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飛竜と魔女の宅配便  作者: HAL
赤竜節(秋)の章
3/14

飛竜便と旅商人(前編)

少しホラーっぽいかも?苦手な方はすみません。

「こりゃあ参ったな………」

——クァァン……

 

 苦り切った顔でアルヴィンは呻いた。視界は乳白色のヴェールに覆われ、同意するように鳴くウラリスの声もどこか遠くから聴こえるようだった。


 霧だ。


 一峰越えた先の街への配送中の出来事だった。その日は風が弱く、地表に近い位置を飛んでいたのが良くなかった。元々霧の出やすい山脈ではあったが、視界が曇り始めたと思ってからは、高度を上げる間もなかった。気付いた時には、飛竜便は伸ばした腕の先すら見通せないような濃い霧のただ中にいた。

 一度こうなっては、抜け出す事は難しい。上手く上昇気流を捕まえれば一気に霧の届かない高さまで飛び上がる事は出来るだろうが、視界の利かない山中で闇雲に飛び回るのは、障害物と衝突するリスクが高い。そもそも、この状態で向かう方角がズレてしまっては、元のルートに戻る事も困難だろう。


「……仕方ない。ウラリス、一旦降りよう!」

——クァ!

 やむなくアルヴィンはウラリスの手綱を引いた。承知したとばかりにウラリスが高度を落とすと、折良く眼下に木々の密集が少ない場所が目に入った。


 そこは山中にぽっかりと開けた広間のようだった。霧は依然として濃く漂っており、広場の外は木々の影が亡霊のように見え隠れしていたが、この一帯は下生えも薄く、マントを敷くだけで腰を落ち着ける事が出来そうだった。


「ここで霧が晴れるまで待機だな。ウラリスも適当に休んでてくれ」


 アルヴィンは鞍の背後の荷箱から必要な道具を幾らか取り出す。遠出をする時は中継地点として街の宿を確保するのが常ではあるが、こういった時の為に一通りの野営道具も揃えてある。

 地面を軽く掘り、金属製の皿を敷き火を起こした。こうなっては慌てても仕方ない。休憩と思う事にして、アルヴィンもまたその場に腰を落ち着けた。


 ——結局、そのまま霧が晴れる事はなく、アルヴィン達はその場で一夜を過ごす事になった。


*


 ぶるり、と身震いしてアルヴィンは目を覚ました。


 パチ、パチと木の爆ぜる音に目を遣れば、焚火の火が消えかけている。寝惚け眼に包まっていたマントから這い出ると、のそのそと固形燃料を火に焚べていく。寝付く前に足しておけば良かったのだが、どうにも直前の記憶がなかった。霧の中での行軍が思ったより神経を擦り減らしたのだろう。

 懐中時計を取り出して見れば、まだ暗くなってからそう時間も経っていない。ウラリスも身体を丸め、よく眠っているようだった。

 

 広間の外は相変わらず霧に包まれ、暗闇に溶けている。夜行性の動物の鳴き声や気配も感じられず、まるでこの一帯だけが時間が止まっているかのようだった。

 一度冷えた身体では寝付けそうになくて、アルヴィンは野営道具からそっと手鍋を取り出すと、安物の葡萄酒を注いでいく。寝惚ねぼまなこに入れ過ぎてしまったが、水袋に戻すのも面倒でそのまま火にかけた。


 ——くつくつ、と葡萄酒が沸き立った頃だった。


 広場の外、霧に煙る闇の中で、小さな灯りが左右に揺れている。最初、焚火の光が虫か何かに反射しているのかと思ったアルヴィンだったが、一定のリズムで揺れるそれが段々と大きくなるのに気付いて腰を上げた。護身用の道具の場所を確かめつつ、声を上げずに相棒の鱗を軽くと叩く。

 ——しかし、アルヴィンよりも遥かに気配に敏感なウラリスが、今は起きる気配がない。無理矢理にでも叩き起こすべきか逡巡するが、それよりも焚火の明かりの外から声が掛けられるのが先だった。


「………すみません。そちらに誰かいますか?」


 遠慮がちな、まだ年若い男の声だった。アルヴィンは喉を鳴らすと、警戒の響きが表に出ないように気を付けながら返事をする。右手は懐に入れたままだった。


「ああ、旅の者だ。そちらは?一人か?」

「はい、一人です。道に迷っている内に霧も出てきてしまって。腰を落ち着けられる場所を探している所でした。火に当たらせて頂けないでしょうか?」

「……構わないが、連れがいる。驚かないでくれよ」


 間もなく、焚火の明かりの中に一人の男の姿が浮かび上がった。先程から揺れていたのは、彼が持つ照明(ランタン)の明かりだったようだ。王都で流行っているガラス製の物ではなく、不透明な仕切りに中の火が透けて、全体的に周囲を柔らかく照らすような構造だ。

