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第三章連載中 元義妹は元義兄と暮らしたい〜他人になったはずの元義妹と再会したら学校でも猛アタックしてきて困ってます〜  作者:
2人の時間

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月曜日の朝



 五月の柔らかな風が校舎を吹き抜ける月曜の朝。校門から続く並木道を、湊と凪が並んで歩いてくる。

 同じ屋根の下で目覚め、朝食の香りを共に楽しみ、何気ない言葉を交わして支度をした。そんな「日常」が、この週末を経て、二人にとって唯一無二の聖域へと変わっていた。


 湊の足取りは穏やかで、凪の少し前を歩くことも、少し後ろを歩くこともない。二人の歩調は奇跡のような均衡を保ち、隣り合って進んでいく。かつて湊が纏っていた、周囲を寄せ付けない冷徹な優等生の鎧は、凪の隣でだけ見せる温かな素顔の下に隠されていた。


 教室の扉を開け、いつもの席へ。

 席に着くと、湊はふと振り返り、凪と視線を交わす。言葉は必要ない。ただ目が合うだけで、二人には昨夜の、いや、週末のすべての時間が共有されていることが伝わる。


 ふと凪と目が合うと凪は嬉しそうに目を細め、前の席である湊の椅子の背に、自分の手先をそっと添えた。以前までのような遠慮はない。湊のすべてを自分の色に塗りつぶしたという独占欲と、湊が自分だけを見てくれている幸福感に包まれている。


「……みーくん。どうかした?」


 湊が振り返ったまま、どこか満足げに自分を見つめていることに気づき、凪が小さく笑って顔をのぞいてくる。


「……朝からずっと、凪のこと考えてた。……本当に幸せだなって」


 湊が真っ直ぐに伝えると、凪は顔を真っ赤にしながらも、その瞳に熱い幸福を湛えて見つめ返した。


 そこへ、涼と千尋がニヤニヤしながらやってきた。二人は金曜の夜、湊と凪の部屋を辞去する直前、彼らの間に流れる濃密な空気を肌で感じていた。今も二人の間の距離感の変化に、涼は愉快そうに口を開く。


「よっ、おはよう!……おいおい、湊。なんかお前ら、朝から妙に仲いいな。……もしかして金曜日は、俺らが帰ったあと『お楽しみ』だったんじゃないの?」


 涼がからかうように湊の肩を叩く。湊はいつもなら冗談で返すか、適当にいなすところだが、今日はふっと凪の方を見てから、苦笑を漏らしただけだった。


「そうそう。金曜の夜、私たちがあのまま帰ったあとさ……二人で何かあったんでしょ? なんか二人とも、空気がちょっと、こう……『大人』っぽくなったというか、密やかな感じがするっていうか……」


 千尋の指摘に、凪は動じることもなく、さらりと鞄から教科書を取り出した。前の席にいる湊の肩に、凪が指先を軽く預ける。湊もそれに従うように、背もたれに体を預けて凪との距離を保った。席は離れていても、二人の空間は以前よりも確実に親密なものになっている。


「えー? 何もないよ。ただ……週末に少しゆっくり話せたからかな」


 凪が湊を見上げる。その瞳には、親友たちには読み取れない、二人だけが共有する秘密の記憶が宿っている。湊もまた、自然な動作で凪の方を振り返り、彼女が今日一日困らないようにと、自分の手元にあった予備のプリントをそっと手渡した。


「……そうだな。ずっと一緒にいたおかげで、ようやく整理がついたというか」


「……なんだよ。湊のその顔、なんか凪ちゃんに全部お見通しって感じに見えるぞ。前までの鋭い感じが消えて、妙に穏やかというか……凪ちゃんにすっかり手懐けられてるような?」


 涼の鋭いツッコミに、湊は涼を適当にいなしながら、背後にある凪の手の甲を、自分の手でそっと包んだ。


「手懐けられてるなんて、人聞きが悪いな。ただ、凪といるのが今は一番自然なんだよ。お前らだって、好きな奴といる時は自然とこうなるだろ?」


 涼や千尋には「仲のいい幼馴染の談笑」にしか見えていないだろう。だが、互いの体温を確認し合う感覚は、間違いなく週末に深まった絆そのものだった。そんな二人のやりとりを、二人の関係をなんとなく察している涼と千尋もまた、微笑ましく楽しんでいる。


 その様子を、近くでノートを広げていたサキという女子生徒が、ニヤニヤしながら眺めていた。


「ねえ、湊くんってさぁ、この前までもっとこう……氷の彫刻みたいだったよね? でも今の湊くん、凪ちゃんを見る目がとろけそうというか、完全に『凪ちゃん仕様』になってない?」


