052話 暴かれる真実
死霊王リッチを打ち倒し、その杖から溢れ出す呪力をグラトニーに喰わせた時、アレフは一瞬だけ息をついた。
瘴気が霧散し、墓所の空気がほんの少しだけ澄んでいく。
その後、アレフたちは残された死霊の群れを一掃すると、ようやく仲間たちの表情にも安堵が広がった。
ジェームスは戦闘中に破けた袖口を直そうとし、ライカは額の汗を拭う。
シノはまだ竜気を纏ったまま辺りを警戒していたが、その鋭い瞳もわずかに緩みを見せている。
アスタロスが戦斧を肩に担ぎ、「やっと終わったか」と呟いた。
だが――ただひとり、アレフの胸には重い違和感が残っていた。
彼は足を止めず、虚しく床に転がる杖を拾い上げる。
漆黒の宝玉が埋め込まれたその杖は、なおも微かに脈打つように震えていた。
次の瞬間、アレフの脳裏に、低く、掠れた声が響く。
(……頼む。どうか、彼女を……見逃してくれ……)
死霊王の声だ。
戦いの果てに滅びたはずの亡者の嘆きが、杖を通じて残響のように伝わってくる。
アレフは眼を細める。
「……それは出来ない。だが、救ってはやれる」
彼の答えは、誰にも聞こえない心の声だった。
だが、その瞬間、胸の奥で積み重なっていた違和感が、ひとつの確信へと結びつく。
アレフは杖を握りしめ、まっすぐに奥の棺へと歩みを進める。
ジェームスが怪訝な顔をして声をかけた。
「アレフ様、どちらへ? その奥は……」
だがアレフは返事をしない。
ただ、重い足取りで棺の前に立つ。
その装飾は美しく、かつて愛された者の眠りを守ろうとする切なる想いが込められていた。
棺の中には白い衣をまとった一人の女性ーー“最愛なる者”が静かに横たわっている。
アレフは剣を抜いた。
グラトニーの刃が黒炎を宿し、静かに唸りを上げる。
「何をするつもりなの……アレフお兄ちゃん!?」
ライカが青ざめた顔で声を上げる。
「まさか……やめろ!」
シノが駆け寄ろうとする。
「兄貴!!」
アスタロスが声を張り上げた。
だがアレフは止まらない。
振りかぶった剣を、一気に棺へと突き立てた。
轟音。黒炎が石を裂き、棺の中身を貫いた。
仲間たちは目を見開き、凍りつく。
誰ひとり、意味が理解できなかった。
石棺が軋むとともに、中から透き通るような声が響く。
「……ありがとう……」
それは、女の声だった。
白い衣を纏った女性が、穏やかな微笑みを浮かべながら姿を現す。
彼女の体は既に半透明で、光の粒子に溶け出している。
アレフが突き立てた剣は、彼女の胸を貫いていた。
だが苦痛の色はない。
むしろ、安堵に満ちた眼差しで、彼女はアレフを見つめる。
「……ようやく……楽に……なれる……」
その言葉とともに、彼女の身体は塵となり、静かに霧散していった。
仲間たちは言葉を失う。
ライカは泣きそうな顔でアレフを見つめ、ジェームスですら口を閉ざしたまま立ち尽くしていた。
沈黙を破ったのは、アレフ自身だった。
「……お前たちも感じただろう。違和感を」
仲間たちが訝しげに視線を寄せる。
アレフは深く息を吸い、語り始めた。
「召喚術には一つの理がある。召喚者が死ねば、その支配下にある存在も同時に消滅する。それが、この世界の摂理だ。……だが、俺たちは見ただろう。リッチを斃したというのに、死霊の魔物は消えなかった。むしろ数が多すぎた」
ジェームスが小さく目を見開く。
「……まさか、それは……」
「そうだ。残っていた死霊たちは、リッチに召喚された魔物じゃねぇ」
アレフは杖を握りしめた。
「この杖を拾った時、俺は聞いたんだ。死霊王リッチの声を……」
アレフは静かに告げる。
「夜な夜な街を襲っていた死霊を呼び出していたのは――“最愛なる者”の方だった」
思いもよらぬ真実に仲間たちが息を呑む。
ライカが小さく震えながら問う。
「……でも、それならどうして死霊王は……」
「彼は、彼女を守ろうとしたんだ。自分が死霊たちを操っていると世間に思わせることで、彼女の存在を隠そうとした……」
アレフの声には怒りも憐憫もない。
ただ、静かに事実を紡いでいく。
「かつて賢者だった彼の愛は本物だった。ただ強すぎたんだ……彼女を失いたくないという願いが、逆に彼女を縛り、苦しめた。そして、いつしかその苦しみが呪いへと変わった。その果てが、今回の事件だ」
仲間たちは言葉を失い、ただ沈黙で答えるしかなかった。
やがて、霧散した彼女の残滓を黒炎が呪いと共に喰らった。
(我が主よ。この喰らった呪いだが……)
「……この杖に封じてくれ」
アレフは、死霊王が残した杖をそっと床に置いた。
「……賢者との約束と彼女が最後に望んだ想いだ。消し去るのは違う」
(……承知した)
アレフの言葉に応じ、グラトニーは呪力を吐き出した。
黒い瘴気が杖へと流れ込み、やがて杖の宝玉は深い青色に変わる。
苦しみの代わりに、静かな嘆きの響きを宿したように。
ジェームスが杖を見やり、低く呟く。
「……これは?」
「……“嘆きのワンド”」
アレフは静かにそう答えた。
「死霊を呼び出せる呪具。だがもう、彼女のように暴走はしない」
仲間たちは、それぞれに複雑な思いを抱きながら頷く。
ライカの頬には涙が流れ、シノは静かに空を仰いだ。
アスタロスは無言で戦斧を担ぎ直し、デュラはその首を低く垂れる。
すべてが終わった。
だが、アレフの瞳は曇らなかった。
彼は新たな呪具――“嘆きのワンド”を腰に収め、仲間たちの方へと振り返る。
「行こう。ここに留まる理由は、もうない」
その背に、仲間たちは静かに歩みを合わせた。
墓所に響くのは、もはや死者の呻きではない。
ただ、旅人たちの靴音と、新たな決意の鼓動だけだった。
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