飛竜便と旅商人(後編)
あれからアルヴィンはしばらく周辺を探し回ってみたが、パリスという男の居た痕跡は最早どこにも見付からなかった。
寝惚けていたのか、はたまた何かに化かされていたのかと首を捻ったが、いつまでも山中に留まっている訳にもいかない。釈然としない気持ちに後ろ髪を引かれながら、一夜を過ごした広場を飛び立った。
当初の目的地であったカンデュラには、その後はあっさりと到着した。今回の飛竜便のルートではこの街が折り返し地点であり、ここでの配達を終えれば、後は王都に帰るだけだ。
カンデュラは独特の雰囲気を持った街であった。
やはり山が近い影響だろう、立ち並ぶ建物は殆どが木造だ。街路も整然としたものではなく、小川や勾配、時には道の真ん中に聳える樹木に沿うように、曲がり、くねっている。人が自然と折り合いを付けて暮らしている、そんな印象を見る者に与える街並みだった。
「それじゃウラリス、配達行って来る。ちょっと待っててくれな」
アルヴィンは庭付きの宿屋にウラリスを預けると、早速仕事に取り掛かった。商会や工房を回り、時にはその場で返信物を受け取る。
それを何件か繰り返し、最後に残ったのは手紙が添えられた、掌に収まる程度のサイズの小包。宛先は曲がりくねった道を行った先にある、一軒の屋敷だった。
王都にある貴族街の邸宅と比べれば随分こじんまりとした屋敷だ。それでも門の隙間から覗いてみれば、庭はしっかりと手入れが行き届き、色とりどりの花が咲き誇っていた。しかし屋敷そのものにはあまり手が入っていないのだろうか、白い外壁についた土汚れや、柱に絡み付いた植物の蔓はそのままにされていた。
「エレジア=ケンティスさん宛ね……よしっと」
アルヴィンは小包に書かれた名前を確認すると、屋敷へ歩みを進めた。
*
「ケンティスさん、お届け物でーす」
植物の蔓を象ったドアノッカーを鳴らすが、屋敷からは人の動く気配はない。留守だろうか、と辺りを見回すアルヴィンは、庭から歩いて来る人影に気付いた。
お待たせしてごめんなさいね、と穏やかな声と共に現れたのは、4、50歳頃に見える、品の良さそうな女性だった。門から見える範囲に無かったため気付かなかったが、庭の一角に四阿があり、そこから来たようだ。
「エレジアさんでお間違いないですか?小包と、手紙も一緒です。こちらにサインをお願いします」
アルヴィンはいつものように荷物を引き渡し、伝票にサインを貰う。エレジア婦人は受け取った手紙を見て少し迷う素振りを見せたが、
「……配達屋さんは、ちょっとお時間あるかしら」
「ええ、こちらが最後の配達でしたので」
「手紙の内容によってはお返事が必要かもしれないから、少し待って頂けるかしら?」
「分かりました。構いませんよ」
そう言ってアルヴィンを四阿に招き入れた。
*
「それじゃあ、お手紙を読んでしまうから、お菓子でも摘んで待っていて頂ける?」
案内された四阿のテーブルには二人分のティーセットと、何種類かの焼菓子が皿に並べられていた。淹れて間もないのか、ティーポットの注ぎ口からはほんのりと湯気がくゆっている。
誰か他に人がいたのだろうかと勘繰るアルヴィンの、その疑問が顔に出ていたようだ。気付いたエレジア婦人は照れたように笑った。
「ごめんなさいね。お茶が二人分用意されているなんて、不思議だったでしょう」
「ああ、すみません。詮索するわけではないのですが」
アルヴィンは非礼を詫びて、婦人自ら注いだお茶に口を付ける。飲み頃の温度が、外を歩いて冷えた身体に有り難かった。
「昔、この時間にここでお花を見ながら息子とお茶をするのが習慣だったのよ。その時の癖、と言うよりは願望なのかしらね。あの子がいつ帰って来てもいいようにしてるのよ」
「そうでしたか。息子さんは今は?」
「それが、もう何年も前になるのだけれど、商人として名を挙げると言って仲の良いお友達と二人で旅に出てしまったのよ。それっきり」
ビク、とアルヴィンのティーカップを持つ手が震えたが、エレジア婦人は気付かなかったようだ。薄情な息子だこと、と肩を竦めて手紙を読み始める。
つい最近聞いた憶えのある話に、アルヴィンは内心の動揺が表に出ないようにするのに苦心しなければならなかった。同時に、とある予感めいたものを感じ、彼女の様子を盗み見る。
彼女が手紙を読み進めるうち、その表情がどんどんと曇っていくのを見て、その予感が現実味を帯びていくのを感じていた。
幾分かが経ち、読み終えた手紙が静かに机に伏せられる。アルヴィンは思わず尋ねていた。
