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Chapter22

 ――私は最上心のそばにいたかった。彼女を殺したくなんてなかった。最上心がいて、月見里翔がいて、私がいる。そんな夢を見ていたかった。


 私は誰? 目はまだ開かない。手も動かない。足も動かない。

 ただ、声だけは聞こえていた。耳が聞こえるのとは違う気がする。耳が聞こえるという感覚を今の私は知らないのだけれど。

 唯一人、最上心という名前の人、その人の声だけが私にも届いていた。


 最上心は何度も何度も泣いた。何度も何度も私に声を届けた。突然生じた私の世界は私と最上心と、二人だけの世界だった。


 そんな二人だけの世界を彷徨い続けてどのくらいの時が経ったのだろう。私は最上心に声を届けられない事実に気付く。最上心の声は届いても、私の声は最上心に届かない。

 それがなんだか切なかった。


 ――だから、私はこの世界から抜ける決意をした。最上心と同じ世界に行こう、と。


 私が目を開けた時、世界は変わった。暗転したような、明転したような。不思議な感覚。

 私は最上心と同じ世界に来ることができたみたいだ。いや、私はこの時、この世界に生まれたらしい。

 最上心はまた泣いた。私も泣いてみたかったけれど、涙はでなかった。声も出なかった。


「あなたは詩歌。私と友達になってよ」

 最上心は無理に作ったような笑顔でそう言った。顔は真っ赤に染まっていた。

 私は嬉しかったけれど。友達になって――その言葉は私が最上心に言いたかった言葉。それを先に言われてしまったことが、どこか悲しかった。

「はい」

 それが私の初めて口にした言葉。私はたくさんの言葉を知っていて。たくさんの声を最上心に届けたかったはずなのに。それがなんだか悲しかった。



「ゴメンね。あなたを作って……」

 いつからだろう、最上心は毎日のようにそう私に呟いた。私はまだ、「はい」という言葉しか使ったことがなかったから、一度も返事をしなかったけれど。


『ねえ、詩歌。あなたはこの家から、ううん。この部屋から出ないで……』

 あの時、最上心は泣いていた。そして、あれ以来、最上心は泣いていない。違う、涙を流していない。少なくとも、私の前では。

 私は少しでもトモダチになれているのだろうか。そもそも、トモダチに少しとかいっぱいとか、あるのだろうか。わからない。



「詩歌……」

 最上心が抑揚のない声で私を呼んだ。今日は誰かが来ているらしかった。最上心に似た暖かい人だ。

「ごめんな……。輝夜……」

 やっぱり、この人は最上心に似ている。この二人が戦うと言うのか。それは嫌だ。

「その子と翔の能力は、剛力と硬化、だっけ……」

 最上心は言いながら、私に力をくれる。

 私は輝夜と呼ばれたドールを一瞬で組み伏せると、最上心に似たこの人と輝夜と呼ばれたドールの繋がりを経った。これで最上心に似たこの人に戦う術はない。


 ――詩歌、ゴメン……。翔も眠らせて……? 優しく、優しくだよ……?

 最上心の声が届く。まだ、私が生まれる前の時のように。

「翔のばかぁっ!」

 最上心は涙を流していた。ずっと、流していなかった涙を。



 最上心は翔と輝夜を手当てすると言っていた。

「ゴメンね……。あなたを作って……」

 最上心は私の前まで来ると、またその言葉を呟いた……。

「なぜ、謝るのですか?」

 私は淡々とそう言うことしかできなかった。

「……。ううん、謝りたかっただけだから」

 これも何度も聞いた。最上心の悲しい顔は見たくなかった。でも、私にはどうすることもできなかった。

「あのね。こないだした約束。この部屋から出ちゃダメってやつ……。なしにするから、一緒に外に行こう?」

「はい」

 私は最上心と少しだけ旅に出た。



「あなたをもっと自由にしてあげたかった。敵のいない自由な世界で……」

「……」

 私は不思議と胸が辛くなるのを感じていた。最上心も同じ気持ちなのだろうか。

「そうね……。この“鷹のいない小鳥が自由に遊べる空”にあなたを放ってあげられたら……」

 空を見上げて少し涼しそうな顔をする最上心はとても綺麗だった。

「鷹のいない空ですか……」

「うん。そうだよ……。もっと、みんなが平和に暮らせる世界。戦いなんかなくて……。強さなんかいらなくて……」

 最上心はまた涙を流した。私はその頬を撫でた。

 私は最上心のトモダチをできているだろうか。


 ――そうして、どのくらい時間が経ったのか。

「……。私を殺して……?」

 最上心は静かに優しい笑顔を向けてそう言った。

「……はい」

 私は涙を流すことも出来ずにそう呟いた。本当は嫌だ。殺したくない。だけど、それをしたら、私はトモダチになれるのだろうか。

「ゴメンね……」

 最上心は、やっぱり暖かい。こんな私を好きでいてくれる。こんな私をトモダチでいさせてくれる。


 殺したくない。私は最上心の友達。殺せない。殺せないよ。


 どうして、あの最上心に似た人。あの人の顔が浮かんでくるのだろう。翔、と言っていたか。

 そういえば、私はもっと前にあの人に会ったことがある。私が生まれるよりも前。月見里翔。それがあの人の名前。

 

 月見里翔は私を作るなと最上心に言っていた。そして、私の完成を知った月見里翔は私を壊しに来た。最上心と同じ暖かい心で。

 きっと、それは月見里翔にしかできないことで。きっと、最上心を殺すのは私にしかできないこと。



 ――私は最上心を殺した。最上心は私に言った。

『あなたをもっと自由にしてあげたかった。敵のいない自由な世界で……』


 それはきっと最上心自身に向けた言葉でもあるのだと思う。私は最上心の願いを叶えられたのだろうか。私は最上心の友達になれたのだろうか。



 ――――私は、望んだ。

『べつの世界で生きたい』


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