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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
8章

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62話 再潜入


 リリアンが教会に戻る前日、リリアンはウィリアムに声をかけた。


「リアムが連絡役を引き受けてくれて助かりました。あなたと顔を合わせることができて、とても安心します」

「リリーの助けになりたいと思っていたからね。そう思ってくれるなら、引き受けた甲斐があるよ。せっかく瞬間移動能力を使えるんだ。いいように使われるよ」


 ウィリアムは仕方なさそうにしながらも、役目をもらえたことを嬉しそうにしていた。彼が移動能力を使ってすぐに助けに来られるのはわかった。だが、どうして危険な状態にあるとわかったのだろうか。


「リアムはどうして私が助けを求めているとわかったのですか? 知らせる方法はなかったはずでしょう?」

「リリーが助けてって言ったからだよ」


 ウィリアムは眉を下げて小さく笑みを浮かべる。


「……御使いは助けを呼ぶ声が聞こえるんだ」


 彼は目を閉じた。耳を澄ませるように。


「助けを呼ぶときは、命の危険が及んでいるとき。その声を聞きつけて、御使いは死を察することができる。……いつでも、人の助けを求める声が聞こえるんだ」

「それは……辛くないですか?」


 助けを呼ぶ声というのは聞いていて、気分の良いものではないだろう。聞こえたところで、助けることができない。それは、死ぬ間際の声ばかりなのだから。


「辛かったよ。そんな声が聞こえるのは日常茶飯事だ。だから、聞こえないように訓練した。でも、この能力は自分で操作できるみたい。聞かないようにすれば、聞こえなくなっていった。でも、今でも聞こうと思えば聞こえるんだ」


 彼は指で自分の耳をトントンと叩く。


「たとえば、リリーが俺に助けを求めたら、俺の耳に届く。こういうときだけ、自分の力に感謝しているよ」


 それを聞いて納得した。教会で侵入者に襲われたとき、ウィリアムはすぐに駆け付けた。きっと、助けを呼ぶ声を聴いたのだろう。


「だから、何かあったら遠慮なく呼んで。俺はすぐに君のもとへ行くよ」

「ありがとうございます。何度も呼んじゃいますね」

「うん。待っているよ」


 ウィリアムはそう言うと、こちらの様子を窺うように見る。


「リリーは大丈夫? 教会に戻ることに不安はない?」

「不安はあります。アルバート様に信用されるにはどうしたら良いかと、ずっと考えているのです」


 一度教会を抜け出した人間を彼が簡単に信用するとは思えない。だが、彼の懐に入らなければ、情報を得られないだろう。


 ウィリアムは腕を組んで考えながら、考えを教えてくれる。


「じゃあ、その人がどんな人を求めているか、考えてみたらどうだろう」

「どんな人を求めているのか……」


 目を閉じて考えてみる。彼はどんな人を求めているのだろうか。人形のような象徴は違うとわかった。では、どのような象徴を求めているのか。そのときふと、ある人が思い浮かんだ。


「ウィリアム。ロザリー様がどんな人なのか、教えてくれますか?」


 アルバートはロザリーに何かしらの思いを持っていることは把握している。それがどんな感情なのかはわからない。でも、何かしらの手がかりになるかもしれない。


「ロザリーか……。俺も詳しくは知らない。けれど、聞いた話なら教えられるよ」


 彼はそう言うと、内容を思い出すように視線を上げた。


「ロザリーはとても気が強い女性だったと聞いているよ。象徴になった彼女は人々の話を聞いて、自分の考えを伝え、時には自らの力を使って解決したと言われている。敵国にいた俺からしたら憎い敵だけど、国民たちには愛されていたようだ」


 神に愛されていたロザリー。彼女の元々の性格もありながら、人を惹きつける体質も持っていた。彼女は象徴、そして王としてふさわしい人間だったのだろう。


「彼女は強い意志を持っていた。国を豊かにする。そのためにはどんな方法も惜しまなかった。彼女がこの国に与えた影響は大きいよ。彼女がいなければ、今ほどこの国は大きくなっていなかったかもしれない」

「……すごい人だったんですね」

「人々を魅了し、助言をし、引っ張っていく。人々も彼女を信頼してついて行った。理想的な主導者だと聞いたよ。彼女の十六歳の誕生日には、彼女の周りにたくさんの薔薇が降ってきたすら言われている」

