第29話
「終わりましたよ、ヴィクターさん」
三人は広間に戻るとヴィクターに母親の死を伝えた。
「ああ、ありがとう。虫のいい話だけど、これで母さんも楽になれただろう。あとは」
と何かを言いかけたヴィクターを、青い顔をしたヴェラが遮った。
「待ちな、ヴィクター。あんたまだあたしに隠してることがあるんじゃないのかい?」
ヴィクターはヴェラの顔を見たまま動かない。
「ニールは襲われたって言ったね」
襲われて、死んだのかいと震える声でヴェラが言う。
しかしヴィクターは答えない。
「ニールを襲った後、婆さんはすぐ裏に出ていったって言ったね。その時ニールはもう死んでたのかい?」
なおも詰め寄るヴェラの気迫に圧され、ヴィクターが口を開く。
「見たのか?」
「見たって何をさ!」
嫌な予感が当たったかのような、そんな顔でヴェラは叫んだ。
「そうか、見てはいないんだね。ならどうして」
二人の会話の意味がアッシュとディーンには分からなかった。しかし次のヴェラの言葉で、彼女が震えている理由が理解できた。
「さっき二階を通った時に、部屋の中からニールの声が聞こえた気がしたんだ。こいつらを待たせてたからね、その時はそのまま走り抜けたけど、今思えばあんたはニールが死んだなんて一言も言っていない、どういうことだい?」
ヴェラの問いにヴィクターは答えない。答えられないといった顔をしている。
「いいさ、勝手に行かせてもらうよ」
そう言って大きく舌打ちをしてヴェラが広間から出ようとしたとき、待ってくれ、とヴィクターがようやく口を開いた。
「ニール君は、母さんに襲われた時にはまだ生きていた。首を噛み千切られたけど、まだ生きていたんだ」
怒られることを怖れる子供のようにつっかえながら、ヴィクターは話す。
「僕は、大変なことになったと思って。だから、なんとか助けたくて、どうにかしたくて、彼に、水を飲ませたんだよ」
その言葉にヴェラの表情が歪む。
「水って、まさかあんたが母親に飲ませたものじゃあないだろうね」
しかしヴィクターの返事はそのまさかだった。
「母さんの病気が、あっという間に治ったから、彼の傷も、治るんじゃないかと思って」
「ヴィクター!」
ヴェラの拳がヴィクターの顔面へと突き刺さり、ヴィクターは派手に椅子から転げ落ちた。
「自分の母親が化け物になったのを分かってて、それでもまだそんなものを使ったって言うのかい!ふざけるんじゃないよ!」
あんた達は来ないでおくれ、アッシュとディーンにそう言い残しヴェラは二階へと駆け上がっていった。
「僕はただ、大切な人を失いたくなかっただけなんだ」
殴られたヴィクターがよろよろと立ち上がり、椅子に座る。
「違う」
アッシュはそんなヴィクターを睨みながら静かに言った。
「あんたは独りになるのが、自分の過ちを責められるのが怖かっただけだ」
震える手で頭を抱え、ヴィクターは床に視線を落とした。
二階からはヴェラの悲痛な泣き声が聞こえいた。




