エピローグ
少し遅れた誕生日会に花束が届いた。
送り主はルシル。花束に入っていた手紙を読むと、ルシルが教会に行く前にリリアンに宛てて書いたものだとわかった。
『誕生日おめでとう』という言葉と『勝手に死んでしまってごめんなさい』と謝罪の言葉が書かれていた。
『リリーと過ごす学園生活はとても楽しかった。その思い出を嫌な記憶にしないで。どうか、楽しいままでいさせて』
過去は悲しいことだけじゃない。ルシルが身をもって証明してくれた。とても、優しい手紙だった。
リリアンはステンドグラスの前に立ち、祈りを捧げながら一人ぼんやりと考えた。
アルバートを断罪するための情報を集めること、そして、他国に誘拐された令嬢を連れ戻すことにオーガスト大公も一役買っていたという。お礼を言いに行ったとき、彼に問われた。
「君は人として生涯を終える道と、悪魔として過ごす道、どちらを選ぶ?」
今までは今を生きることで精一杯だった。過去に囚われ、未来のことを考えることをしていなかった。
自分はどの道も選ぶこともできる。選ばないこともできる。どの選択をするのが一番良いかなんてわからない。何年か経って、自分の考えが変わっているかもわからない。
「どのように生きていけばよいのでしょうか」
ステンドグラスを見上げる。
神、サフィルアは自分を待ってくれていると言った。できるなら、自分も彼に会いに行きたいと思っている。それより先のことは……まだ何もわからない。サフィルアに聞いたら、何か教えてくれるのだろうか。
ステンドグラスから差し込む光は、神からの教えを表していると言われていた。だが、実際にはそれを誰も受け取ることができない。だが、ステンドグラスを前に様々な奇跡が起きていたのも確かだ。
「……神様」
現世で生まれた人々は祈ることによって、どのように生きればよいのかを神に尋ねることができる。ここからあの人に言葉を届けることができるだろうか。
「どうか、私の未来を――」
「――あなた、神になんて祈らない方がいいわ」
凛とした声が響く。目を開けて前を見れば、ステンドグラスの光を遮るような黒い影。
黒いドレスに身を包んだ少女……レジーナは口元には笑みを浮かべている。紅い瞳がこちらを視界に捉える。
その瞬間、目の前が闇に包まれた。
ステンドグラスは姿を消し、真っ暗な空間の中にいた。コツリ、コツリと靴の音が聞こえる。音の方を向くと、そこにはレジーナが立っていた。彼女は唇をきゅっとつりあげて、笑みを浮かべる。
「ねえ、リリアン。あなたは自分のことを見つめられたかしら?」
レジーナと初めて会ったときに問われたことだった。リリアンは懐かしく思い微笑む。
「わかりません。けれど、自分の居場所を見つけました。たくさんの大切な人に囲まれて、私はここで生きていいのだと思えたのです」
「あなた……変わったのね」
彼女は目を細めて、優しく笑う。その表情にリリアンも頬を緩めると、レジーナの表情が変わった。
「じゃあ、もしその大切な人を失ったら?」
彼女は片手を上げ、指を鳴らす。その音とともに、視界の端に何かが現れた。
「どうして……」
そこにはウィリアム、オズワルドにメアリー。そしてクライヴ、ナタリア、アレクシスまでもが現れる。誰もが動揺したような表情をしていた。
「これはどういうことだ」
オズワルドが低い声を出す。それを見て、レジーナは楽しそうに微笑んでいた。
「良いこと? 今から、あなたたちは見世物になるの。……リリアンのね」
レジーナは片手を広げ、黒い大きな鎌を出現させる。それ手に取ると、彼らに向かって構えた。
「あなたたちは今から死ぬの。……ねえ、どんな気持ち?」
彼女は鎌を振りかぶる。その刃はナタリアに向いた。
……悲鳴と鮮血が飛ぶ。彼女はぐったりとして動かなくなる。そして、その姿は小さなガラス玉に姿を変えた。
「次ね」
レジーナは頬に赤い血を付着させながら、笑みを浮かべる。
