な肩を抱きしめた。
「……ねえ、アルバム作ろう。これから思い出を全部記録していくの」
「いいな。確か使ってないアルバムがあったな」
凪はベッドから抜け出すと、部屋でシャツ一枚のまま、はしゃいだ様子でスクラップブックを広げた。
「みーくん、こっち来て。……ここ、大涌谷のやつ。あ、これは温泉の入り口で撮ったやつ」
彼女は俺の隣に座ると、隙間なく身体を密着させてきた。彼女の柔らかな太ももが俺の脚に触れ、かすかに香る石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。俺は彼女の手を取り、写真を整理する作業を始めた。
「……なぁ、凪」
「ん?」
「これからも大井でたくさんつくろうな」
「……うんっ」
彼女はペンの先をかじり、真っ赤な顔で俺を見上げた。俺はその可愛い横顔に引き寄せられるように、彼女の首筋にキスを落とした。
「……みーくんっ、だめだよ。今、作業中なんだから」
「ごめん、我慢できなかった」
「……もう、ずるいよ。そんなこと言われたら、集中できるわけないじゃない」
彼女はアルバムを放り出し、俺の上に跨るようにして座り直した。その瞳は、俺を捕らえて離さない熱を帯びている。
「ねえ、みーくん。私のこと好き?」
「もちろん、好きだよ」
「……うふふ、いい子。大好き」
彼女の唇が俺の耳元をなぞり、言葉を吹き込む。そのたびに背筋を電気が走るような刺激が伝わる。それから二人で旅行を思い出しながらアルバムを埋めていった。
昼を過ぎても、俺たちはソファから動かなかった。買い出しに行くという名目はあったけれど、彼女は俺の腕から離れようとせず、俺もまた、その柔らかな抱擁から逃げ出せなかった。
「……ねえ、お腹すかない?」
「……すいてる。気持ちは満たされてる」
「……みーくんのバカ。……でも、嬉しい」
彼女は俺の胸に再び顔を埋め、心臓の音を確かめるように静かに鼓動を聴いていた。
「この音、一生聴いていたいな。……みーくん、私を一生愛してくれる?」
「愛してるよ」
俺がそう告げると、凪は俺の胸元で満足そうに微笑み、トクトクと刻まれる俺の鼓動を愛おしむように指先でなぞった。彼女の温もりがシャツ越しに肌へと染み込んでくる。
「うん……なら、一生かけて甘えさせてあげるね」
何度目かのキスを交わした後、凪はふっと肩の力を抜き、俺の胸に額を押し当てた。
「……じゃあ、そろそろ買い物行こっか?」
「そうだね。流石にお腹も空いたしね」
「ふふっ、よし、行こう!」
凪は名残惜しそうにしながらも、弾むような足取りで立ち上がった。俺たちは手を取り合い、少しばかり火照った身体のまま、昼下がりの街へと飛び出した。
外に出ると、夏の強い陽射しがアスファルトから立ち昇っていた。スーパーへと向かう道すがら、前方を歩く二人組の姿が目に入る。
「あ……あれって」
凪が声を上げると、向こうも俺たちに気づいて足を止めた。涼と、千尋だ。
二人は並んで歩いていたが、俺たちの姿に気づくと、パッと距離を置いた。……とはいえ、その動きのぎこちなさが、逆に二人の「近さ」を如実に物語っている。涼は少しバツが悪そうに鼻の頭をかき、千尋は頬を赤らめて視線を彷徨わせていた。
「よっ、お疲れ」
俺が声をかけると、涼は爽やかに笑ったが、その耳は明らかに赤かった。
「……湊か。奇遇だな。お前らも買い出し?」
「ああ。……で、お前らは散歩にしては随分と距離が近いんじゃないか?」
俺がニヤリと笑うと、千尋が「ち、違うよ!」と慌てて手を振った。
「ただ、その……涼が、お土産渡したいって言うから!」
「お土産?」
凪が目を輝かせて二人の間に割り込む。
「ふーん? お土産、ねぇ。千尋、顔が真っ赤だよ?」
「うっ……凪もからかわないで!」
千尋はそう言うものの、涼の方をちらりと見て、とても嬉しそうに微笑んだ。まだ付き合っているという報告はないが、お互いに想い合っていることは誰の目にも明らかだった。
「せっかくだし、このまま二人ともうちに来ないか?」
凪が唐突に切り出した。
「えっ、今から?」
千尋が驚いて涼の顔を見上げる。涼は苦笑しながら、俺の肩を叩いた。
「いいのかよ、湊。お前ら、今は二人きりでいたい時間だろ」
「ああ。でも、この幸せをお裾分けしたくてな。……それに、久しぶりに話したいし」
「……お前、相変わらずだな」
涼はそう言いながらも、どこか安堵したように千尋を見た。千尋が小さく頷くのを見て、涼は観念したように息を吐く。
「……じゃあ、お邪魔させてもらうか。千尋も、いいだろ?」
「う、うん。お邪魔します!」
四人はそのままスーパーへと向かった。凪が俺の手をぎゅっと握り、俺の脇腹をそっとつついてくる。
「みーくん、なんかいい感じだね。私たちに続いて、あっちも……ね?」
「ああ。……なんだか、今日は最高の夜になりそうだな」
涼と千尋、そして俺と凪。夕暮れに染まり始めた街を四人で歩きながら、俺たちはこれからの賑やかな時間を想像して、自然と笑みをこぼしていた。
読んでくださってありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★評価やブックマークで応援していただけると更新の励みになります!