「……表情が、お暗いですが。大丈夫ですか?」
「ああ、ごめんなさい。ご心配を掛けたようね」
エレジア婦人はそう言って、少しのあいだ目頭を押さえていたが、徐ろに小包を手に取ると、梱包を解いていく。
果たして小包から取り出されたのは、ロケットの付いた首飾りだった。間違いなく昨日、アルヴィンの前でパリスが取り出して見せたものだ。
「……薄情な息子の、その友人からだったわ。息子が、旅先で事故にあって亡くなった、との事だったわ」
「それは………ご愁傷さまです……あの、宜しければ、息子さんのお名前をお伺いしても?」
「ええ、構わないわ。パリスというのよ」
やはり、という思いだった。
ロケットの蓋を開け、懐かしそうに目を細めるエレジア婦人の姿が、焚火の前であの旅商人が見せた姿と重なる。
「……これは、息子が最後まで身に付けていたみたい。写真だけで帰って来るなんて、本当に薄情な息子」
寂しそうに笑う彼女に対し、手紙に書いてあったのはそれだけですか、と聞きたい衝動をアルヴィンはぐっと飲み込んだ。代わりに、あまりお気を落としませんように、とどうにか舌に乗せた。
その後、エレジア婦人が返事の手紙をしたためるのを待って、アルヴィンはケンティス邸を後にした。
相も変わらず曲がりくねった街路を辿りながら、昨日体験した不可思議な出来事を、彼女に伝えた方が良かったのかを考えた。
*
翌日。
アルヴィンは雑貨屋の軒先でゆらゆら、ゆらゆらと揺れるそれ(··)を前に、思わず足を止めた。王都に戻る前に備品の補充をしていた時の事である。
それは照明器具だった。不透明な仕切りに中の火が透けて、全体的に周囲を柔らかく照らすような構造——パリスが手に提げていた物と同じだった。
「外から来た人は見慣れないかな?」
店先で佇むアルヴィンに気付いたのであろう、店内から顔を出した店主が声を掛けた。
「あー、店先ですまない。これって、この街ではよく使われるのかい?」
「これはこの辺りの地域で伝統的に使われるものでね。人死にが出ると、目印としてその家の軒先に吊るすんだ。それで葬儀が終わるまでの三日三晩、火が絶えないようにするんだよ」
「ははぁ、なるほど……何か謂れが?」
聞き慣れない風習に戸惑うアルヴィンに、店主は「そうさなぁ」と、撫でるように照明の表面に触れる。
「この灯りを目印にして、最初の1日目に死者の魂が家に帰って来る。二日目は家族や友人達に別れを告げる。三日目にあの世へと旅立って行く。とまあ、そんな言い伝えがあるんだよ」
迷信だけどな、と朗らかに笑う店主にアルヴィンは礼を言う。その後は真っ直ぐに宿屋に戻ると、荷物を纏め、日の高いうちにカンデュラを発った。
ケンティス邸の軒先で、あの照明がゆらゆら、ゆらゆらと風に揺れている。帰り道の途中、そんな光景が頭を過ぎった。
*
「火蜥蜴は〜、赤い色〜♪火を吐き炭出し煙吹く〜♪……お?」
王都の夕暮れ空に魔女の歌声が響く。ご機嫌な鼻歌を披露していたメリルラーダは、空の上に見慣れたシルエットを見付けて声を上げた。
王都の上空を飛竜で飛行する許可を得ている職業は竜騎士を始めとして、そう多くはない。その中でも非武装で、巨大な荷物箱を背負った飛竜便は中々に特徴的だ。少なくともメリルラーダが見間違えた事はない。
「アルちん、おかえりー!」
「……ああ、メリルラーダか。会いたいと思ってたんだ」
大変珍しい事にアルヴィンが邪険にしない。その事実に彼が変なモノでも食べたのかと驚愕の表情を浮かべたメリルラーダだったが、何かに気付き「ん?んん〜?」と首を捻った。そのまま箒を寄せつつ、アルヴィンの顔をまじまじと見詰める。
「う〜ん、なんか魔力の残り香があるね?……見慣れない形だなぁ……魔女じゃない……妖精?いやせぃぎゅっ」
本当に臭いがあるわけでは無いだろうに、メリルラーダは鼻をクンクンとやりながら、アルヴィンに顔を近付ける。それが手の届く範囲まで来た辺りで、アルヴィンはその鼻を摘んだ。
「ちょっと!乙女の顔になんてことを!」
「いやつい。悪い悪い」
器用に箒ごとバックして魔の手から逃れたメリルラーダに、アルヴィンは全く悪びれない態度で謝罪した。
「……お詫びついでに、ちょっと相談に乗って貰えないか?今日の晩飯奢るからさ」
*
小一時間ほど後、アルヴィンは帰還の報告を終えると、メリルラーダと合流する。彼女を引き連れて訪れたのは、少々お値段の張りそうな、小洒落た雰囲気の店だった。
店内に入るなり、アルヴィンは店員に声を掛けて二階席への案内を頼む。一階は一般的な食堂だが、上が個室となっており、ちょっとした商談や会食、時には逢瀬にも使われる店だ。
