17 その男性は
アランに極小の男性の頭部が現れたと相談した。すると……。
「王太子殿下からの招待状と関係してるとしか思えない。てことは僕の手に余る案件だよ。姉さん、ルシュール卿に頼ろう」
さすがのアランもお手上げだった。
「そ、そうなんだけど、お忙しいのにご迷惑じゃない?」
「好意を持ってる女性の頼みだもの、迷惑とは思わないよ」
そう言われてもまだアリスが迷っていると、アランが眉根を寄せてアリスを見る。
「姉さん、好意を持っている女性が困ったことがあったのに何も相談されなかったと知ったら、ルシュール卿はどう思うだろう。誰だってわかるよそんなこと」
先日のお出かけの際に「愛しく思う」と言われた言葉を思い出す。
「好意か……。そうよね、私にお気持ちがなかったら、あんなにお誘いくださらないものね。でもお忙しいとわかってるのに」
「大丈夫。早く手紙で知らせればいいよ。忙しかったら後回しにするよ」
「……ええ、そうするわ。ねぇアラン、私、女神シルヴァーナの気まぐれから、ほんとに逃げることができていると思う? この水晶玉を手に入れてから、なんだか不運の規模が大きくなっているように思えるんだけど、気のせいかしら」
「えーと、姉さん、それについての意見は控えさせてもらうよ」
(気の毒な人を見る目で自分を見るのはやめてほしい)
アリスは優秀な弟の眼差しが何を伝えているか感じ取って落ち込んだ。落ち込んだものの、放置できず、ルシュールに手紙を書いた。
最初は季節の挨拶から書いたが、「忙しい方にこんなの不要だわ!」と便箋を丸めて捨て、簡潔に書き直した。
自分の店にコルマ人の団体予約が入ったら、水晶玉に店が現れたこと。
その中の一人が店のオーナーに会いたいと言ったこと。
王太子殿下から夜会の招待状が届いたこと。
その後で黒髪、黒目、眉の太い、意志の強そうな男性の頭部が水晶玉に現れたこと。
『以上、取り急ぎご連絡いたします。お忙しい時に申し訳ございません。アリスより』
手紙は使用人が届けた。やがて使用人は短い返事を携えて帰ってきた。
『遅くなるが今夜訪問したい。レオン』
夕食時にレオン・ルシュールがアリスの家を訪れることを父に報告すると、父は眉間にしわを寄せた。
「アリス、お前とルシュール卿はお付き合いをしているのかい?」
「さあ」
「さあってお前、何度もこうしてお会いすると言うことは、お付き合いしているんじゃないのかい?」
「だってお父様、正式に交際を申し込まれたわけでもないのに、私が何か言えるわけがないではありませんか。そもそもありえることでしょうか。我が家と公爵家が釣り合うとも思えませんし、私のような小娘を選ぶとも思えないんですけど……。とにかく、今夜遅くにレオン様がいらっしゃることだけはご了承ください」
「あ、ああ。わかったよ。交際に関するお話が出たら、ちゃんと報告するんだよ!」
「はい」
レオンは夕食も終わり皆がソワソワするのにも疲れた遅い時間に馬でやって来た。
「こんばんは。いらっしゃいませ!」
「やあ、久しぶりだね。こんな時間ですまない」
レオンが「時間がない」と言うので、応接室には二人だけで父親の挨拶は省いてもらった。
「早速なんだが、夜会の君への招待は主賓の要望だそうだ。『アヴィッド』のオーナーが君であることを主賓が調べたらしい」
「それはいったいどこのどなたなんでしょう?」
「コルマ王国の第三王子、アンドレアス殿下だ。君の水晶玉に現れた人物の人相と一致する」
「コルマ王国の、お、王子様ですか?」
「そうだ。念のため、水晶玉を僕にも見せてくれるかい?」
レオンは差し出された水晶玉をじっくり見たが、すぐにアリスへと水晶玉を返した。
「ダメだな。私には何も見えない。やはり君にだけ見えるようだ。王太子殿下からの招待だから君は参加しなければならない。だが、アンドレアス殿下にはなるべく近寄らないようにしてほしいんだ。アンドレアス殿下はその……結婚はしているが大変に女性との話題が豊富な方でね」
(なるほど。結婚しているけど女遊びをする人ということね)
「わかりました。なるべく離れているように気をつけます」
だが(屋台の串焼きは離れていても飛んで来たわね)と思い出す。はたして自分はアンドレアス第三王子を避けられるのかと遠い目になる。強引に失礼な態度を取れば、国に迷惑がかかるだろう。
「私は明日は王女殿下の警護担当で、君の近くには居られないんだ。君を守ると言っておきながら本当に申し訳ない」
本気で心苦しそうなレオンの表情に、アリスは逆に申し訳なくなる。自分の不運に巻き込んだことが心苦しい。
「レオン様、きっと大丈夫ですよ。たくさんの人がいる夜会で私に何かするわけもないでしょうし。ご心配をおかけして申し訳ありません」
レオンがスッと右手を伸ばしてアリスの頬に触れた。
「謝る必要はない。私が君を心配したいし守りたいんだ」
(ええーと、ええーと、それはやはりそういう? 本当に? 私? 私でいいわけ?)
「アリス、アリス、ちゃんと息してる? ほら、息を吸って、吐いて」
「あ、ゴフッ、ゴホゴホッ! 息するのを忘れていました。ええと、レオン様、守りたいっていう意味は……」
「近いうちに正式にギルマン伯爵に婚約の許しを得に来たいのだが、まず君は受け入れてくれるだろうか」
「私なんかと婚約……」
眉を下げて困った顔で下を向いているアリスの頬を、レオンは両手で挟んで自分の方に向けた。
「俺のお姫様はなんでこんなに自分に自信がないのやら。自信を持って。『私なんか』じゃない。アリスがいいんだ」
「は、はい」
初めて聞く『俺』と言う言葉が二人の距離を縮めたように感じて心臓が跳ねる。
「それで、夜会のことだけど、同じ会場に俺も王女の警護で参加している。第三王子絡みでどうしても困った時は合図をしてくれ。どうにかしてアリスのところに行く。そうだな、合図は左の耳に手をやってくれ。わかったね? 無理な我慢はしてはいけないからね」
レオンはそう言って慌ただしく帰った。残されたアリスは(あんなキラキラした方と婚約? 公爵家嫡男と婚約?)という喜びに浸りたいところだが、水晶玉の中に居座る第三王子と思われる男性の生首もどきが気になって、とても喜ぶどころではなかった。
嬉しさ半分のアリスの代わりに、話を受けた両親が喜んでくれた。
「本当か? ルシュール卿とアリスが? これはとんでもないことだぞ!」
父は興奮して天を仰ぎ、母は静かに涙ぐんでいる。




