第26話「苦渋の決断」
グラディスが発砲した弾丸はキラウェルに命中し、彼女は痛みと苦しみの中でもがいていた。
再び発砲しようとしたグラディスを止めに入ったのは、レイウェアであった。
「いい加減にしろ!魔法の力を持たぬお前に何が出来る!?」
銃を構えたまま、グラディスは言った。
「私には…もう……こうするしかないから…」
レイウェアはそう言うと、一度深呼吸をした。
落ち着いたと感じた彼女は、再び口を開いた。
「不死鳥よ…かつての主の声が聞こえたのならば…我が娘・キラウェルの身体を乗っ取れ!!」
レイウェアは、キラウェルの前に立ち塞がったまま言った。
すると…今まで倒れていたキラウェルが、嘘のようにすぐに立ち上がった。
どうやら…キラウェルの身体は今、不死鳥に支配されているようだ。
「……………っ」
金縛り状態になっているのか、キラウェルは言葉を発せられない。
不死鳥、何する気なの!?
キラウェルは、心の中で叫ぶ。
しかし…聞こえているはずの不死鳥は何も言わない。
「ごめんなさいね……キラウェル、貴女を救うにはもう…これしか方法はないのよ」
レイウェアはそう言うと、キラウェルの方へ向き直り、自らの左手を前に差し出した。
「…………っ!!!」
この時キラウェルは、レイウェアが何をしようとしているのか、遂に理解したのだった。
しかし、嫌と叫びたくても叫べない…逃げたくても逃げられない。
キラウェルは、大粒の涙を流す。
「泣かないで…キラウェル。いずれこうなる事は、貴女もわかっていたはずよ」
優しく諭すように、レイウェアは言った。
キラウェルはただただ無言で、嫌だと言わんばかりに頭を振りまくる。
「不死鳥…キラウェルの左手を前に…」
レイウェアがそう言うと、ゆっくりとキラウェルの左手が前に差し出される。
嫌だ…嫌だ…嫌だ…嫌だ!!!
やめてよ不死鳥!ねぇ!!
キラウェルがいくら心の中で叫んでも、不死鳥は相変わらず無言だ。
そしてとうとう、キラウェルとレイウェアの左手が握りあった。
「ありがとう……不死鳥…これで……楽になれる…」
レイウェアはそう言うと、涙を流すキラウェルを見つめる。
「私の娘でいてくれて…本当に…ありがとう…」
そう言うレイウェアの瞳にも、大粒の涙が。
しかしキラウェルは、相変わらず頭を振りまくる。
意を決したレイウェアは、口を開いた。
「不死鳥よ!かつての主がお前に命ずる…私から不老を奪うがいい!!!」
レイウェアは、有らん限りの声で叫んだ。
その瞬間に、レイウェアから眩い赤い光が包み込み、やがてその光はキラウェルの方にも包み込まれていった。
しばらくして…赤い光はなくなった。
「300年……私と共に……ありが、とう………不死……鳥……」
レイウェアは、弱々しい声でそう言いながら、地面に倒れてしまった。
「母さん!!!」
漸く自由になったキラウェルは、泣きながらレイウェアを助け起こした。
レイウェアは、息をするのもやっとだ。
「何ということだ……」
グラディスは、あまりの光景に襲う気力さえ失われている。
「母さん!しっかりして…母さん!!」
キラウェルは、泣きながらレイウェアに呼び掛ける。
「キラウェル……傷口は……塞がっている……で、しょ?」
弱々しい声で、レイウェアは言った。
ふとキラウェルは、自分の右脇腹を確認する。
確かに、傷口は完全に塞がっており、出血も止まっていた。
「“フェニックスの魔法”が……完全に、なったから………特性が…発動したの…よ」
「え…?特性って…?」
状況がうまく理解できないキラウェルは、小首を傾げる。
「でも……やっぱり、その火傷の傷は……無理、だったようね……」
レイウェアはそう言いながら、自身の左手でキラウェルの左頬を撫でる。
「母さん……」
キラウェルは泣きながら、レイウェアの左手を握る。
「キラウェル……勝手なことして………ごめんなさいね…」
泣きながら謝るレイウェアに、キラウェルはただただ頭を振る。
「そこまでだ…キラウェル・J・シャンクスよ…」
ファルドは気がついたのか、再びキラウェルを睨んでいた。
「あいつは…不死身なの…?」
さすがのキラウェルも、諦めないファルドに引いている。
「その死に損ない奴が何だと言うのだ!死を待つしかない奴に…何の望みなどない!!」
ファルドのこの言葉に、キラウェルの眉がつり上がる。
「俺の復讐のため……“フェニックスの魔法”をよこせぇぇぇぇ!!」
ファルドはそう言いながら、再び二つの剣を持って、キラウェルに襲い掛かってきた。
「レイアさんを喪った人が……最愛の人を喪った人が…そんなことを言うな!!!」
キラウェルはそう怒鳴ると、左手を空中に翳した。
すると、巨大な炎の塊が現れた。
よく見ると、キラウェルの身体が赤く輝いている。
「力は抜いといてあげる…!だから一度、本当に気絶しろ!!」
キラウェルは一度そう言うと、再び口を開いた。
「喰らえ!火炎弾!!」
キラウェルはそう言いながら、炎の塊をファルドに向かって投げつけた。
「!?」
炎の塊に驚いたファルドは避けられず、そのまま直撃した。
爆風と共に、ファルドは吹き飛ばされる。
「ぐああああああ!!」
ファルドは、悲鳴をあげながら気を失い、再び地面に倒れた。
「危なかった…あとちょっとで……一撃必殺になるところだった…」
キラウェルはそう言うと、ファルドに近づくため歩きだす。
「待て!ファルド様を殺すつもりか!!」
