第31話「迷いの森での出逢い」
迷いの森を進んでいくキラウェルたち。
ランプが何故だか使えないため、キラウェルが魔法を使って辺りを照らしていた。
『何で森に入った途端に…突然ランプが爆発したのでしょうか?』
カンナは、アルフォンスに尋ねた。
『確かこの森は…リンカの村の人々には神聖な場所として崇められていてね、特殊な魔法がかけられていると聞いたことがあるな…』
顎に手を当てて、アルフォンスは言った。
『ではその魔法が発動し、ランプに当たった…ということでしょうか?』
『そうかもしれないですね…』
アルフォンスの言葉に、再びカンナは生唾を飲む。
『参ったな…道が二又に別れてやがる…』
ラルフは、頭をかきながら言った。
彼の視線の先には、道が二つに別れていた。
左右どちらとも奥が暗いため、先が全く見えない。
『ラルフ、確か片方は立ち入り禁止区域じゃなかったか?』
『そうなんだが…迷いの森は滅多に入らない場所だからな…どっちだか忘れてしまった…』
ラルフは、アルフォンスに申し訳なさそうに言った。
『マジかよ…』
ラルフの言葉に、アルフォンスは開いた口が塞がらないようだ。
このままでは、確実に迷ってしまう。
この森には立て看板が全くないため、フォルフ地方の地形をよく知る、ラルフたちが便りなのだが、やはり彼らもわからないことがあるようだ。
ふとアルフォンスは、キラウェルが何かに導かれるように歩き出しているのに気付く。
進んでいる先は…左である。
『キラウェルさん!?どうしたんですか!?』
慌ててアルフォンスが走り出すが、何故かキラウェルには追い付けない。そればかりか、彼女は走り出してしまった。
『彼女の後を追うぞ!』
ラルフはそう言いながら走り出し、後に続くカンナ。
既に走っているアルフォンスは、走りながらキラウェルに声をかけている。
しかしキラウェルには、アルフォンスの声が届いていないのか、見向きもしない。
『キラウェルさん!止まってください!!』
アルフォンスは再び声をかけるが………
「……………」
キラウェルは無言のままである。
ふとカンナは、キラウェルの前を漂う光を見つける。
どうやら彼女は…あの光を追いかけているようだ。
『あの光は…?』
カンナがそう言うと同時に、キラウェルは走るのをやめた。
それはかりか、周囲を見渡している。
『キラウェルさん………どうしたんですか?…いきなり、走り出して………』
息を切らしながら、アルフォンスが言った。
『光が…こっちだと言っていたので…』
キラウェルは、アルフォンスを見ながら言った。
『光…?』
『でも…いなくなっちゃいました』
不思議そうにするアルフォンスを余所に、キラウェルは辺りを見渡している。
すると……あの光が再び現れ、キラウェルの前を横切る。
『いた!!』
キラウェルは光を見つけると、再び走り出した。
よく見るとあの光……キラウェルを待っているようだ。
『あの光は一体何なんでしょうか…?』
カンナは、不思議そうに言った。
『わからん…俺も初めて見た』
二人が不思議そうにしている間にも、キラウェルは光の後を追っている。
『皆さーん!村が見えてきましたよ!』
遠くの方で、キラウェルがカンナたちに手招きしている。
ラルフたちが駆け寄ると、キラウェルが指さす方向に、のどかそうな村がある。
双眼鏡を使い、村を見渡すアルフォンス。
彼は程無くして、双眼鏡を覗くのをやめた。
『間違いない…あれはリンカの村だ』
アルフォンスの言葉に、胸を撫で下ろすカンナ。
『ありがとう』
キラウェルは、自分のそばで漂っていた光にお礼を言った。
すると光は、キラウェルたちの周りを数回漂ったあと、森の中へと消えていった。
『キラウェルさん…あの光は一体何だったんですか?』
アルフォンスは、キラウェルに尋ねた。
『妖精ですよ。とても可愛らしい』
キラウェルは、微笑みながら言った。
『よ…妖精!?』
アルフォンスは、驚きの声をあげた。
実はフォルフ地方には妖精が住んでおり、立ち入り禁止区域が存在するのは、その妖精を護るためである。
しかし滅多に遭遇しないため、ラルフやアルフォンスたちも、その存在はわからないのだ。
『キラウェルさん…妖精の言葉がわかるのですか?』