アレクシス、メアリー、オズワルドと次々と切り裂かれる。
「リリーっ!」
ウィリアムが切り裂かれるとき、彼はこちらに手を伸ばした。だが、その手はリリアンに届くことなく下ろされる。
リリアンはその光景を見て、口元を抑えた。その表情を見て、レジーナは楽しそうに微笑む。
「命は容易く奪えてしまうのよ。あなたの大切な人たちも簡単に死んでしまう」
レジーナは赤い血の付いた鎌をこちらに向ける。
「大切な人たちを失ったあなたの居場所はどこかしら?」
レジーナは答えを聞こうとせず、鎌の柄を強く握ると大きく振りかぶった。そして、リリアンの首をめがけて振ろうとした。
「…………」
リリアンはゆっくりと息を吐き、柔らかく笑みを浮かべる。そして、両手を組んで祈りを捧げるように目を閉じる。
その表情は、不思議なほどに穏やかだった。
「あなた……どうして笑っていられるの」
その声に目を開ける。レジーナが前との同じように眉を寄せて立っているのを見て、つい笑ってしまう。
「どうしてって……これは幻でしょう?」
その言葉とともに、目の前に倒れていた人たちは砂のようにゆっくりと消えていく。そのあとには何も残らなかった。
「悪魔の術は心に作用すると言いましたね。私が信じなければ、消えてしまうものだって思ったのです」
「どうして、そんなことを言い切れるの」
「だって……あなたは、見せしめのために人を殺すことをしないから」
レジーナはぐっと押し黙る。リリアンは微笑みながら、胸に手を当てた。
「でも、レジーナ様が見せてくれたことは、絶対に起きないとも限りません。今を生きていれば、大切な人たちが傍にいてくれる。けれども、将来一緒にいられなくなることもありますから。……ルシルを失ったときのように」
この日常がいつ崩れてしまうのかわからない。明日にはなくなってしまうのかもしれない。……だから、当たり前の一日を大切にしなければならない。
「レジーナ様はそれを目の前で実演してくれたのでしょう?」
その言葉にレジーナは嫌そうな顔をして鼻を鳴らす。
「馬鹿らしい。私があなたを殺そうとしていることに、変わりはないのよ」
彼女はリリアンの首元に鎌を押し当てる。リリアンは怯えた表情を見せず、レジーナをまっすぐ見た。
「レジーナ様は私を殺さない」
そう断言すると、レジーナは目を見張る。
「なぜ、そう言えるの。私は最初から、あなたを食べようとしていたのよ」
そう問われて、困ってしまう。自分でもわからないのだから。
「どうしてでしょう……。レジーナ様はそんなことしないと思ったのです」
リリアンは背筋を伸ばし、スカートを広げて礼の姿勢を取る。
「ありがとうございます、レジーナ様。変わらないものはない。だから、私はどうやって生きていくのかを考えていかなければならないのです。……それをあなたが教えてくれました」
「……気持ち悪い」
レジーナは両手で身を抱きしめ、わからないというように首を横に振る。
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。……何なの、あなた。どうして、そんな風にしていられるの。……理解できないわ。その残念な性格はどうやっても治らないのね」
彼女はそう言って、蔑んだ目でこちらを見た。そして、背を向けてふわりと姿を消した。
「…………」
何となく、もうレジーナが姿を現さないだろうと思った。彼女のいたところに目を向ける。
リリアンは背筋を伸ばすと、再度スカートを広げ、腰を落とした。
「――それで、あなたの大切な人たちは幸せになりましたか?」
メアリーは礼拝堂の長椅子に腰かけている。その隣にはリリアンが座っている。彼女は学園帰りに、教会に寄ってくれた。
リリアンは教会に来る回数が減った。メアリーはリリアンに心境の変化があったのだと思っている。
「どうでしょう……。けれど、大切な人たちと一緒に幸せに生きていきたいと思っております。ルシルの気持ちと一緒に」
