第27話「騒動」
激闘の後、キラウェルとカンナは北の関所を抜けて、フォルフ地方へと足を踏み入れた。
北の関所を抜けられたのは、前もって門番と会っていたからなのだが。
本当なら…アシュリーと共に“シンラ”を目指す予定だったのだが、彼女を追うことになってしまった。
「キラウェルさん…もうフォルフ地方に入ったのですから、フードは被らなくてもいいのでは?」
カンナは、苦笑いしながら言った。
「いえ…“シンラ”に辿り着くまでは、このままでいさせてください」
「わかりました」
キラウェルの言葉に、カンナは優しく微笑んだ。
暫く歩いていると、大きな街が見えてきた。
アーチ型の看板には、『ファルミス』と書かれている。
「ここがフォルフ地方の始まりの街…ファルミスですよ」
カンナは、キラウェルに説明した。
しかしキラウェルは、辺りを見渡している。
「キラウェルさん?どうしました?」
不思議に思ったカンナが、キラウェルに尋ねた。
「周りの人達が…何言っているのか、わかりません…」
キラウェルは、戸惑いながらそう言った。
このフォルフ地方では、“セルネア語”という言葉が使われている。
キラウェルは、“ハンダル語”を話しているため、初めて聞く“セルネア語”に驚いているのだ。
ただカンナは…両親の教えで、この二つの言葉を話せる。
「何かあったら、私がちゃんと通訳しますから」
カンナは、微笑みながら言った。
「お願いします…」
キラウェルは、まだ戸惑いながら言った。
二人は休憩するために、近くにあった休憩所へと向かった。
水道の水を、その場にあったコップで飲んだキラウェルは…何やら貼り紙を見つめている。
「キラウェルさん?」
カンナは、不思議そうに言った。
「これって…このフォルフ地方の地図ですか?」
キラウェルは、そう言いながら貼り紙を指さす。
「そうですよ。セルネア法皇国の地図になります」
カンナはそう言いながら、キラウェルに近づく。
「現在地の“ファルミス”はここです。“シンラ”まではまず…“リオシティ”を抜けて北へ向かい、そのあとは“ハルブの街”を抜けます、次に“リンカの村”を抜けて北東に進む必要があります」
カンナは、地図の道を辿りながら説明した。
「まだ距離はありますね…」
地図を見ながら、キラウェルは呟いた。
「でもここはフォルフ地方ですから、列車を使ってもいい頃でしょう」
カンナはそう言うと、路線が書かれた地図を広げる。
「まずは“リオシティ”へ向かいましょう。リオには列車がたくさん出ていますから…リオからハルブまで行きますよ」
「道案内…お願いします」
「もちろんです!」
カンナのこの言葉で、次の目的地が決まった。
キラウェルとカンナは荷物を持つと、ファルミスから出ているバスに乗り込むため、バスターミナルを目指す。
「………セルネア語の看板読めない……」
看板とにらめっこするキラウェル。
「リオ行きのバスは……あと30分後に来ますね」
時刻表を見ながら、カンナが言った。
と…ふとカンナがキラウェルを見ると、彼女は老夫婦に話しかけられていた。
しかしキラウェルはセルネア語がわからないため、かなり困っている。
慌てたカンナは、急いでキラウェルに近づいた。
『ごめんなさい…彼女は、セルネア語が話せないんです』
カンナは、セルネア語でそう説明した。
『あら…そうなのかい?ごめんなさいねぇ。見かけない顔だから、ついつい話しかけてしまったのよ…』
申し訳ないと、マダムは言った。
『いえ、大丈夫ですよ。…そういえば、お二人は旅行ですか?』
『ええ♪夫婦水入らずの旅行よ』
マダムとカンナは楽しげに会話をするが、キラウェルはというと……
「??????」
訳がわからないという表情だ。
「あ……」
カンナは、ようやくキラウェルがいることを思い出したようだ。
「通訳はどうしたんですか?」
不機嫌なキラウェル。
「はははは…」
苦笑いしか出来ないカンナ。