アルフォンスは、キラウェルに尋ねた。
『いえ…でも、何となくわかるんです』
キラウェルはそう言うと、妖精が消えていった森を見つめる。
一つだけ補足すると、妖精の言葉は主にしかわからないとされていて、一般人が聞いても、鐘の音しかしないのだ。
だがキラウェルは…それを何と言っているのか、何となくわかるというのだ。
『リンカの村までは、まだ距離がある。中間地点に野宿出来る場所があるから、そこへ行くぞ』
ラルフの言葉で、一行は下へと続く道を進んでいった。
さて、キラウェルを導いてくれた妖精はというと、“迷いの森”の更なる奥地へと進んでいた。
普通の人にはわからないが、至るところには結界がある。
この妖精はこの森に住んでいるため、結界がどこにあるのかわかるようだ。
しばらくすると、大きくスペースの空いた隠し場所に辿り着く。その場所には…何故だか祠がある。
その祠は年期が入っているかのように、とても古いものだった。
妖精は、その祠に何やら話しかけている。
すると……
『ご苦労様でした…アルテミス。皆さんは無事に、村の入り口前まで辿り着くことができましたか?』
何と祠から、女性の声がした。
しかし…姿は全く視えない。
アルテミスと呼ばれた妖精は、元気よく頷いている。
『そうですか…。出来ればあの女性と…不死鳥の守護があるあの方と、直接話が出来ればいいのですが』
女性の声のトーンが、次第に下がっていく。
見兼ねたアルテミスが、再び祠に話しかける。
『え…?連れてくるですって?ここは厳重な結界があります。あの方が通れるとは思いませんが…』
女性はそう言うが、アルテミスは頭を振り、再び祠に話しかける。
『あたしがいれば大丈夫ですって?確信があるのですか?』
女性はアルテミスに尋ねると、アルテミスは大きく頷いた。
『わかりました。生憎わたくしは…大昔に受けた闇の力の影響により、この祠から出ることが出来ません。アルテミス…そこまで言うからには、きちんと導いてくるのですよ?』
女性がそう言うと、アルテミスは大きく頷いて森を飛び去っていった。
『お願いしますよ、アルテミス…貴女だけが頼りなのですから』
女性は、飛び去ったアルテミスに向けて言った。
さて、場所をキラウェルたちへと戻そう。
すっかり陽は落ちており、彼女たちは夕食の準備をしていた。
ラルフとアルフォンスの二人は、カンナとキラウェルのてきぱきとした動きに、驚きを隠せないでいる。
『二人とも凄いですね…まるで主婦のようだ』
アルフォンスは、二人に言った。
『母の教えです』
キラウェルは、微笑みながら言った。
『へぇー…やっぱり、母親は凄いんですね』
アルフォンスはそう言うと、並べられた料理をまじまじと見つめる。
広げられたテーブルには、キラウェルとカンナが作った、色とりどりの料理が並べられている。
二人は、きちんと栄養を考えて作ったのだろう…魚料理まであった。
『僕は父子家庭ですからね…母親がいる人は、羨ましいです』
ははは…と、アルフォンスは寂しそうに笑う。
『アルフォンスさん、お父様と二人暮らしなのですか?』
カンナが、アルフォンスに尋ねた。
『母は僕が幼いときに、事故で亡くなりましたから…。それからは、親父と二人暮らしです』
アルフォンスがそう言うと同時に、キラウェルが鍋を抱えてやって来た。
『シチーが出来ましたよ』
キラウェルはそう言いながら、鍋を真ん中に置いた。
もちろん下には、鍋敷きがある。
『アルフォンスさんは…私が仕えている、ファラゼロ様に似ていますね』
カンナは、アルフォンスに言った。
『ファラゼロ…ブラウン家の当主の名前ですね。その方も、僕と同じ父子家庭なんですか?』
アルフォンスは、カンナに尋ねた。
『はい。まぁファラゼロ様の場合は、母親であるレイア様が…殺されてしまいましたが』
そう言うカンナの声のトーンが、次第に下がってしまった。
キラウェルも事情を知っているため、カンナを心配そうに見つめている。
『殺され…!?』
アルフォンスは、驚きのあまり立ち上がった。
その隣では、ラルフが箸を持ったまま固まっている。
見兼ねたキラウェルが、口を開いた。
『あ…あの皆さん、シチーが冷めてしまいます…』
