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万年「F」ランク冒険者、呪われた装備で最強を目指す  作者: 秋栗稲穂


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084話 灰の狩人

王都の夜が明け、まだ霧の残る時間。

リシェルは馬を走らせていた。

黒の外套を翻し、冷たい風を切って進む姿はまるで、死神のように静かで美しい。


任務は明白だった――

“王都に呪詛を持ち込んだ者を追え”。


たった一文の命令。

だが、王都に甚大な危機をもたらした“病”の根を追う以上、それは国家規模の極秘任務でもある。


「……まったく。病人の看護より性に合うってのが、俺も末期だな」


ぼやきながらも、リシェルの視線は鋭く周囲を探っていた。

彼女の耳には、王都で築いた情報網――その中でも“情報屋マーカス”の言葉が蘇る。


『リシェル、あんたにゃ借りがある。だからタダで教えてやるよ。

呪詛の発生源、王都の外れじゃねえ。山の奥だ。古い屋敷――十年前に伯爵が首を吊った場所だ』


リシェルは鞍の上で肩を竦めた。


「呪われた屋敷、ね。どうせまたろくでもねぇもんが出てくるんだろうが……いいさ、退屈はしなそうだ」


灰色の雲が低く垂れ込める。

風は冷たく、木々の枝が唸りを上げる。

その中を、彼女はただひたすらに、目的地へ向けて進んだ。



三日目の昼。

馬の足取りが止まった先には、荒れ果てた石造りの屋敷があった。


かつては貴族の館だったのだろう。

だが今は、壁は苔むし、扉は腐りかけ、窓という窓は割れ落ちている。

周囲の空気は濃密で、瘴気が風に乗って漂っていた。


「……なるほどね。マーカスの言ってた通り、“空気”が腐ってやがる」


リシェルはマントを翻し、腰の短剣で鍵をこじ開ける。

軋む音を立てて扉が開くと、鼻を突くような鉄と血の臭いが襲った。


「……十年モノの死臭。こいつぁ傑作だな」


呟きながら中へと足を踏み入れる。

廊下の床板は踏みしめるたびにギシギシと鳴り、壁には奇妙な痕跡――黒い手形のようなものがいくつも残されていた。

ランプの灯りがそれを照らすたび、どこかで誰かの囁き声が聞こえる気がした。


“……もどれ……もどれ……”


「悪趣味な仕掛けだ。霊でも飼ってんのか?」


リシェルは鼻で笑い、慎重に足を進める。

調査の訓練は彼女の得意分野だ。

物音、風の流れ、床のわずかな沈み込み――

そのどれもが、彼女にとっては「生きている情報」だった。


屋敷の奥に入るにつれ、瘴気はますます濃くなっていく。

壁に貼られた古文書のような紙には、見たこともない呪符の文字が書かれていた。


「……呪術式の残骸、か。王都のとは系統が違うな。こいつは……南方の禁呪?」


リシェルが手袋越しに紙をなぞると、微かに赤黒い煙が上がった。

触れた瞬間、指先にチリチリとした痛み。


「おっと、まだ生きてやがるのか。上等だ」


彼女は軽く舌打ちし、指先の瘴気を祓うと、屋敷の奥――倉庫らしき部屋へと進んだ。


倉庫はほこりと木箱で埋もれていた。

しかし、その一角に、妙に新しい石床がある。

他の部分と色が違う。しかも、うっすらと血の跡が続いていた。


「こういうとき、怪しいのは決まってる」


リシェルは剣の柄で石床を叩いた。

音が違う。空洞だ。


「……ビンゴ」


石を退かすと、そこには地下へと続く階段が現れた。

冷たい空気が吹き上がり、腐敗と薬品が混ざったような臭いが鼻を刺す。


「さて、地獄見物と洒落込むか」


階段を降りると、そこには異様な光景が広がっていた。


壁一面に走る管、鉄製の台、血で染まった記録書。

そして、奥の部屋からはかすかに呻き声のような音。


リシェルは口元を歪めた。


「……ああ、なるほど。“実験”か。

王都の呪毒といい、誰かが“傲慢の因子”をいじくってやがる」


記録書を拾い上げると、そこには文字が滲んでいた。

しかし、一部だけ読めた。


《被験体No.23 人間への適合率――失敗。暴走。処分。》


《被験体No.41 魔物個体。呪力適応率――過負荷により崩壊。》


《目的:完全因子の移植――S Sランク級ダンジョン・コアに至る道。》


「……クソッタレが」


リシェルは舌打ちした。

人間にも魔物にも、“神器の呪い”を移そうとした痕跡。

つまり、この屋敷こそが――呪詛の実験場。


彼女の胸に、冷たい怒りが燃えた。



通路を抜けた先、大広間があった。

そこはかつて礼拝堂のようだったが、今は無惨に破壊され、壁には血痕がこびりついている。

中央には戦闘の痕跡――焦げ跡、割れた床、焼けた骨。


「……実験体同士を戦わせてやがったな。だが、死体は片付けてやがる。つまり、“まだここにいる”」


彼女の鋭い勘が、空気の違和感を捉える。


次の瞬間――通ってきた通路が、ガシャリと音を立てて閉ざされた。


金属音が響く。

左右の壁に降りていた鉄格子が、ゆっくりと上がっていく。


ギギギギギ――!


暗闇の奥から、何かが這い出てくる。


腐肉の匂い、骨が軋む音、そして──人の声ではない呻き。

現れたのは、異形の群れだった。

人と魔物の形が融け合い、皮膚の下から黒い蔦のような器官が蠢いている。


ひとつは人の上半身に獣の脚を、

もうひとつは魔獣の頭部に人の腕を、

そしてどれもが、どす黒い魔力の瘴気を放っていた。

そのどれもが、生きながらにして“失敗”した者たち。


「こいつらは……魔物への移植に失敗した“傲慢の被験体”ってわけか」


リシェルは剣を抜く。

刃がランプの光を反射し、冷たい輝きを放つ。


「チッ……俺としたことが、ドジったぜ。まんまと誘い込まれちまった」


しかし、彼女の口調には一片の焦りもなかった。

むしろ、唇の端が愉快そうに吊り上がっている。


「だが、この程度で俺を足止めしたつもりか?……ったく、見くびられたもんだぜ」


剣を肩に担ぎ、リシェルは異形の群れを見渡した。

数十体はいる。どれも瘴気を撒き散らし、唸り声を上げる。


「……いいぜ。久々に“本気”出してやる」


彼女の瞳が、紅に染まる。


次の瞬間――


爆風とともに、地獄の饗宴が始まった。

次回タイトル:085話 灰域の亡剣

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