バスターミナルにバスが到着し、キラウェルとカンナは“リオシティ”行きのバスに乗り込んだ。
車内はほぼ満席状態だ。
「カンナさん…“リオシティ”は人通りが激しいんですか?」
初めて見るバスと吊り輪に戸惑いながら、キラウェルはカンナに尋ねた。
「“リオシティ”はバカンス地と呼ばれているんです。観光客とかが多いので、人通りは激しい方ですね」
バスの車内にある路線図を見ながら、カンナは言った。
「そんな場所に…これから行くんですね…」
キラウェルがそう言って、吊り輪を握り直した時だった。
『乗客全員大人しくしろ!!』
座席に座っていた男が、銃を握りながら叫んだ。
「なっ…こんなときにバスジャック!?」
カンナは、驚きながら言った。
男が銃を持っているため、車内は大パニック状態である。
子どもたちは泣き出し、女性客たちは悲鳴をあげる。
そんな状況に男はイラついたのか、持っていた銃を発砲した。
その音に驚いた子どもたちは、より泣き叫んだ。
『うるせぇ!騒いだらぶっ殺すぞ!!』
大声で叫ぶ男。
怯える乗客をしり目に、男は運転席に近づいていった。
そして、運転手のこめかみに銃を突きつけた。
『おい…運転手、俺を空港まで乗せていけ!逆らったらどうなるか…わかってるよな?』
挑発的な態度で、男は言った。
『は…はひぃ…』
恐怖のあまり、声が上ずっている運転手。
「キラウェルさん…あの男は、空港まで乗せていけと要求しています」
カンナが、小声でキラウェルにそう説明した。
「何のために?」
キラウェルも、小声でそう言った。
「わかりません…ですが、逃亡しようとしているのでしょう」
このカンナの一言で、キラウェルの怒りが爆発した。
「逃げるですって…?そんなことはさせるか!!」
キラウェルはそう叫ぶと、鞘に入れたままの“白夜”を握って、バスジャック犯に飛びかかった。
「ちょっ…キラウェルさん!?」
カンナの静止が間に合わず、キラウェルは男を捕獲した。
『なっ!?何なんだお前は!!ぶっ殺されてぇのか!!』
男はそう言いながら、銃をキラウェルに向けた。
しかしキラウェルは、全く動じなかった。
鞘から“白夜”を引き抜くと、峰を男の首筋に突きつけた。
「セルネア語わからないんだけど…これ以上騒ぎを大きくするつもりなら、私も容赦しないわよ?」
怒りに満ちた声で、キラウェルは言った。
『な……刀…だと…!?』
男は初めて刀を見たのか、さっきまでの威勢はどこへやら…力なくその場に座り込んでしまった。
キラウェルはその隙に、男を羽交い締めにした。
『い…いででででで…!』
痛がる男。
「カンナさん!運転手さんに、行き先を変えずにリオシティへ行けと言ってください!!」
男を羽交い締めにしながら、キラウェルは言った。
「は…はいっ!」
カンナはそう言うと、慌てて運転席へと向かい、セルネア語で会話を始めた。
その間にも、キラウェルは羽交い締めをやめない。
もしやめてしまったら、男がまた銃を発砲しかねないからだ。
『リオシティに着いたら、真っ先に警察に連絡してください』
『わかった。ありがとうな…嬢ちゃんたち』
運転手は安心した様子でそう言うと、リオシティへとバスを走らせた。
『くそっ…!』
男は、キラウェルに羽交い締めされたまま悔しがった。
「まだやる気…?だったら、力を強めるけど?」
低い声で、キラウェルは言った。
男はハンダル語が全くわからない。
しかし、キラウェルの鬼の形相を見た途端に大人しくなった。
あんなに泣いていた子どもたちは、既に泣き止んでいた。
そればかりか、キラウェルに拍手をおくる乗客たち。
この拍手は…リオシティのバスターミナルに到着するまでずっと続いていた。
バスの車内で騒動があったが、無事にバスターミナルに到着した。
男は、未だにキラウェルに捕らえられている。
程無くして、運転手からの通報を受けた警官二人がやって来た。
『君がこの男を捕らえたのかい?』
一人の警官が、キラウェルに話し掛けた。