キラウェルの声で我にかえったのか、アルフォンスは椅子に座り、ラルフは漸く箸でサラダを皿に盛り始めた。
その後は、皆が楽しい会話で盛り上がった。
時間はあっという間に過ぎていき、キラウェルたちは就寝することにした。
そして…小さな小さな来客がやって来た。
カンナと同じテントの中で寝ていたキラウェルは、その来客に気付いた。
相変わらずキラウェルの周りを漂うのは…アルテミスだった。
『あなたは…さっきの…』
まだ眠たいのか、キラウェルは目を擦りながら言った。
アルテミスは、何回かキラウェルの周りを回ったあと、外に出ていった。
「ついてこい…って、言ってるのかな?」
不思議に思うキラウェルだったが、アルテミスの後を追うことにした。
テントから静かに出たキラウェルは、待っていたアルテミスと共に、再び“迷いの森”の中へと入っていった。
アルテミスが道案内してくれているお陰で、道に迷うということは無さそうだ。
まぁ…灯りは、キラウェルが魔法を発動させているために、確保できているのだが。
「ねぇ…ハンダル語はわかる?」
キラウェルは、ハンダル語でアルテミスに尋ねた。
するとアルテミスは、元気よく頷いた。
「何でわかるの?」
キラウェルが、再びアルテミスに尋ねたと同時に、アルテミスは嬉しそうに飛んでいってしまった。
その先は…古い祠がぽつんと置かれている所。
「祠…?何でこんな所に?」
キラウェルはそう言いながら、祠に近づいていく。
すると…
『ありがとうございました…アルテミス』
何と祠から、女性の声がした。
「!?」
キラウェルは、驚きのあまり立ち止まる。
『はじめまして…シャンクス一族の者よ、わたくしはオファニムと申します』
オファニムは、祠から優しくキラウェルに話しかけた。
『あ…えっと…あの…』
あまりの光景に、キラウェルは言葉が続かない。
『わたくしは…ハンダル語もセルネア語も理解できますよ?』
くすくす…と、オファニムは笑いながら言った。
「あ…でしたら、ハンダル語で」
キラウェルは、緊張しながら言った。
「わかりました…わたくしもハンダル語で話しますね」
オファニムは、優しく言った。
キラウェルとオファニムは、お互いを紹介しあった。
まず妖精のアルテミス…銀髪のロングヘアーが印象的な妖精で、ずっとオファニムに仕えているのだとか。
オファニムは、大昔から“リンカの村”を護ってきた守護神で、今は訳ありで…この祠の中にいるようだ。
「リンカの村の人々は…わたくしを尊敬しております。ですから、祠の中に留まるようになってからも、会いに来てくれるのです」
「オファニム様…何故、祠の中に?」
キラウェルは、オファニムに尋ねた。
「かつてわたくしは…他の四つの“超希少系”と共に、世界のバランスを保っていました…しかし、封印していた闇の暴発が起こり、わたくしは大きな代償を払ってしまいました」
「大きな…代償?」
小首を傾げるキラウェル。
「わたくしは…“光”と“闇”の力を合わさって持っています。そのうちの“闇”が、暴発の衝撃でわたくしから離れてしまったのです」
ふとキラウェルは、かつてファラゼロが読んだ本の内容に、かなり似ていることに気づく。
「二つに分かれてしまい…本来の姿を現せなくなったわたくしは、この祠へと逃げ込みました。それ以来…村の人々はこの場所を禁忌の地とし、立ち入りを禁じました」
そこでキラウェルは、初めてこの“迷いの森”の由来を知るのであった。
しかしキラウェルには、どうしても腑に落ちないことがあったため、再び口を開いた。
「ですがオファニム様…どうしてこの森は、“迷いの森”と言われているのですか?いくら禁忌の地としても、それはできすぎでは…」
「それはきっと、村の人々がわたくしを守るために言ったのでしょう。確かにこの森には立て看板などがありませんが、アルテミスや他の妖精たちが、導いてくれますから」
オファニムの言葉に、アルテミスは嬉しそうに笑った。
何を思ったのか、アルテミスはキラウェルの背中に移動した。
そして何故だか…威嚇を始めた。
「アルテミス…威嚇してはなりませんよ?その方は、わたくしと同じ守護神です」
オファニムがそう言うと同時に、キラウェルの背中から不死鳥が現れた。
