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第三章連載中 元義妹は元義兄と暮らしたい〜他人になったはずの元義妹と再会したら学校でも猛アタックしてきて困ってます〜  作者:
2人の時間

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視線

翌日の昼休み、教室の空気は昨日と変わらず賑やかな熱気に満ちていた。


湊の机の周囲には、相変わらず教科書を広げた女子生徒たちが小さな輪を作っている。「湊くん、この範囲のポイント、もう一度教えて!」「湊くんはさ、ここの解釈はどう思う?」と、彼女たちの声は軽やかで、憧れに彩られている。湊が何か特別なことをしたわけでもないのに、いつの間にか彼はクラスの「頼れる中心」として自然と浸透していた。


そんな賑わいの中で、教室の端、窓際の席に座る香織は、広げた本のページをめくることもなく、ただ一点を凝視していた。彼女にとって、その視線の先にある湊の背中は、中学時代からの長きにわたる執着そのものだった。

まだ誰も湊の存在を意識していなかった頃、静かな図書室でいつも同じ席に座っていた彼。放課後の誰もいない教室で、一人窓際で空を見上げていた横顔。あの中学時代、彼の背中を見つめ続け、ただ一度だけ目が合った瞬間の胸の高鳴りを、香織は今日まで一度たりとも忘れたことはなかった。


(……私だけが知っていたのに。あの日からずっと、あなたのことは私だけが見つけていたのに)


湊が凪の髪にふと触れ、凪が湊のシャツを掴んで甘える。その距離感を、香織は瞬きも忘れるほど熱を帯びた瞳で見つめている。今の湊は、中学時代のどこか孤独を纏った彼とは違う。多くの人に囲まれ、凪という最愛の存在に守られ、眩しいほどの光の中にいる。

香織の隣の席で、親友の「美咲」は、ふと本を閉じると、退屈そうに身体を捻った。彼女は香織が湊に向けた、飢えたような、あるいは狂おしいほどの情念に、ふと気づいてしまった。香織の肩がかすかに震え、呼吸が浅くなっていることに。


「……香織、あんたまた見てるの? ……中学のときからずっとだよね」


美咲は誰にも聞こえないほど小さな声で、容赦のない言葉を落とした。香織はびくりと肩を跳ねさせ、慌てて視線を本に戻した。


「な、なに? 美咲」


「とぼけないで。香織があの人のこと、図書室で隠れて見てた頃から好きだったの、私だけは知ってるよ。……でも、今の香織の目、ちょっと怖いよ」


美咲は冷ややかな、けれどどこか心配そうな視線を香織に向けた。香織の顔が、瞬く間に羞恥と動揺で真っ赤に染まっていく。


「違う……そんなんじゃないよ。ただ、なんとなく……」


「なんとなく、ねぇ。……香織、自分で気づいてないの?その目、湊くんのことを見てるときだけ、全然違うよ。まるで……」


「やめて、美咲! お願いだから、そんなこと言わないで」


香織は必死に声を潜めた。美咲は溜息をつき、教室の中央で甘い空気を撒き散らす湊と凪の姿を眺めた。


湊は、凪と繋いでいない方の手を机に置き、その手から伝わる温もりを意識しながら、周囲の生徒たちに変わらず丁寧に応対している。


「……ここの文法は、関係を見れば難しくない。ほら、ここを括弧で括ると分かりやすいだろ? 役割さえ押さえておけば、この構造はすぐに解けるはずだ」


「わあ、本当だ! すごーい、湊くんってやっぱり教えるの上手いね!」


女子の感嘆の声が響く。湊はその称賛を特段誇ることもせず、淡々と解説を続ける。その傍らで、凪は湊のシャツの袖を、まるで離さないと言わんばかりにぎゅっと掴んでいる。彼女の中で「嫉妬」という鋭い棘は、昨日の屋上での会話を経て、より深く、もっと温かい「彼を愛するがゆえの疼き」へと姿を変えていた。


「みーくん、お疲れ様。みんな、頼りにしすぎだよね」


「ああ。……凪、待たせたな。ずっと横で見ててくれたのか?」


「うん。……みーくんがみんなに必要とされてるの、誇らしいよ」


凪が湊の腕に密着し、周囲の女子たちに「この人は私のもの」と無言の主張を突きつける。その光景を見て、香織の握りしめたボールペンの先が、ノートの紙を突き破りそうになる。


「……ずっと、一緒なんて……」


香織の口から漏れた、自分でも気づかないような小さな呟き。美咲は、その切実すぎる響きに背筋が凍るような思いをした。


「香織、あんた、本気なの? あの二人の間に割って入るなんて、できるわけないじゃない。……中学時代からずっと見守ってただけの恋なんて、もう終わりにしなよ」


「分かってる……分かってるよ。でも、止まらないんだよ。目が離せないの。……ずっと前から、どうして」


香織の瞳には、涙が滲んでいた。それは湊への恋心というにはあまりに重く、どこか自己破壊的なほどだった。


湊は凪の腰に手を回すと、周囲の視線など無視して、彼女の頬に鼻先を優しく擦り付けた。


「……凪、今日も綺麗だな。ずっと見ていられる」


「……みーくん、急にそんなこと言わないでよ。みんな見てるのに」


「見ていればいい。俺が凪を愛していることは、この学園の全員が知っていても構わない」


そのやり取りを、美咲は複雑な思いで見守った。湊と凪は、その会話に全く気づいていない。二人の幸福感は、余りにも厚い壁となって周囲を隔絶している。


「……ねえ、みーくん。放課後、どこ行こうか?」


「行きたいとこあれば教えてくれ。なければ少し買い物でも行こう」


湊と凪の愛の檻は、今日も強固に二人を守り続けている。湊の腕の中で、凪は今日一番の笑顔を見せた。


「……みーくん、愛してる。本当に大好き」


「俺もだ」


教室の隅で、二人はまた一つ、誰にも邪魔できない愛の誓いを交わした。その幸福な光景のすぐ側で、香織の秘めた想いが静かに、しかし激しく熱を帯びていることを、親友の美咲だけが冷ややかに、そして切なく見守っていた。美咲は香織の震える肩にそっと手を置き、小さな声で囁く。


「……あんた、本当に取り返しのつかないことになってるよ。……湊くんは、凪ちゃんのことしか見てないのに」


湊と凪は、その声を聞くこともなく、夕陽に染まる校舎を並んで歩いていった。

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