見かねたカンナが、口を開いた。
「男を捕らえたのは君ですか?って…質問してます」
「はい…そうですが…」
カンナの通訳を受けたキラウェルが、男を差し出しながら言った。
別の警官が、キラウェルから男を受け取った。
『彼女は、そうだと言っています』
カンナがセルネア語でそう説明すると、警官の一人がキラウェルの両手を握った。
『我らの法皇様が…是非君と謁見がしたいと申し出ているんだ…会ってみるかい?』
警官は、微笑みながらそう言った。
よく見ると…二人はセルネア法皇国の紋章が刻まれたバッチをつけている。
どうやら二人は…エリート中のエリートである、上級警官だったようだ。
「え!?法皇様が!?」
キラウェルよりも、カンナが驚いてしまっている。
話をうまく理解できないキラウェルであったが…法皇に会えるかもしれないことは、彼女も理解できた。
『その際は…その…ローブのフードをとってもらう必要があるんだ。法皇様は何でもお見通しだよ。君がシャンクス一族の、唯一の生き残りだということも…見抜いているからね』
「!!」
上級警官の一言に、カンナの表情が変わった。
「え…??何…?何て言ってるんですか?」
キラウェルは、カンナに尋ねたが…カンナの怒りの表情に言葉を発せられなくなった。
『彼女と会うのは構いませんが…手を出さないでほしいのですが』
『ただの謁見です。ヘタなことは致しません』
上級警官はそう言うと、キラウェルにお辞儀した。
『キラウェル・J・シャンクス様…セルネア法皇国の首都、パルミザックへご案内致します…』
上級警官が話すセルネア語は、やはりまだキラウェルには理解できていない。
しかし彼女は、自分の名前を呼ばれたことは理解したようだ。
「私を…知っているのですか?」
キラウェルは、上級警官に尋ねた。
すると上級警官は、深呼吸をしてから口を開いた。
「俺はハンダル語も話せます。最初からハンダル語で話せば良かった」
と、彼は苦笑いした。
「だったらそうと言ってくださいよ!」
つかさずツッコミを入れるカンナ。
「ははは…ごめんなさい。貴女たちの反応を見て楽しんでいました」
上級警官は、微笑みながら言った。
ふとカンナが、この人は確信犯の上に腹黒いと思ったことは…言うまでもない。
「では案内致します。車の手配をしておりますので、どうぞこちらに…」
二人の上級警官に案内され、リオシティを歩くカンナとキラウェル。
その間にも、キラウェルは警官たちに話しかけている。
気づいたことといえば…ハンダル語を話せるのは、最初にキラウェルに話し掛けた警官だけということぐらいだ。
「法皇様は…ハンダル語を話すことはできるんですか?」
「もちろん話せますよ。しかも丁寧で流暢に話しますから…最初は驚かれると思いますね」
一人の上級警官と話しているうちに、高級そうな黒い車が二台停まっていた。
キラウェルは、初めて見る車に凄く驚いてしまう。
「一台に犯人を乗せますので、貴女たちは二台目の方へお乗りください」
それまで、男を取り押さえていた上級警官が、先に黒い車に乗った。
カンナとキラウェルは、もう一人の上級警官のエスコートを受けて車に乗り込んだ。
「では出発しますので…」
上級警官はそう言うと、助手席に座って口を開いた。
『パルミザックまで』
『了解した』
この会話はもちろん…いうまでもなくセルネア語である。
二台の車が、パルミザックを目指して発進した。
これからどうなるんだろ…
キラウェルはふと、心の中でそう思った。
車は思ったよりも速く、景色がとてつもない速さで過ぎていく。
窓から眺めていたキラウェルは、緑が多いことに気付いた。
法皇様に会えば…何か変われるかもしれない。
いつの間にかそう思うようになったキラウェルは、早く法皇に会えないかなと、待ちわびている。
その様子を、カンナは微笑んで見守っていた。
そして数時間後…二台の車がパルミザックに到着した。