「薔薇が降ってくる……?」


 その言葉の意味がわからず首をかしげるとウィリアムは笑う。


「そういう表現だよ。そう書いたほうが神秘的に見えるからね」

「そうなのですね……」


 人々を魅了し、助言をし、引っ張っていける人。神に愛されており、強い意志を持っていた女性……その人に心当たりがあった。


「まるで、レジーナ様みたいですね」


 リリアンはそう呟くと顔を上げた。


「良い糸口を得られました。ありがとうございます」

 

 


 リリアンが部屋に戻ると、小さな箱を取り出した。そこにはメアリーから託された腕飾りがしまわれている。


「それは?」


 背後にレジーナが姿を現した。彼女は興味深そうにリリアンの手元を見ている。


「メアリー様から託されたのです。大切なものを守ってほしいと」


 そっと腕飾りを手に取り、身に着けた。メアリーの髪と瞳の色と同じ藍色と……深緑の石が着いた腕飾りは、自分の手に似合っていなかった。やはり、これはメアリーに帰さなければならないものだと実感する。


「これは私の決意の証です。……メアリー様にたくさん助けられました。次は私が彼女を助ける番です」


 その言葉を聞いて、レジーナは楽しそうに目を細めた。


「じゃあ、教会に戻るのね?」


 彼女はいつものようにベッドに座る。自分も椅子を引いて彼女と向き合うように座った。


「はい。もう後悔はしたくないですから」


 レジーナは少し目を大きく開くと、満足そうに微笑んだ。


「そう。……ねえ、私との約束を覚えているかしら? あなたの大切な友人を助けたとき、私と約束をしたわよね?」


 その言葉を聞いて、思い出す。彼女の言うことを聞く約束をしていた。うなずいてみせると、彼女は指を三つ立てる。


「教会に入ったら、三つだけ、私の言うことを聞きなさい」

「三つ? どんな内容ですか?」

「それはそのときに判断して決めるわ」


 レジーナはふわりと浮かび上がる。彼女は顔をじっくり見るように、こちらに近づく。


「リリアン」


 初めて名前を呼ばれ、目を大きく開く。レジーナは優しく微笑む。


「あなた、今までで一番いい顔しているわ。あなたなら大丈夫よ。自信を持ちなさい」


 彼女はそう言うと、ふわりと姿を消した。





 教会に向かう日は、生憎の空模様だった。今にも雨が降りそうな天気を見上げながら、公爵家の館を出る。リリアンを待っていた馬車の中には、見知った顔がいた。


「養父様」


 クライヴはこちらをちらりと見たあと、オズワルドの方に深く頭を下げた。


「今までありがとうございます。娘がお世話になりました」

「いえ。今回の出来事は、教会で襲われたリリアンをあなたの判断で公爵家へ避難させたことになっている。そのことを十分理解して、行動するように」


 本来ならば、教会の関係者を教会の外に出してはいけない。その規律を破って、娘の命を優先した。規律を破ってまで救う価値が自分にあるのか。


 クライヴの評価は、自分の行いによって左右されることになる。


「肝に銘じます」


 そう頭を下げるクライヴを見て、気を引き締めるように手を握り締めた。


 馬車の中で、クライヴが口を開いた。その目はこちらを見ようとはしない。


「……本当に大丈夫なのか?」

「わかりません。でも、元の生活戻るためですから」


 クライヴは外に目を向けると「そうか」だけ答えた。


 教会に着くと、初めて象徴として教会に来たときと同じようにアルバートが迎えてくれた。御使いたちも何人か待っており、その中にディアドラの姿があった。


「リリアン様、よく戻ってらっしゃいました。野蛮な平民に襲われたと聞いて、驚きました。よくぞ、ご無事で」


 そう出迎えてくれているが、その心配しているような素振りを見えなかった。そんな彼に、にこりと笑って返事をする。


「ええ。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません。……アルバート様。お詫びにお茶会を開きたいのですが、参加していただけますか?」

「お茶会?」


 アルバートは観察するようにこちらを見る。できるだけ情報を掴ませないよう、表情を崩さないまま答えた。


「ええ。これまでのことと、これからのことについて」


 その言葉を聞いて、クライヴがリリアンの肩に手を置く。


「リリアン」


 余計なことをするな、ということなのだろう。だが、そんなクライヴを安心させるように笑みを浮かべる


「養父様。ここまで連れてきていただき、ありがとうございます」


 さっさと帰って欲しいという言葉が伝わったのだろう。クライヴはこちらを睨むと、教会から出ていく。


「明日、お話はできますか?」


 リリアンの問いに、アルバートはにこりと微笑む。


「ええ。時間を作りましょう」



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