 アルヴィンとそう年も変わらないだろう。人の良さそうな、柔らかな笑顔を浮かべた男だった。見るからに上等な仕立ての衣服を着ていたが、この霧の中を彷徨い歩いて来た為か、あちこちが泥に汚れ、水を吸ってしっとりしている。山歩きをするにしては荷物は肩掛け鞄一つ程度と、かなりの軽装であった。


「……すいません、驚きました。飛竜ですか」


 近付くなり、アルヴィンの背後で眠りにつく巨体に気付き、警告の甲斐もなく男は目を丸くした。慣れない者からしたら、飛竜は近くに居るだけでもかなりの威圧感がある。

 服装が場違いなのは気になるが、逆に武器になるような物も見当たらない。変な気は起こし難いだろうと、アルヴィンは一旦警戒を解いた。


「いや、飛竜がいるとは思わないよな。すまなかった。——それより、酷い格好だな。こっちに来て火に当たるといい。葡萄酒を温めた所だったんだが、飲むか?」

「有り難い。頂きます」


 促すと、男は大人しく火を挟んだ向かい側に腰掛けた。アルヴィンは木製のカップを2つ取り出し、湯気を立てる葡萄酒を注いで片方を手渡してやる。


「……美味しい」


 そうあまりに感慨深く男が言うので、アルヴィンは少し可笑くなる。ククッと喉の奥で笑いながら、安物だけどな、と混ぜっ返した。だが、夜の山中で身体を温めるのに、これ以上の物は無いだろう。二人はほう、と同時に白い息を吐いた。


「俺はアルヴィン。王都で飛竜便をしてる。あんたは?」

「僕はパリスと言います。旅商人をしています……いました」

「いました?」

「もう止めて、故郷に帰る所なんです」


 自己紹介の途中で男が言い直したので、アルヴィンはつい問い質してしまったが、予想外の陰気な答えに思わず口を噤む。せっかく始まった会話がすぐに途切れてしまったのに気付き、パリスと名乗った男は苦笑いした。

 

「これはすみません。初対面の方に景気の悪い話をしてしまいました」

「……いや、よければ話を聞かせてくれよ。静かな夜に行きずりの男が一人だけだ、愚痴を吐くには悪くない場所だと思うがね」


 気を取り直したアルヴィンがそう促すと、パリスは照れたように後頭部を掻きながら、それならば、と言葉を続けた。 


*

 

「故郷は友人と二人で飛び出して来たんです。最初のうちは上手くいってたんですが……」


 ぽつりぽつりと、パリスは語り始めた。物音一つしない山の中で、その声はアルヴィンにだけ届き、夜霧に紛れて消えていく。彼の話はこうだった。


 パリスは気の合う友人と共に故郷を出て、商売しながらあちこちを旅して回った。結果、それなりの才能はあったのか、ある程度の軌道に乗せる事に成功する。

 

 しかしそこで、友人と意見が分かれてしまう。

 

 友人は儲けが第一だと主張した。自分達に利益が出ればそれで相手がどうなろうと自己責任、構うものかと。

 パリスは逆に商売相手との繋がりを第一だと主張した。騙し合ったり、片方だけが得をするのでは無く、お互いに利があってこその商売だろうと。

 

 話は平行線で、反目しあいながらも、パリスはどうにか折り合いを付けようと試みた。しかしある時、大事な商談を前にして、その友人に裏切られ、全てを失う羽目になったのだと言う。


「……全く甘いですよね。結局、あいつの言う事が正しかったんですかねぇ」

 締め括りに、彼はそう自嘲するように笑った。


 聞き終わる頃にはアルヴィンの警戒はすっかり解けていた。決して楽しい話ではなかったはずだが、彼の語り口は軽妙で、柔らかな口調と相俟って不思議と心地が良かった。それだけで、彼が商人として対話を大切にしてきた事が伺えたからであろう。

 それ故に、アルヴィンもまた普段の皮肉屋はなりを潜め、気付けば素直な感想を口に出していた。

 

「いや、いいんじゃないのか。俺は嫌いじゃないよ」

「ハハ、有り難うございます。……まぁそんな訳で、旅商人の道が潰えた僕は故郷に出戻る途中という訳です」


 成る程、とアルヴィンは頷く。妙に軽装な事も、こんな山中を泥塗れで強行軍している事も、そうせざるを得ない事情があったという訳だ。

  

