誰もいない道の途中で
森を出るまでパンドラ達に心配されて送り出された私は雪山を降りて町へ向かう。
外は晴れ、寝ている間に少し降ったのか小指の第一関節位には積もっていたけれど新しくもらったスコップと分かりやすく書いてもらった地図があれば問題ない。
今回は何があってもいいようにカバンの中や服の中に武器を仕込み、火を起こせるように「フレイム」という魔法も教えてもらった。
私にとってはこれで十分なのだけれど、デスから「死んだら許さん。逃げ場がなくなったらそれを開けろ」と藁で巻き付かれた筒を半ば押し付けられてしまった。
村の近くまでは特に魔物などに会わず、変わらない景色を進んでいった。
そしてここからがまだ行ったことのない道。
私は顔を両手で叩いで気を引き締めた。
周りを見渡して洞窟か建物がないか探しつつ歩くこと一時間くらい。
熊が冬眠してそうな洞窟を見つけた私は今いる場所に巨大化させた剣を差し込んで洞窟へと向かった。
「あっ、明かり持ってくるの忘れちゃった…焚き火用の木の棒使って松明にしよ」
持った木の棒に小さな声で「フレイム」と唱えると指の先から小さな火が出てきて先端に火を灯した。
「何かいないかな~できればお腹が膨れるやつがいいな~」
壁を伝って奥に進んでいくと何かを蹴った。
照らしてみると何かの動物の骨。
「いるね」
槍を取り出し、ゆっくりと進むと暗闇の奥から重量感のある動物が走ってくる音が聞こえる。
「ガァァァ!!」
「来たな昼飯!」
松明を置き真っ直ぐに突っ込んでくる大きな熊の下に滑り込み、腹から槍を突き刺す。
「潰れろっ!」
振り返った熊の顔を横からハンマーで壁に叩きつけると仰向けに倒れて動かなくなった。
「さて、皮を剥いで油を…入れるものないや。町に降りて熊の皮が売れるか分からないし肉だけとっていこっと」
「ガルルル…」
まだいたのかと振り返ると小熊がいた。
となると私が狩ったのは母熊だったのか。
小さいけど熊は人間にとっては危険なのでここで殺しておかないと。
ハンマーを振り上げても臆することなく私に襲いかかろうとする小熊に少し驚きつつも私はハンマーを振り下ろした。
肉を葉に包み紐を使って腰にぶら下げ洞窟を出ると誰も来なかったようで私の足跡以外はなく、差していた剣をしまって歩き始めた。
歩いて二日と聞いていたけど結構な距離を歩いてこれまでに平坦で何もないとさっきの熊がどうやって生きてきたのかが不思議でしょうがなくなってきた。村の人達も何かを飼っている様子はなかったし町を降りるのは年に一回と言っていた。
木は所々生えていたけれど木の実だけで生活していたのだろうか。
一年中雪が降っているのだったら人はもちろんほとんどの動物は生きていけない。
食べ終えた骨を地面に捨て、少し急ぎ目に私は歩き始めた。
辺りが暗くなりはじめ、小さな洞窟がないか探してみたけれどそれらしきものは見つからないので真っ暗になる前に穴を掘ることにした。
私の背丈の二倍くらいの穴を縦に掘り、そこから横にまた掘っていく。
土が湿気っていて崩れにくいので掘った土で壁や天井を補強し、焚き火で暖を取ってこの日は終えることができた。
次の日、掘った穴をよじ登り迷わないように矢印の形に置いた三つの剣を回収して出発。
相変わらず動物一匹いない場所をひたすら進んでいくのはもう慣れたけれどとなりに誰か居ないと寂しい。
都合よく山賊に出くわしてちょっと会話して軽く殺し合いとかしたいけれどこんな何もない山の中では期待できそうもない。
「見ろよ!こんな所で子供が山降りようとしてるぞ!」
「言っただろ?登りきって少ししたここで待ってりゃ降りようとする奴が来るってな!」
いた。
たったの四人で熊一匹いれば全滅しそうな装備してるけど寂しさを紛らわしてくれそうな山賊が。
進行方向からこちらに向かってくる山賊に私も俯いて進む。
すると足音がかなり近くなったので顔を上げると山賊は目の前におり、私は囲まれていた。
「へっ、お嬢ちゃん、一人でこんな所を歩いているなんて危ないなぁ」
「その腰につけてるモンは食べ物かぁ?」
「うん。昨日狩った熊の肉が入ってる」
葉を開いて生肉を取り出して見せると山賊は引きつった顔をした。
「熊だぁ…?まさか素手で殺したっていうのか?」
「んなわけねぇだろリーダー!このガキの親が斧か何か使って殺してその肉を持ってるだけだ!」
「いちいち取り出すの面倒だから口で説明するけど槍でお腹を突き刺してハンマーで頭砕いたら死んだよ」
