68話 象徴の死
リリアンは次の日も教会内を歩いた。部屋に閉じこもっているよりも情報が得やすいからだ。
「今日はどこへ行かれるのですか?」
一緒についてこなければならないディアドラは少し不満げにそう尋ねた。
「……平民たちのいる場所に行きたいです」
「なりません。言ったでしょう? あなたは平民の御使いたちに敵意を持たれていると」
それでもリリアンは歩みを止めなかった。
「敵意を持たれていても、実際に敵だとしてもかまいません。彼らはメアリー様の近くにいた。なら、彼女についての情報を持っている可能性があります」
前を向いたまま歩いていると、ディアドラが道をふさぐように目の前に立った。
「どうしてそこまでして、前の象徴のことを知りたがるのでしょうか」
足を止めてディアドラと向き合う。
「教会内に敵がいては動きにくいでしょう? 平民とはいえ、教会の御使いです。彼らを味方につけた方が今後やりやすいでしょう」
「そうだとしても、あなたが直接会いに行く理由がありません」
「メアリー様ならそうしました。彼女のようにしなければ、信用が得られません」
ハッキリとそう言うと、ディアドラは黙った。彼女もそう思ったのだろう。
リリアンはディアドラに向かって笑みを浮かべる。
「心配してくださって、ありがとうございます。私も一度襲われた身ですから、警戒はしていますよ。でも、自分の手でしなければならないこともあると思うんです」
ディアドラは何か言いたそうに口を開いたが、何も言わずに道をあけた。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、平民たちが出入りする棟へ向かった。
御使いたちの部屋は二つの棟に分かれている。貴族と平民は住む棟が違った。
最初に教会内を案内してもらったときには、平民たちの住む棟には行かなかったようで、リリアンは初めてその建物を目にした。貴族の御使いたちが住んでいる棟とは違い、小さく質素な造りをしている。レンガで造られた二階建ての家のようで、中にいくつかの部屋があるのだとわかった。
「ずいぶんと小さいですね」
「平民の御使いは、数が多くありません。ですので、この大きさで十分のようです」
棟の外には人がいない。みんな、屋内にいるようだ。意を決して歩きはじめると、誰かに声をかけられた。
「リリアン様!」
幼い少女の声だった。声のする方を見ると、御使いの少女が立っていた。その姿に見覚えがある。
「あなたは……」
アルバートとのお茶会に行く際に、声をかけてきた平民の少女だった。
貴族の御使いたちが道をふさぐ前に、リリアンは彼女のもとへ歩み寄った。
「どうしたのですか?」
「私、あなたにお話したいことがあるのです。……できれば、二人で」
少女はそろりと貴族の御使いたちに目を向ける。口を開いたのはディアドラだった。
「なりません。平民の御使いがどうして象徴と二人きりになれるのでしょうか」
彼女は身を小さくしたが、それでもこちらに目を向けた。
「それでもお話したいのです」
どうにかして話したいが、今の状況では難しい。どうしたものかと考えていると、建物から平民の御使いたちが現れた。
「リリアン様……っ」
彼らはリリアンの姿を見てから、近くにいる少女の存在に気付いた。すぐにこちらへ走ってきて、少女の腕を掴んでリリアンと距離を取らせる。
「申し訳ございません。私たちが目を離した隙に……」
「かまいません。私も彼女とお話がしたかったのです。……いいえ、あなたたちとお話がしたかったのです」
平民の御使いたちは疑わしそうな視線をこちらに向けた。
「いいえ。きっと、あなたは私たちに話などないでしょう。私たちは失礼させていただきます」
そう言って下がろうとする御使いたちに微笑みかける。
「では、私はここで待っております」
平民の御使いはそれを見て眉を寄せる。彼らは何も言わずに棟の中に入っていった。
「……リリアン様」
眉を寄せているのは平民の御使いだけではなかった。貴族の御使いもこちらに不満げな視線を向けている。
「みなさんはお部屋に戻られてもかまいませんよ。私一人で待ちますから」
「なりません。なぜ、あなたが待つ必要があるのでしょうか」
ディアドラの問いにリリアンは小さく笑う。