彼女の言葉には周りの者だけでなく、自分も含んでいる。そのことにメアリーは微笑んだ。
「そうなのですね。きっと努力するあなたに幸せは訪れるでしょう」
「ふふふっ、神様のお言葉ですか?」
「いいえ、私の願いです」
リリアンが立ち上がる。きっと、家に帰るのだろう。彼女を見送ろうと歩き出す。リリアンは何か言いたそうにしながらも、こちらをちらちらと見ている。何か用事があるのだろうか。その様子が可愛らしく、メアリーは気づかないふりをして歩いた。
礼拝堂の出口を通り抜け、馬車の前に立つと、リリアンが何かを決心したように口を開いた。
「あの、メアリー様! ……実は私、あなたにお願い事があってきたのです」
「お願い事ですか? いったい何でしょう」
メアリーの憧れはリリアンだった。彼女の優しさに触れ、救われた。そんな彼女の願いなら、どのようなものでも叶えてあげたいと思っていた。
どんなお願い事だろうと待っていると、リリアンは頬を染めて、少し恥ずかしそうにして言った。
「……私のこと、リリーって呼んでくれますか?」
メアリーは目を瞬かせると、思わず「ふふふっ」と笑いだした。
「メアリー様……!」
リリアンは少し不満そうに口を尖らせる。それを見て、メアリーは素直に謝罪をした。
「ごめんなさい。あまりにも可愛らしいお願い事でしたので、つい……」
そう言って、そっとリリアンの手を取る。指を絡めるようにして繋いで、彼女の顔を見る。
「呼んでもいいのですか?」
「はい」
彼女がうなずいたのを見て、少し恥ずかしい気持ちになりながら口にする。
「リリー」
そう呼べば、リリアンは花のような笑顔を浮かべた。出会ったときと同じような、眩しい笑顔だった。
「では、私のこともメイと呼んでください」
お願いを返されるとは思っていなかったのか、リリアンは動揺した様子を見せる。
「そんな、私は……」
「あなただけ、ズルいでしょう? 私もあなたに親しい呼び名で呼んでほしいものです」
素直な気持ちを口にすると、彼女は照れ臭そうにしながらもその名を呼んでくれる。
「わかりました……メイ」
二人で顔を見合わす。堪えきれず、お互いに笑い出した。
彼女がこうやっていつまでも笑っていられるといい。メアリーはそう願わずにはいられなかった。
リリアンはメアリーに頭を下げると馬車に乗った。彼女を乗せた馬車が走っていく。その様子を見ていたのはメアリーだけでなかった。
「もうリリーと顔を合わさないのですか?」
メアリーの言葉に建物の陰に隠れていた少女は不機嫌そうな顔をして現れた。その紅い瞳は
「あなた、私がいたことに気づいていたの?」
レジーナの問いにくすりと笑う。
「ええ、ずっと前から……あなたが教会を裏で操ろうとしていたことも知っていますよ」
ディアドラが誰かの指示によって動いていることはわかっていた。その影にいたのは悪魔なのだろうと。
「これからは私も利用しますか?」
そう問いかけると、彼女はふんっと鼻を鳴らした。
「あなたは自分で物を考えられるわ。私なんて必要ないでしょう」
「私だって、悩むことだってあるんですけどね」
メアリーはリリアンの立っていたところに目を向ける。そして、優しい笑みを浮かべた。
「リリーはずいぶん変わられました。あなたのおかげなのでしょうか?」
「そんなわけがないでしょ。気持ちが悪い」
「これからはリリーを見守っていくんですか?」
レジーナは不快そうに顔を歪ませたあと、ニヤリと笑う。
「違うわ。見張るのよ。……あの子が美味しく熟すまで。私は一度狙った獲物を逃さないの」
そう言ってレジーナは姿を消した。きっと彼女はリリアンのことを見守ってくれるだろう。
メアリーは象徴の証を両手で包み、祈るようにして空を見上げる。
「どうか、私の大切な人たちが幸せになりますように」
そう神に願った。
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