「……まあ、災難だったが、帰る場所があるのはいい事だよ。実家に帰って少しのんびりしてみたらどうだ?」

「そうですね。……故郷には僕を女手一つで育ててくれた母さんが住んでるんです。久しぶりに会う機会が出来たと思えば悪くないですね」


 言いながらパリスは首元から鎖で繋がれたロケットを取り出すと、中を開けて懐かしそうに目を細めた。その表情だけで、母親の肖像でも入っているのだろうと知れる。薄汚れた服装の中、焚き木の火を照り返すそのロケットだけは、眩く輝いているように見えた。


「……アルヴィンさんは何故ここに?」


 少しぼうっとしていたようだ。気付けばパリスはロケットを仕舞い、アルヴィンの顔を炎越しに覗き込んでいた。

 

「っあ……ああ。飛竜便といって、その名の通り飛竜で荷物の配達とかをしてるんだが……聞いた事ない?」

「ええと……そうですね、すみません」

「最近じゃ、まあまあ有名になってきたかと思ったんだが。まだまだだな」

 

 言い難そうに答えるパリスに、アルヴィンは手を振り気にしていない事を伝える。多少王都で注目されているとは言え、まだまだ新しい業態だ。国の隅々まで知れ渡るとは行かないだろう。

 

「いえ、私の耳が遠いだけですから。……それで、今はその配達中というワケですか?」

「そうだな。山向こうにあるカンデュラって街に向かう途中だったんだが、霧の所為で立ち往生だ」


 その街の名を出した途端、パリスが身を乗り出した。 

「カンデュラですか!私の故郷もそこなんです」

「それは偶然だなあ。っても、この山の中を歩いてればそうなるか」


 ううん、とアルヴィンは唸る。ウラリスの鞍は調整してやればもう1人くらいは乗せる事が可能だ。業務中に許可の無い人間を乗せるのは禁止されているが——


(――遭難者の救出って名目ならカドも立たないか)


「よし!明日、霧が晴れたら街まで乗せて行ってやるよ。ここで会ったも竜の導きだろ」

「本当ですか!僕、飛竜に乗るのは初めてなんですよ。故郷に帰る前にいい思い出が出来ます」


 パリスが出会ってからここまでで、始めて顔を綻ばせた。仕事に対しては常に淡々とした態度を取ってきたアルヴィンであったが、人に喜ばれるのも悪くないもんだな、とこの時ばかりは思ったのだった。

 

「ふぁ……。急に眠くなってきたな……」


 お互いに素性も知れて、緊張が解けたのだろうか。話に一段落が着いた所で、眠気に襲われてアルヴィンは欠伸を噛み殺した。


「僕が番はしてますので、お先に眠って下さい。葡萄酒のお礼です」

「そうか、悪い……な…………」


 パリスの言葉に甘え、アルヴィンは瞼を落とす。今まで起きていられたのが嘘のように、急速に意識は闇に落ちていった。


*  


 眩しい陽射しを瞼越しに感じて、アルヴィンは目を覚ました。


 霧はすっかり晴れたようだ。ぽっかりと空いた広場の上には青く澄んだ空が映り、太陽の光が差し込んで来ていた。これならすぐにでも出発出来るだろう。


「パリスさん、いい天気だぞ。これなら問題な……く……」


 アルヴィンは途中で言葉を飲み込んだ。

 まだ僅かに燻っている焚火の向こうに、パリスの姿はなかった。アルヴィンは跳ね起きて辺りを見回すが、広間を囲うように木々が生い茂るばかりで、人影はどこにも見えない。


——クァン?


 気配を察してか、目を覚ましたウラリスが怪訝そうな声を上げた。身体を振るわせて、蒼い鱗に滴る夜露を払う相棒に、アルヴィンは声を張り上げる。

「なあ、ウラリス、ここにもう1人居たの、知らないか!?パリスって言う、若い男だ」


 それに対するウラリスの返答は首を傾げての、ルルゥ……という戸惑ったような声だった。アルヴィンもまた戸惑いを覚えたまま、焚火跡を回り込んで、彼が座っていたはずの場所を観察する。


 水気を含んだ地面はアルヴィンの足跡をくっきりと残したが、パリスの居た場所からはその形跡はない——彼が広場に入って来た時の足跡さえ――。

 ただ、彼の居た場所の前に、ぽつん、と空になった木のカップが置かれていた。持ち上げてみると、僅かに葡萄酒の匂いが鼻を擽る。


 だがそれすらも、不意に広場を吹き抜けた柔らかな風に運ばれて、山の中へと消えて行った。

区切りは付けてますが、続きます。

次はメリルもちゃんと出ます。

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