「私が待ちたいのです。それ以上理由は必要ないでしょう?」
ディアドラは仕方がなさそうに息を吐くと、他の御使いたちに声をかけた。
「私が残ります。他の者は戻ってかまいません」
彼女の呼びかけに他の者たちは顔を見合わせてから、礼の姿勢を取って去っていく。リリアンの指示は受け取れなくても、ディアドラの指示なら素直に受け入れられるようだ。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「迷惑だとわかっているのでしたら、早く戻りましょう」
ディアドラはそう言いながらも、リリアンのそばに残っていた。何も言わず、背筋を伸ばして隣に立っている。
「お話をしてもよいでしょうか」
「何でしょう」
「……あなたは何を心配しているのでしょうか」
「私はある方から命令を受けています。それを成し遂げられるかどうかと心配しているのです」
ディアドラはすらすらとそう答える。その答えに嘘はないようだ。
「ある方とはどなたでしょう?」
「あなたに関係のないことですよ」
それ以上は教えてくれないようだ。彼女はこちらに目を向ける。
「私も質問してもよいでしょうか」
「どうぞ」
「あなたの目的は何ですか?」
ディアドラはまっすぐとこちらを見ている。彼女の視線を受け止めて、にこりと微笑む。
「メアリー様の行方を知りたいのです。あなたが知っていることを教えてくれませんか?」
その言葉に彼女はあきれたように口を開いた。
「あなた……。御使いである私にそんなことを話してもよいのですか? あなたを監視して、アルバート様に伝えるのが私の仕事ですよ」
「ふふふっ、そうですね。でも、あなたなら教えてくれる気がしたのです」
彼女は眉間に皺を寄せると、長いため息を吐いた。
「まったく……」
彼女はそう言いながらも、口を開いた。
「……メアリーは亡くなりました。それを私たちはこの目で見ております」
「メアリー様が亡くなった?」
血の気が引いたような気がした。ディアドラはそれに気づかず、話を続ける。
「はい。彼女が息を引き取るのを見届けました。彼女の遺体は墓地に埋められております。……埋めるのを見届けたのも私たちです」
彼女が嘘を言っているようには見えなかった。状況が呑み込めないまま、震えた声で尋ねる。
「……メアリー様はどうして亡くなられたのでしょうか」
「私にもわかりません。あまりにも突然でしたから」
メアリーの突然の死。それは想定していなかったものだった。
「そうなのですね……教えてくださってありがとうございます」
リリアンはそれ以上言えずに、口を閉ざした。
メアリーはどうして亡くなったのだろうか。アルバートたち御使いは完全にメアリーを消したと思っていた。彼らが仕組んだのだろう。息を引き取ったということならば、毒薬だろうか。だが、メアリーは身の危険を感じていたはずだ。警戒をしていた彼女にどうやって毒を飲ませたのだろうか。
彼女からの手紙にはどこにいるかの記載がなかった。あの手紙は殺される前に書いたのだろうか。
考えをまとめようと頭の中で必死に考える。そして気づく。
手紙はいつ書いたのだろうか。……彼女は本当に亡くなったのだろうか?
日が傾き、空の端に藍色が見えてきた。少し肌寒くなってきたのを感じて、身を震わせる。
「……リリアン様」
ディアドラがリリアンの肩に触れる。戻ろうと提案しているようだった。
「もう少し」
リリアンが背筋を伸ばして立っていると、彼女は何も言わずにそのまま隣に残った。
すると、平民の御使いたちの棟から明かりが見えた。その明かりはこちらに近づいてくる。目を凝らしてみると、数人の御使いと先ほどの少女がこちらに歩いてきていた。
彼女を笑顔で迎えようとした。だが、冷たい空気に触れていた頬は固まってしまって上手く動かない。
少女の前には平民の御使いたちが守るように立つ。彼女はリリアンを何かを訴えかけるような瞳をこちらに向けた。
「リリアン様。あなたにどうしてもお話したいことがあります。……メアリー様のことです」
リリアンはしゃがんで彼女の視線に合わせた。
「あなたとお話ができるのを待っておりました。話してくれますか?」
彼女はうなずいて、真剣な表情で口を開いた。
「……メアリー様は死んでいません。あの人は生きています」




