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第三章連載中 元義妹は元義兄と暮らしたい〜他人になったはずの元義妹と再会したら学校でも猛アタックしてきて困ってます〜  作者:
2人の時間

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57/84

告白

少し長めです

翌日の放課後。凪が職員室へ向かった後、教室は急速に静寂を取り戻していた。

西日が差し込む机で、湊は手早くノートを片付けている。凪の帰りを待つ穏やかな時間のはずが、今日はどこか空気が張り詰めていた。窓の外では、季節外れの風が校庭の木々を揺らし、カサカサという乾いた音がやけに大きく響く。


香織は意を決して、湊の席へと歩み寄った。床を鳴らす自分の足音が、なぜこれほどまでに重く響くのか。心臓の鼓動は早鐘のように打ち、喉元までせり上がってくる熱い塊を必死に飲み込む。


「……湊くん。今、少しだけいいかな」


湊は顔を上げ、凪に向けるのとは違う、丁寧で誠実な眼差しで香織を見つめた。香織はその優しさに甘えず、逃げ道を作らないようにして真っ直ぐに言葉を紡いだ。


「中学の頃から、図書室の窓際にいた湊くんのこと、ずっと見ていたの。最初はただの憧れだったかもしれない。でも、この2年間、ずっと湊くんのことばかり考えていました。……湊くんのことが好きです」


その言葉は、香織の全人生を懸けた祈りにも似ていた。教室に沈黙が流れる。風が止み、秒針の音さえ聞こえそうなほどの静寂の中、湊の表情には困惑と、そして深い痛みが走った。彼は香織の言葉を否定するのではなく、その重さをすべて受け止めようとするように、深く息を吐いた。


「……ありがとう。君がそれだけ俺のことを想ってくれていたこと、本当に光栄に思う。……でも、香織さん。俺は、君の気持ちに応えることはできない」


香織は、その返事を覚悟していたはずなのに、胸の奥が冷たく締め付けられるのを感じた。心臓が握りつぶされるような痛みが走る。湊は、逃げることなく、穏やかで切ない声で言葉を続けた。


「俺には、すでに心に決めた人がいる」


「……知ってる。でも、どうして? ずっと人とあまり仲良い様子はなかったのに。幼馴染だから? 」


香織の問いに、湊は小さく首を振った。彼は隠し事をすべきではないと判断したのか、遠い過去を呼び起こすように話し始めた。その瞳は、過去の記憶を辿るたびに、遠くへ消えていくように揺れていた。


「俺と凪は、もともと義兄妹だったんだ。……両親の再婚で家族になって、同じ屋根の下で暮らしていた。俺たちが小学校五年生だった頃から、俺はもう、凪のことが好きだった。……でも、親の離婚で、俺たちは引き離された。あの時、俺が経験したのは、世界が崩壊するような絶望だったんだ」


香織は言葉を失った。あの静かな図書室で、彼が纏っていた孤独の正体が、今ようやく露わになった。湊が中学時代、なぜあれほどまでに頑なに他人を拒絶していたのか。その理由が、氷解するように腑に落ちた。


「大切な人が、ある日突然目の前から消える。……その恐怖が、俺から他人と関わる勇気を奪ったんだ。図書室の窓際で俺が誰をも寄せ付けなかったのは、これ以上誰かと繋がって、また失うのが怖かったから。俺は、自分という殻の中に閉じこもることでしか、凪を失った痛みから逃げられなかった。誰にも踏み込ませないことで、俺は自分自身をかろうじて保っていたんだ」


「……じゃあ、凪ちゃんは? 彼女も同じように苦しんでいたの?」


「凪も同じだった。……あいつは親が離れる時、自分の感情を押し殺して、誰にでも愛想を振りまくことで寂しさを誤魔化していた。俺たちが再会した時、凪は『昔の自分』の仮面を被り続けていたんだ。」