グラディスはそう言いながら、再びクナイを握り締めてキラウェルを睨む。
「殺さないわよ…むしろ私は、人が殺されたり殺しているのを…見たくないわ。あの技をもろに喰らったとはいえ、力を抜いているから、ファルドは死なないわ」
「なに…?」
グラディスが不思議そうに呟いたと同時に、ファルドがゆっくりと起き上がった。
それに気付いたグラディスは、真っ先にファルドの所へと駆け寄った。
「ファルド様…ご無事でしたか……」
グラディスは、ホッとした様子だ。
「何故だ…何故俺は生きている……?何故生かされているのだ…?」
ファルドはそう言いながら、自分の頭を抱えている。
「“生かされている”のではなく、“生きなければならない”…ですよ、ファルド」
キラウェルはそう言いながら、ファルドの前にしゃがんだ。
「死んだ者が望むのは、復讐なんかではありません…生きている者の幸せなんです。きっと、レイアさんが今の貴方を見たら…悲しむと思います」
「…………」
キラウェルの優しい言葉に、ファルドは遂に涙を流した。
「俺は…俺は、間違っていたのか…?」
そう言いながら、泣き続けるファルドを見たキラウェルとグラディスは、彼が落ち着くまで、そっとしておいた。
ファルドをグラディスに任せたキラウェルは、不老を失ったレイウェアのそばにいる。
今にも死にそうな彼女は…キラウェルの腕の中にいた。
「キラウェル……ファルド…は?」
キラウェルの腕の中で、弱々しく言うレイウェア。
「大丈夫…頭を冷やさせているから。グラディスって人に任せてある」
「そ…う……わかった…」
レイウェアはそう言うと、空を見上げた。
「あの日……300年前、父上が……囮となって……私は逃げたあの日、涙を流さない…日は…なかった」
レイウェアはそう言うと、キラウェルを見つめる。
「たくさん、悔やんだ……たくさん……自分を呪った…わ…」
「母さん…」
キラウェルはそう言うと、レイウェアの頭を撫でる。
「ふふふ……娘、に……頭を……撫でられる…なんて、ね…」
レイウェアは、涙を浮かべながら微笑んだ。
「母さん……一人になるのは嫌だよ…死なないで……」
キラウェルは、涙を浮かべながら言った。
「キラウェル……人は、出会いと別れを……繰り返す…の……」
レイウェアは一度そこで区切ると、再び口を開く。
「でも……それは、“終わり”ではなく……“始まり”なのよ……」
レイウェアはそう言うと、キラウェルの右手を握る。
しかしその力は、弱まっている。
母親の死期が近いことを感じ取ったキラウェルは、レイウェアの右手を両手で包み込む。
「母さん!しっかりして!!」
涙を我慢していたキラウェルだったが、我慢できずに涙を流す。
「キラウェル……私の、娘でいてくれて……生まれてきて…くれて……ありが、とう……」
レイウェアの声が、更に弱まる。
「母さん!!」
泣きながら、キラウェルは叫ぶ。
「最後に……言わせて……キラウェル……生きて……生き、続けて……ね……」
レイウェアは最期にそう言うと、瞼を閉じた。
身体から力が抜けたのだろうか…キラウェルの手の中から、レイウェアの右手が滑り落ちた。
「母………さん……?」
キラウェルは、レイウェアに呼び掛けるが、レイウェアは応答しない。
「母さん…嫌だよ…死んじゃ嫌だ!」
キラウェルは、そう言いながらレイウェアの身体を揺さぶる。
しかしレイウェアは、瞼を閉じたままだ。
母親である…レイウェアが、死んでしまった。
しかも、自分の腕の中で…。
その現実が…キラウェルに重くのし掛かる。
「嫌だ………嫌だ……うわあああああああ!!!」
キラウェルは、レイウェアを抱き締めたまま泣き叫んだ。
偶然だろうか…?
キラウェルの腕の中で息を引き取ったレイウェアが、微笑んでいるようにも見える。
キラウェルの様子を見ていたグラディスとファルドは、ただただ無言だった。
しばらくの沈黙の後で口を開いたのは…ファルドだった。
「レイアを喪った時の…俺のようだな…」
ファルドは、寂しげに笑いながら言った。
「ファルド様…」
切なそうに、グラディスが言った。
「“フェニックスの魔法”は、諦める……魔法に頼らない…生き方を選ぼう」
ファルドはそう言いながら、グラディスの肩を借りながら立ち上がった。
「そうですね……」
グラディスは、ファルドを抱えたまま言った。
夜が明け、キラウェルは浜辺に来ていた。
隣には…カンナがいた。
「母さん…私、23歳になってたよ……」
キラウェルはそう言いながら、浜辺に横たわるレイウェアを見つめる。
「もう…これで、苦しむことは…ないから、ゆっくり…休んでね……」
キラウェルはそう言うと、レイウェアを海に流した。
手を胸の上で組んだレイウェアの遺体が、どんどん沖の方へと流されていく。
二、三度浮き沈みしたレイウェアの遺体は、海の中へと消えていった。
その様子を見ていたキラウェルは、何度目かになる涙を流した。
カンナは無言でそばに近寄ると、キラウェルの頭を優しく撫でた。
「レイウェアさん…安らかに、眠ってください…」
そう言うカンナも、どこか悲しそうである。
「カンナさん…行きましょう…!」
涙を拭ったキラウェルは、凛とした表情で言った。
「はい…」
カンナは、優しく微笑みながら言った。
もう…泣くもんか。
誰も失わない道を…これから進んでやる。
キラウェルは、心の中で強く決意し、海辺をあとにした。
空には、白い鳥が…二人を見送るかのように、大きく羽ばたいていた……。