「槍とハンマーだぁ?もしかしてその背負ってるカバンに入ってるのか?ハッハッハ!だとしたら面白い話だな!」
「あはは。で、私は何で囲まれてるの?」
「あ?そりゃあ荷物と着てるもの全部奪うに決まってるだろ?」
「えー。私みたいな女の子をおじさん五人で裸にするって恥ずかしくないのー?」
「っ!このガキ!」
「落ち着け!まぁ俺達はそういうことをするんだが見たところ嬢ちゃんが持ってるものを売り捌いたところで大した金にはなりそうにない。そこでだ。嬢ちゃんの他に山を降りそうな人を教えてくれるんだったらこのまま見逃してもいいぜ」
「落ち着け」と言ったところでこのリーダーっぽい人が頭いいのかと思ったけれどそうでもなかった。
教えたところでその人がいつ降りてくるか判断できるわけないし教えてもどうせ逃がす気はない。
「じゃあ今地図出すから待ってて」
私はカバンの中を漁り地図を出すフリをして布に包んであった小さな斧を取り出し、すぐさま大きくして目の前の男の頭に投げつけた。
いきなり大きくしたので持ち手と刃の大きさが大分おかしくなってしまったけれどちょうど真ん中にサクッと刺さったので満足。
「て…てめぇ!」
男が槍を構える前に銅金を蹴り飛ばし、しゃがんだ状態からナイフを腹に刺しこんでそのまま押し倒す。
「このガキ!」
切りかかるわけでもなく剣で突進してくる男をナイフで刺した男で盾にしてそのまま押し付け、魔法を長々と唱えている魔法使いに蹴り飛ばした。
「強いな…まさか雇われてるのか?」
「とある人…?にね。話し相手がいなくて寂しかったけど楽しかったよ」
「ま…待て!これ以上戦っても勝てる気がしねぇ!」
「うん。でも殺すよ?私が見逃しても他の所で悪さするでしょ?」
「しない!これから一切悪さをしないから見逃してくれ!」
初めて見る鉄でできた武器を捨て、頭を下げてお願いしてくる男の人。
「分かった。生きてる他の人はどうするの?」
起き上がった魔法使いの男の人も両手を上にあげていた。
「つぎやった時に私はいないかもしれないけど耳に入ったら真っ先に殺しに行くよ」
カバンを拾い、街に向けてまた歩き出すと後ろで死体の処理をするような音が聞こえ、ついて来そうな音は聞こえることなくそのまま聞こえるのは私の足音だけになった。
そういえば山賊は山頂に行って少し歩いたここで―みたいなことを言っていた。
街まで三日かかると言ってたし、まさか坂がひたすら続くのではないのかと不安になってきた。
そしてその心配は現実になり、緩やかであるけれど丸い木の実を置けば転がっていきそうなくらいの坂へ突入していた。
この坂の途中に一晩過ごせる洞窟があれば一番いいのだけれどあまり期待はしないでおこう。
驚くことに坂はどんどん急になっていった。
まだ二時間くらいしか歩いていないのに一歩進むのに注意しなければ転げ落ちそうなくらい急になっていた。
「これ寝むれないよ…ここで寝たら滑り落ちる…」
いっそ転げ落ちたほうがいいんじゃないかと頭によぎる。
けど私の体がいくら頑丈で再生能力があっても即死はどうにもならない。
試したことないけれど。
剣を杖の代わりに使って慎重に、慎重に降りていくと「ギンッ」という音と共に剣が震え、落ちてきた石に当たったのかと気にしなかった。
けれど今度は腕が何かに貫かれる感覚がして見てみると腕に小さな穴があいて血が流れていた。
「弓…じゃない。まさか石を誰かが投げたのかな」
降りてきた坂を見上げると何もいない。
雪はほとんど溶けて木はあるけれど動物が隠れる場所もないからありえるとしたら視力強化のスキルを持ってる人が遠くから投げてる…かも
わざわざ登ってまで確認したくないけど足に当たったら躓きそうだし嫌だけど行くことにした。
投げられた方向は正確的に把握できたわけではないので「ここらへんかな」くらいに歩いていくと近くで草が動く音がした。
「そこだっ!」
「ひっ!」
杖代わりにしていた剣を振り下ろすと聞いたことのある男の人の声がした。
「ちっ…上手く隠れられたと思ったのに…」
それはさっき悪いことをしないと言ったばかりの鉄の武器を持った男だった。
「その武器で私を狙ってたの?」
「見れば分かるとおりにな…二発目で完全に当たったと思ったがそうじゃなかったみたいだな」
「当たったよ。もう治った」
「…へっ、化物じゃ一発当たったところで―」
「死ね」
今度は正確に頭を潰した。
ここまで登ってきて正解だった。
死体を私の視界に、誰の視界にも入らないように私が進まない方向へと投げ捨てた。