湊は凪への想いを、まるで心臓の鼓動を確かめるように言葉にする。それは、単なる情熱ではなく、生きるための執着に近かった。


「俺にとって凪は、ただの幼馴染や義兄妹じゃない。俺が自分を捨ててまで守りたかった、何よりも大切な自分の一部なんだ。……君が2年間思ってくれていたのは嬉しい。でも、本当にごめん。俺の心はもう、あの日から凪以外の場所には存在していないんだ」


それは完璧な拒絶であり、同時に香織のすべてを尊重する誠実な告白だった。湊は、香織の想いを汚すまいと、あえて自分の汚い部分まで晒して断ったのだ。


「……湊くん。私、分かったよ。湊くんの優しさが、千尋ちゃんが言っていたのはこういうことだったんだね」


「千尋?」


湊は驚いたように眉を寄せた。香織は悲しげに、けれど確かな決意を込めて小さく笑った。


「ううん、なんでもない。湊くん、本当にごめんね。こんな風に、あなたの重たい過去まで掘り返させてしまって」


「なんで謝るんだ。謝るのは俺のほうだ。ずっと思ってくれていたのにこんな形で断ってしまってごめん」


香織は涙を拭い、精一杯の笑顔を作った。


「湊くん、ちゃんと断ってくれてありがとう」


これ以上ここにいたら、決壊した感情が抑えられなくなる。香織は湊に背を向け、逃げるように教室を出ようとした。しかし、その足は重く、扉に手をかけることさえ躊躇われる。


「香織さん」


背後から、湊の声がした。立ち止まらざるを得ない。湊の気配がすぐ後ろに近づき、彼は静かなトーンで続けた。


「気持ちを伝えてくれて、ありがとう」


その言葉を聞いた瞬間、香織の目から再び涙が止めどなく溢れ出した。自分でもなぜこれほど泣いているのか分からない。ただ、彼のあまりの誠実さが、今の自分には刺さりすぎた。


「……なんで、そんなに優しくするの?」


香織は振り返ることができず、震える肩を抱きしめた。


「……二人が付き合ってることを知って、最初から結ばれないって分かってて告白したんだよ? 警戒されたり、距離を置かれて嫌われてもおかしくないのに! なのに、どうして……!」


湊は香織の数歩後ろで、ゆっくりと立ち止まった。ただ真っ直ぐな視線を彼女の背中に向けるだけだった。


「……君が、どれだけの覚悟でここに来たのかは、俺にも分かったつもりだ」


湊の声はどこまでも穏やかだった。


「誰かを想いながら、その恋が実らないことを知っている状態で気持ちを伝えるのは、すごく勇気がいることだろう? ……こんな立場で言うのは、逆に君を傷つけてしまうかもしれない。でも、俺は香織さんのことを、嫌いになんてならない。それどころか、君のそのまっすぐな気持ちに、俺自身が救われたんだ」


香織は、その言葉に胸を締め付けられる思いがした。嫌われることを恐れていたわけではない。拒絶されること以上に、自分が大切にしてきた想いを、彼自身が正面から「救いだった」と肯定してくれることが、今の香織には何よりも切なく、そして温かすぎた。


「……これから、友達として仲良くしてくれたら嬉しいな。同じクラスで、ずっと図書室で静かに隣にいてくれた香織さんを、一人の大切な友達として見ていたいんだ」




「……っ、うぅ……っ!」


香織はその言葉を聞いて、また泣いた。それは先ほどのような苦しい絶望の涙ではなく、ずっと閉じ込めていた自分の過去が、ようやく彼の中に受け入れられたという安堵とここまで誠実に答えてくれた湊の優しさに触れた嬉しさの涙だった。