これまでの人生でそう言ったものに縁のなかったメリルラーダは、若干挙動不審になりながら小鴨のようにアルヴィンの背について歩いた。
「あんまり、こういう店は来ないか?」
「え、あ、うん。なんか、ちゃんとしたお店だったからびっくりしちゃった」
通された個室で落ち着きなく、物珍しげに室内をキョロキョロと見回す彼女に、アルヴィンは苦笑する。
「一応、仕事絡みの話だからな。どこに人の耳があるか分からん」
「それもそっか。アルちんはこういうお店はよく来るの?」
「いや、俺も滅多には。……そういやメリルラーダって酒は飲むのか?」
「あんまりだけど……。ん、せっかくだから飲んでみる」
「林檎酒の蜂蜜割りあたりが飲みやすいんじゃないか。俺は麦酒にするかな」
今夜ばかりは相談に乗って貰う立場もあってか、アルヴィンの無愛想さもなり(··)を潜めている。それがメリルラーダの目には新鮮に映った。
*
「えへへ、ここのご飯美味しいねぇ!」
乾杯と腹ごなしを済ませたメリルラーダはすっかりご満悦だ。彼女のご機嫌が取れた所で、アルヴィンは早速とばかりに相談事を持ち掛ける。無論、旅先での不可思議な体験についてだ。
山中での霧、パリスとの出会い、ケンティス邸での出来事、街で見た照明の事。
一部始終を黙って聞いていたメリルラーダは、アルヴィンが話し終えると、なるほどなるほど、と頷く。
「やっぱりその小包に入ってたロケットがそもそもの原因だよねぇ。パリスさんの魂が宿ってたのかな」
「そうなるよなぁ。幽霊だの怨念だのは半信半疑だったんだが……」
さすがにこの不可思議な現象に巻き込まれた上、魔女のお墨付きとあっては、最早疑う気も起きないというものだった。
「きっと故郷に帰りたいってパリスさんの思いが、精霊の力を借りて現れたんだね」
「ん?精霊?」
そんなもの出て来たか、と記憶を掘り起こすアルヴィンに、メリルラーダは「葡萄酒」、と手に持ったグラスを人差し指でトンと弾きながら言う。
「減ってたんでしょ?幽霊は普通お酒飲まないもん」
「精霊が飲んだって事か?」
「実態に干渉出来るくらい、古い、力のある精霊だろうね。葡萄酒はその子に供物として捧げられたんだよ。その見返りに、アルヴィンが無事に街まで辿り着けるように一晩護ってくれた。私が感じたのはその魔力だね」
(こいつ、これでもちゃんとした魔女なんだなぁ)
自分にはまるで理解出来なかった事象を道理立てて説明していくメリルラーダに、アルヴィンはつい失礼な感想を抱いてしまう。
当の魔女は林檎酒の蜂蜜割りを両手で抱え、猫が舐めるようにちびちびと飲んでいる。酒にはあまり強くないようで、グラスの半分も減っていないうちから、その頰が既に紅く染まっていた。
「ん?でもあの霧がなきゃ、そもそも山で一晩過ごす事もなかったワケだろ?あれはただの自然現象だったのか?」
「……ここから先はただの予想になっちゃうんだけど」
メリルラーダは人差し指を唇に当て、ぅんー、と考える素振りを見せる。
「パリスさんも持ってたって言う、照明の話。亡くなった人の魂をちゃんとあの世に送り迎え出来るようにって話だったけど。……なんでそんなものが必要なのかな」
「そりゃあ、そういう風習が…………何であるんだ?」
「逆を言うと、それが無いとちゃんと魂が送れないって事にならない?……例えば、他のナニかに取られちゃうとか」
メリルラーダは不意にひょいとフォークを伸ばすと、お行儀悪くアルヴィンの皿の上からチーズを掠め取った。眉を潜めるアルヴィンに、
「そもそも1日目の亡くなった人の魂を迎える、って変じゃない?普通はその家で人が死んだら、迎える必要なんてないでしょ?」
「確かにそうだよな。……あ」
アルヴィンの頭に閃くものがあった。照明。魂の送り迎え。精霊。
「つまり、軒先に吊るすのは、亡くなった人じゃなくて、俺を護ってくれたって言う、件の精霊を迎えるための目印か?」
「そう考えると辻褄は合うよねー」
はぁー……。
アルヴィンは大きく溜め息を吐いた。知らぬ間にとんだ事態に巻き込まれていたものだ。実際の被害が葡萄酒一杯程度で済んだのは不幸中の幸いであった。
そこまで考えて、アルヴィンは一つの可能性に気付いた。
「なあ、その理屈で行くと、霧に巻かれてた時点で俺はそのナニかに目を付けられてたワケだろ?……もしパリスと会った時に、葡萄酒を振舞わなかったら」
魔女はその問いには答えず、にこり、とそれはそれは可愛らしい笑顔で酒の肴を口に放り込んだ。




