Chapter19
気が付くと、元居た場所――たくさんのドールたちが置かれたあの場所へと戻っていた。
どうやら皐も同時に戻ったらしい。互いに見つめ合うと、何故か笑いが込み上げてきた。
皐は何か決意に満ちた紅い瞳の行き場をなくし、キョロキョロと間抜けな顔をしていた。
かく言うオレもひどい顔をしているのだろう。何が起きたかわからないうえに、いろいろな記憶が頭の中を駆けずり回っていた。
なのに何故だろう。皐の顔を見たら安心できた。笑いが止まらない。そして2人で笑いあった後、自分のことを神だと言う彼女に視線を移した。
「私とこのドールの能力は、心に触れることと、強制支配。それと私が元々もってた創る力を応用して、あなた達の心から擬似世界を創ったのよ。ココの翔くんには希望を、皐くんには恐怖を、皐ちゃんには絶望を、キミには幸せを、ね」
翔と皐の視線を受けた彼女は肩を竦めてみせる。
「それってどういう……?」
あれ? なんだか1人だけ取り残されている気がするのだが……。
「それぞれが一番染みる世界を創って、あなた達を飛ばしたのよ。そうね。例えば、あなた、月見里翔は辛いことをあたえても屈しようとしないじゃない? けれど、幸せには弱いのよ」
えーと、うん……。今までの世界は精神攻撃とかそういう類のってことらしい……。
「あの世界は事実なの?」
口に出したのは皐だった。口調からして、オレたちの世界の皐だろう。
「いいえ、と答えるのが適当なのかしらね。あくまでも心から創りだした擬似世界。あなたにとっての絶望は、あの光がなかったらという心の不安だったのね。安心して、あの光は事実だから」
光……? 何のことだろう? 皐のほうを向くと顔を真っ赤にして、こちらをちらちらと……。
あえて口には出さないが、お前今は男の姿だからな……。
「けど、おかしくないか? あれがオレの心から創った世界で、今の話からすると、心が事故らなかったとこからが、オレの望んでた幸せだろ?」
「え、えぇ。それで合ってるわよ? 心ちゃんが怪我しないで2人で幸せになるのがあなたの望んでた幸せ。しかし、ホントにイレギュラーよね。あなたたち。こっちの翔くんは一瞬もそれを希望だとは思わなかったし。皐くんは恐怖が恐怖ですらなかったみたいだし。皐ちゃんは絶望どころか、それを強さに変えてみせるし。キミは何? キミが戻って来れた理由だけはわかんないし。ホント嫌になるわ」
と彼女は地団駄をふむ。それを面白がるような目で見ているのはこの世界の皐だ。
「だから、イレギュラーだから、オレたちに話す気になったんだろう?」
「そうね、さっき確かめたけど、この世界はもう未来をなくしたみたいだし。あ、未来がないとか、終わるとかって意味じゃないわよ? この世界に決められた行く先がなくなっただけ。だから頼るなら未来へ分岐してない今しかないもの」
何の話をしているのかはわからない。ただ、彼女は『キミが戻って来れた理由だけはわかんない』と言った。
――他の3人とは違う。オレは幸せを受け入れようとしなかったわけじゃない。あの世界が本物だと信じようとしたじゃないか。
「だって、だってオレは……あの手を離すことができなかった。あの最上心があいつじゃないことがわかっても、離すことができなかったじゃないか」
気が付くと自分の暖かくなった掌を見つめていた。
「え? じゃあ、何で……。キミは……? キミがそれを幸せであって欲しいと望む限り、あの世界はあなたの幸せだったはず。キミが過去を思い出したとしても、キミがそこの幸せをとったのなら何で……?」
彼女にもわからないことがあるんだな。彼女の言い方からすると、その世界を――例えば、絶望の世界なら絶望を、絶望だと思わなければ、そこの世界から出られるということだろうか……。
だとしたら……オレは、なんで……?
「ルシファー、最上心のこと、こいつには……」
不意に声をだしたのはこの世界の翔だった。
「へ? えぇ、わかってるわよ。今の状態が最善なら、不安要素は作りたくないもの」
最上心のこと……? まだ、オレは知らないことが、思い出してないことがあるのか……?
「それと、えっと、別の世界のオレ? お前、昔のこと思い出したんだよな? もしかして、最上心は
、その……自殺じゃないか?」
「そ、そうだけど……?」
「ルシファー、最上心は、その……自殺なのか?」
「え? 死因……? そんなの気にしたことなかったけど、でも……。ちょっと待って」
そう言い残すと彼女は視界から消えた。ルシファーって名前だったのか。『ルシファー』――魔界の王、堕ちた天使、だったか。世界を創った彼女が魔王と呼ばれるなんてな。彼女は自分が魔王と呼ばれていることを知っているのだろうか。知っていて、世界を救おうとしているのだろうか。
「……月見」
何かを考え込んでいたのだろうか。振り向くと直ぐ近くに皐の顔があった。
「何を悩んでいるのか知らないけど。辛いこと思い出したんでしょ? だったら泣けばいいんじゃないかな? こっちに戻ってから、月見、泣いてるみたいなのに泣かないんだもん」
励ましてくれているのだろうか。皐の紅い瞳は、本気で心配してくれているのか少し潤んでいるようで、それにとてもキレイだった。
「……月見はボクの光だから。光が曇ってたんじゃ、また濁ってしまうから」
ぼそぼそと呟かれた皐の声は聞き取れなかったけれど、皐の顔が更に近づいてきて、聞き返すことができなかった……。
えっと、これって……キス? 赤くなった顔に、同じ様に顔を赤くした皐の……その唇が近づいて――
「ちょ、ちょっと待て、お前、今は男だからな……!?」
「あはは、冗談だよ」
離れていった皐の笑顔はとても可愛らしかった。――もちろん、男の皐の顔が、ではなく、本来の女の子の皐の顔を想像して、だ。
「うん、それじゃ、ルシファーが戻るまで、ボクたちの考えをまとめとこうよ」
皐は手を叩いてそう言った。