 サキの言葉に、周囲の女子たちも一斉にこちらを向く。


「あー、分かる! 私も思った。湊くんって、あんなに凪ちゃんにベタベタしたっけ? ……ねえ、これって、そういうことだよね?」


 サキの隣の女子が、含みのある笑みを浮かべて凪に詰め寄る。


「……ねえ、凪ちゃん。白状しちゃいなよ。二人、週末に何があったの? その幸せオーラ、隠せてないよ?」


 女子たちの執拗な追及に、凪は涼しげな笑顔を崩さず、湊の背中を愛おしげになぞった。


「……みんな、やっぱり少しだけ感づいてるみたいだね」

「ああ。だが、俺たちの関係は誰にも邪魔させない。俺は凪と、このまま歩んでいきたいだけだ」


 湊は周囲の冷やかしを気にすることなく、淡々と、しかし力強く言い放った。


「……もう、何を言っても無駄だね。湊くん、顔に出すぎ!」


 千尋が呆れ笑いをする中、予鈴が鳴る。


「……授業、始まるな。凪、教科書は?」

「ここにあるよ。……また後でね」


 湊は、後ろの席にいる凪と軽く視線を交わす。窓から差し込む朝の光が、二人の横顔を等しく照らしている。誰に何を言われようと、この瞬間、すぐ後ろに凪がいるという事実だけで、湊の心は満たされていた。


 窓の外を見やると、新緑が揺れている。湊は自分がかつて、凪以外の存在にどれほど心を通わせようとしていたのか、あるいはどれほど閉ざしていたのかを思い返した。だが、今となってはそれすら遠い過去の出来事のように思える。

 今、自分の背後には、世界で最も大切な人がいる。その事実が、湊の日常を色鮮やかに染め上げていた。


「……みーくん、授業中に私のこと考えちゃだめだよ?」

「……無理だな。凪が後ろにいる限り、集中なんてできるわけがない」


 湊が小さく呟くと、凪はクスクスと笑い声を漏らす。その声が湊の背中をくすぐるように伝わり、彼はたまらなく愛おしい感情に包まれる。


 授業中、先生の声が遠く聞こえる中で、湊はノートにペンを走らせる。だが、その意識の大部分は、後ろの席で凪がどのように座り、どのような表情で黒板を見ているのかという想像に割かれていた。凪の気配を感じるだけで、湊の心は静かに、そして確実に満たされていく。


 休み時間になると、また周囲が騒がしくなる。女子たちがまた、凪の席の周りに集まり、二人の関係についてあれこれと探りを入れているようだ。


「凪ちゃん、やっぱり湊くんと何かあったでしょ? 週末、二人で何してたの?」


 そんな問いかけに、凪は時折、視線を湊の方へ向けて、いたずらっぽく笑う。その視線を受けた湊は、何も言わずに軽く会釈を返すだけだが、その眼差しには凪への深い愛情と、彼女を守ろうとする静かな意志が込められている。


「秘密。……でも、一つだけ言えるのは、私は今、とっても幸せだってことかな」


 凪のその言葉を聞いたとき、湊は胸が締め付けられるような幸福を感じた。自分が彼女の幸せの源であり、彼女が自分の幸せの源であるという、この何にも代えがたい関係。二人の絆は、誰にも解くことのできない、永遠の鎖として、お互いの心に結ばれているのだ。


 放課後の図書館。

 二人は約束通り、静かな図書館の席で並んで座った。ここでもまた、二人の世界が広がる。


「……みーくん、ここの問題なんだけど」


 凪がテキストを指さすと、湊は彼女の肩越しにその問題を見つめる。二人の距離は物理的には近いが、決して一線を超えない。だが、その空気感は、どこからどう見ても恋人同士のそれだった。


「ここはね、こうして式を立てると解きやすいんだよ」


 湊が穏やかな声で解説すると、凪は真剣な表情で頷きながらも、時折湊の顔を覗き込む。


「さすが、みーくん。分かりやすいね」

「凪が真面目に聞いてくれるからさ」


 そんな二人の様子を、図書館の司書が少し呆れたような、でも温かい目で見守っている。この静かな場所で、二人は二人だけの時間を紡いでいく。


 外が暗くなり始め、図書館が閉館の時間を告げる。


「そろそろ帰ろうか、凪」

「うん、帰ろう。……今日は本当に楽しかったね」


 帰路につく二人の背中は、夕闇の中に溶け込んでいく。明日になればまた、学校という舞台で仮面を被ることもあるかもしれない。だが、その裏側で、彼らは今夜の記憶を糧に、より絆を強固にしていくはずだ。


 

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