「お久しぶりですね…不死鳥」
「お前も元気そうだな…オファニム」
そう言う不死鳥の表情は、どこか穏やかだ。
「あれから…セレーネやポルクス、カストルとは会えましたか?」
「ポルクスとカストルの気配は感じたが…セレーネはまだわからん」
「そうですか…セレーネは未だに行方知らずなのですね…」
そう言うオファニムの口調は、どこか寂しげだ。
「オファニム様…“セレーネ”とは、一体誰なのですか?」
不思議に思ったキラウェルは、オファニムに尋ねた。
「セレーネはわたくしと同じく、“光”の力を持つ守護神です。彼女とわたくしは、とても仲が良いのです」
オファニムの言葉の続きを、今度は不死鳥が引き継ぐ。
「しかもセレーネは、数多くある魔法の中でも…最強とされている守護神だ。あいつの力をなめたらいけない」
いや…そんな事を言われても、困るんだが…と言わんばかりのキラウェル。
「それから…シャンクス一族の者よ、わたくしと会話をしたことは、リンカの村人たちには…どうか内密に」
オファニムがそう言うのだから仕方がない。
キラウェルは、彼女の言葉に無言で頷いた。
「もう深夜です…皆さん、わたくしにつき合って下さり…ありがとうございました」
オファニムは祠から最後にそう言い、黙ってしまった。
「アルテミスもありがとう」
キラウェルは、近くにいたアルテミスにお礼を言った。
アルテミスは元気よく頷くと、“迷いの森”の奥へと飛び去っていってしまった。
「俺たちも戻るか…」
不死鳥はそう言うと、キラウェルの背中へと戻っていった。
「そうだね…」
キラウェルは、眠たそうに欠伸をすると、来た道を再び戻っていった。
さて…あれから陽が昇り、キラウェルたちは荷造りをしていた。
リンカの村から近い野宿スポットで一泊したため、目的地に辿り着くまで、そんなに時間はかからなそうだ。
『リンカの村はもう見えている。後は辿り着くだけだ』
ラルフはそう言うと、荷物を持って立ち上がった。
『さてと…キラウェルさんもカンナさんも、荷造りは大丈夫ですか?』
アルフォンスが二人に尋ねる。
『大丈夫ですよ』
カンナは、荷物を持ちながら言った。
その隣にいるキラウェルも、無言で頷いた。
『さあ行くぞ!リンカの村まで…あともう少しだ!』
ラルフは、明るい声で言った。
四人で道なりを歩いていると、アルテミスが脇の林から飛び出してきた。
そして…逃げるように、キラウェルのローブの中へと潜り込んでしまった。
「アルテミス…?どうしたの?」
キラウェルは半分驚きなから、ローブの中で震えているアルテミスに話しかける。
『キラウェルさん、どうなさいました?』
不思議に思ったアルフォンスが、キラウェルに尋ねた。
『あの…妖精が…』
『妖精!?』
アルフォンスは驚き、キラウェルに近づく。
アルテミスはというと、相変わらず震えている。
『昨日…俺らを案内してくれた妖精か?』
ラルフも不思議に思ったのか、近づいてきた。
『凄い震えてるわ…可哀想に』
ふとカンナは、アルテミスが怪我をしているのに気づく。
手を差し伸べた彼女は、そっとアルテミスを両手で包み込んだ。
『腕を怪我してます…。一体誰が!?』
カンナは、怒りに満ちた声で言った。
『妖精を診てくれる病院は、リンカの村にしかない。先を急ごう!』
ラルフの言葉に従い、キラウェルたちは一斉に走り出した。
カンナからアルテミスを受け取ったキラウェルは、彼女の頭を人差し指で優しく撫でていた。
少しだけ落ち着いたのか、涙目でキラウェルを見上げるアルテミス。
『リンカの村の看板が見えてきたぞ!!』
キラウェルは、ラルフの言葉に看板を見つめる。
入り口には、二人の門番がいる。
しかし二人の門番は、キラウェルたちに目もくれず、アルテミスに視線がいっていた。
『ア…アルテミス!!』
一人の門番が、驚きの声をあげた。
『何があったのかは知らんが…病院はこちらです!!』
もう一人の門番が、そう言いながら走り出した。
キラウェルたちも門番に続く。
暫くして、フェアリークリニックという看板を取り付けた、白い建物が見えてきた。
早速中に入ったキラウェルは、そばに居た看護師にアルテミスを託した。
そして…アルテミスの処置が始まった。




