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16 コルマ料理の店アヴィッド

 毎朝の習慣で、アリスは起き抜けに水晶玉を確認した。最後に屋台での不運を知らせて以降も水晶玉はせっせと不運を知らせてくれていた。だがそれらは靴のストラップが切れることやアクセサリーのネジが壊れるなどの、アリスにとっては些細な不運を知らせるのみだった。今日もそうかと覗くと、そこに自分の店アヴィッドが現れていた。


「んん?自分の店が不運をもたらすってことなの?」


 まず考えたのは店を休業にすることだった。市場へ仕入れに行くのはコリンナ先生の息子さんたちが担当だから、先生は朝のうちなら家にいるはず!と朝食もそこそこにコリンナ先生の家に馬車を急がせた。




「朝早くからすみません。コリンナ先生、アヴィッドのことなんですけど」

「あら。ちょうど良かったです。アリス様に連絡を入れようと思っておりました。昨夜、閉店の少し前に大きな予約が入りましたの。明後日の予定で二十名様の予約です。なので貸し切りにしてもよろしいでしょうか」

「貸し切り……」


 コリンナ先生はとても嬉しそうだった。自分たちの料理が認められたのが誇らしいのだろう。


「息子たちもとても張り切っていて、昨夜は遅くまでメニューをあれこれ考えていたんですよ。私も楽しみで楽しみで。それで、アリス様のご用件は?」

「あ、いえ、たまたま近くを通りかかったので顔を出しただけなんです。では朝早くからお騒がせいたしました」


 とても「数日間休業しよう」とは言い出せず、アリスはすごすごと帰宅した。




 帰宅してすぐにアランに相談すると、

「どうやら予約が入った相手に原因がありそうだね」

 と考え込む。


「そうね。でも、今更予約の取り消しなんてとても言えないわ。コリンナ先生も息子さんたちもとても楽しみにしているんだもの。それに予約を断ってまで休業にする理由がないもの」

「いいよ。僕が今日アヴィッドに行って、姉さんは家の用事で数日間店に来られない、もし呼び出されても無理そうだと伝えておくよ」

「アラン!」

「なんです?」

「あなたが弟で本当に良かった」

「おかげさまで退屈しないよ」




 それから水晶玉の中にはずっと小さな小さなアヴィッドが居座っていた。レオンに知らせるかどうか迷ったが、休日返上で働き通しの人に自分の店のことで煩わせるのは気が引ける。店に行かなければいいだけだ、と考えて知らせないことにした。


 アランはコリンナ先生たちにアリスがしばらく店には来られないことを告げただけでなく、予約した者のことを聞き出して来た。


「予約を入れたのはコルマ王国から来た人たちらしいよ。ずいぶん身なりのいい裕福そうな人だったって」

「コルマの人?コルマの人が私に不運をもたらすってことなのかしら。想像もつかないけれど、なにか料理で絡んだり文句を言ったりするのかしら」

「さあ。とにかく姉さんは店には近寄らないほうがいい」

「そうね。わかったわ」





 二日後の深夜まで、水晶玉にはアヴィッドが居座っていた。精緻な作り物のようなそれは貸し切られた日の深夜を回ったところでフッと消えた。


 アランはアリスの部屋で本を読みながら結果を待っていたが、「消えたわ!」とアリスが報告すると「やれやれ。良かったよ。じゃ、僕は寝るね。おやすみなさい」と言って自分の部屋に戻って行った。



 コリンナ先生がギルマン伯爵家を訪れたのは翌朝だった。


「コリンナ先生!お店で何かありましたか?」


 アリスは久しぶりに心臓がバクバクしたが、何気ない風を装って尋ねた。


「実は、昨夜貸し切りしたお客様のことなんです。一番身分が高そうな男性が料理を大変喜んでくださって、店主に挨拶をしたいとおっしゃいまして」

「それで?」

「オーナーは御用事で数日来られないと申し上げたのですが、呼び出せとお供の方が強硬で。なので仕方なく『この店のオーナーは貴族の御令嬢なので夜遅くに急に呼び出すわけにはいかない』と申し上げて勘弁してもらったのです」

「それで結構です。助かりました」

「常連の方ならともかく、初めて来た方に許可も得ずにアリス様の御身分を明かしたこと、申し訳ありませんでした」


 コリンナ先生はずいぶん恐縮していた。


「いえいえ、いいのですよ。お気になさらずに」


 アリスは上機嫌だった。やはりその男性が不運の源だったのだろう。水晶玉から店が消えたなら不運は回避できたのだし、アリスの名前を出さなかったのならわざわざ調べない限り自分のことはわからないだろう。


 ゆっくり遅い朝食を楽しみ、朝から甘いものもつまみ、アリスはご機嫌だった。





 夕方、馬の足音がしたと思ったらアメリが息を切らしてアリスの部屋にやって来た。


「お嬢様、王宮から使者がいらっしゃってます」

「王宮?私に?」

「今、旦那様がお相手なさってますが、お嬢様に直接招待状を渡すよう言われているとかで」

「今行くわ!」




 急いで階段を降り、来客用の部屋に向かうと、王宮の制服を着た文官が待っていた。


「お待たせいたしました。アリス・ド・ギルマンでございます」

「アリス様に王太子殿下からの招待状をお届けに参りました」


 上品な所作で差し出された封筒には王家の家紋が封蝋で押されている。両手でうやうやしく受け取る。使者が帰ってから封を開けると夜会の招待状だった。



 


 ギルマン家はそこから大変な騒ぎになった。夜会は三日後。ドレスを作るのは間に合わない。手持ちの中でどれにするか、母シャルロットが真剣である。父は無駄に家の中をウロウロしている。


 アリスは自分の部屋に急いで戻り、ペンダントを見た。


「あぁ……」


 昨夜遅くに水晶玉から自分の店が消えたばかりなのに、新たな不運の知らせがそこに見えた。それは男性の首から上だった。


「もう、いやよ、なにこれ怖い……」


 まるで極小の生首のようなそれは、濃い眉と少し厚めの唇。艶々とした黒髪、意志の強そうな目元。




「あなた、誰?」

 

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