# 第116話 西のゲート
三日後、ソルバニア王都には二つの札が掛かった。
一つは古い白火教会の札。
焦げて、端が黒い。
もう一つは新しい救護札。
白い傘と細い菌糸の印。
マイコニア救護行政、臨時東門所。
名前が長い。
シロは見た瞬間、少し頭を抱えたかった。
今は小さなキノコ分体なので、抱える頭がない。
傘の縁だけが震えた。
「行政って言葉、どこから出ました」
マルクが丸眼鏡を押し上げる。
「窓口が三つ以上あるなら行政です」
「嫌な説得力がある」
実際、窓口は必要だった。
薬の配布。
寝台の割り当て。
焼けた家の修理申請。
孤児院の食料。
聖火騎士の名簿。
白火教会の残った司祭の身分確認。
戦争の後に残るのは、英雄の歌ではない。
紙と列と、足りない毛布だ。
ただし、今回の列は普通ではなかった。
市民だった人々は、穏やかに並んでいる。
怒鳴らない。
押さない。
不安で泣かない。
菌糸に抱かれたまま、必要な場所へ歩く。
それは理想の窓口だった。
だから最悪だった。
エレナは救護旗の下に立っていた。
白衣の繊維には菌糸が混じり、袖口から淡い胞子がこぼれている。
人間だったころより美しい。
それが、シロには少し嫌だった。
「ソルバニアは滅びました」
エレナは静かに言った。
「でも、人は救われました」
マティアスが横で目を伏せる。
「人であったものも、です」
彼の訂正は小さい。
だが消えない。
エレナは怒らなかった。
「はい。あなたは、そう記録してください」
マティアスは古い祈祷書を抱えた。
彼は菌神教に入っていない。
そのせいで、一部の新しい信徒からは疑われる。
だが、旧白火教会の信徒は彼がいるから窓口へ来られる。
祈ってもいい。
ただし、病人を焼く祈りでなければ。
その線を引くために、彼は残った。
東門の外では、さらに東の国々へ続く街道がある。
ソルバニアは、もう完全な人間の国ではない。
翠色の光が明滅する、生体プラントだ。
食料を作る。
薬を作る。
胞子を配る。
恐怖を鎮める。
そして、通る者すべてにマイコニアの便利さを見せる。
民衆はそれを敗北とは呼ばなかった。
パンが安くなった。
薬が届いた。
寝台が増えた。
火の前に立たされなくなった。
だから多くの人は、今日のところは納得した。
シロは東門の上に低い旗を掲げる。
低く。
控えめに。
そのつもりだった。
だが街道を行く商人たちは、すぐに噂するだろう。
聖火の国に、焼かずに治す白い門ができた。
その門の奥では、人々が永遠に微笑んでいる。
噂は荷馬車より速かった。
バルカラス王国は、東街道の検問を二つ増やした。けれど薬を求める巡礼者の列までは止められなかった。
ヴルジフ帝国の辺境砦では、聖火で焼けなかったという報告書に赤い封蝋が押された。討伐軍ではなく、まず監視員を送れという命令が戻った。
マグリアン帝国の穀物商は、ソルバニア向けの小麦契約を一晩で書き換えた。神への寄進ではなく、救護行政への納入という名目に。
アルカストの魔導師たちは、王都全体が生き物になったという一文にだけ線を引いた。都市規模の術式でも、そこまで柔らかく人を包めない。
どの国も、すぐには剣を抜かなかった。
抜けば、自分たちの病人と飢えた民を、あの白い門から遠ざけることになる。
大陸の東へ向かう者は、そこを通る。
マイコニアは、ついに森の外へ門を持った。