香織は扉の前で立ち止まったまま、涙を拭って彼の方を振り向いた。


「……うん、分かった。……友達、だね。湊くんがそう言ってくれるなら、もう、泣かないから」


香織は涙で赤くなった目で、もう一度だけ湊を見つめ、ゆっくりと教室を出ていった。扉が閉まる音が、夕闇の教室に静かに響く。





「……あの子、自分の手で自分を終わらせるために来たんだね」


千尋の低い声が教室に響く。湊は振り返らず、ただ沈黙を守った。


「俺があの時はっきりした態度をとっていなかったから。あの子の2年間を、あの子の孤独を、俺は……ずっと置き去りにしていたんだ。ただ、あの子を傷つけただけだった」


湊の声は震えていた。自分の態度が、結果として一人の少女に絶望という引導を渡すことになった。その事実に、湊は強い後悔を抱えていた。


「あんたは悪くないよ。湊」


千尋は湊の隣に並び、彼と同じように夕闇に染まる校庭を見つめた。彼女の眼差しは、親友である湊と、去っていった香織の両方を見守るような、複雑でいて鋭いものだった。


「あんたが自分の言葉で誠実に向き合ったことで、あの子は救われたと思うよ」


「……でも、俺がもう少し早く気づいていれば、あんな思いをさせずに済んだかもしれない」


湊が自分を責めるように肩を落とすと、千尋は鋭く眉を寄せた。彼女にとって、湊が自分を追い詰める姿ほど見ていられないものはない。


「……バカ言わないで。あんたが自分を責める必要なんてどこにあるの? そんなことより、あんた自身が壊れてないか心配だよ。また『優しさ』という名の自己犠牲で、自分を押し潰そうとしてるんじゃないの?」


千尋は、湊が凪のためなら自分の心など平気で差し出すような危うさを抱えていることを、誰よりも理解している。彼女は湊の肩を強く叩いた。


「湊、あの子は納得して前を向いたんだよ。だから、あんたまで自分を責めて潰れたら、あの子がかけた勇気が無駄になる。……顔を上げな。凪が戻ってくるよ」


千尋の言葉に湊がハッとした瞬間、教室の扉が勢いよく開かれた。


「みーくん、待たせたね! 先生との話、長引いちゃって……あ、千尋もいたんだ!」


凪の弾んだ声が響き、湊の表情が和らぐ。千尋は、湊が自分を責めるのを止めたのを確認し、努めて明るい声を作った。


「おっ、凪。おかえり」


「みーくん、ただいま! ……あれ、何かあったの? 千尋と、すごく難しい顔してたみたいだけど」


凪は首を傾げ、湊と千尋の顔を交互に見る。湊は自然な動作で、凪の肩を抱き寄せた。


「……大丈夫だよ。ありがとう」


「本当に?何かあったら言ってね」


湊は、凪の手を握り直し、もう一度だけ強く抱き寄せた。凪は理由も分からず、ただ幸せそうに湊の腕の中に収まる。千尋はそんな二人を満足げに見つめる。


「はいはい、また二人でイチャイチャしなよ。……私はここで失礼するからね」


千尋はそう言ってわざとらしく肩をすくめると、振り返ることなく教室を出ていった。彼女の足音が遠ざかり、夕暮れの校舎に二人きりの静寂が戻ってくる。


「……さて、俺たちも帰ろうか」


湊がそっと凪の肩から手を離そうとすると、凪はそれを許さなかった。彼女は湊のシャツをぎゅっと掴み、その瞳を覗き込むようにして上目遣いで彼を見つめた。


「みーくん」


「どうした?」


凪は少しだけ頬を染め、いたずらっぽく、それでいて慈しむような声で囁いた。


「……家帰ったら、甘えていいからね」


湊は一瞬、凪がすべてを察しているのかと息を呑んだ。だが、彼女の瞳には凪特有の純粋な優しさだけが宿っている。彼女は理由を知らなくても、湊が今、何かを乗り越えて自分を求めていることを、本能的に理解しているのかもしれない。

湊は胸の奥の奥でくすぶっていた最後の澱が、凪の一言ですべて溶け出していくのを感じた。彼は再び凪を強く抱きしめ、今度は先ほどよりもずっと深く、その温もりを吸い込んだ。


「……ああ。……そうさせてもらうよ」

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