63話 交渉
次の日、リリアンはお茶の準備をさせて、アルバートを待った。前回と同じでディアドラが身の回りの世話をしてくれるようで、後ろで立っていた。
「どうして戻ってきたのですか」
ディアドラが小さな声で呟くようにして言った。その言葉に驚きながらも、小さく笑う。
「やりたいことを見つけたのです。ただ、それだけです」
「あなたは……」
彼女はため息を吐くようにそう言うと、それ以上何もしゃべらなかった。
しばらくして、アルバートが姿を現した。彼はゆったりとした様子でお茶室に入ってくる。立ち上がって彼に対して礼の姿勢を取る。
「お時間をいただき、ありがとうございます。アルバート様」
アルバートはこちらに目を向けたあと、にこりと微笑んで席に着いた。
「それで、お話とは何でしょう」
「象徴のお披露目までに行う儀式のお話です」
「儀式……?」
アルバートは不思議そうな顔をした。
「ご存じないのでしょうか? 昔は行われていたと聞いたのですが……」
「そうですね。今は行われていないです」
それだけ言って話を流してしまいそうな様子に慌てて言葉を足す。
「ロザリー様のときにも、この儀式が行われていたと聞きました」
アルバートの眉がピクリと動く。
「ほう、ロザリー様のときにも……どのような儀式でしょうか」
彼は興味深そうに目を細めた。上手くかかってくれて、思わずにやりと笑ってしまいそうになるのをおさえて話を続ける。
「象徴の証を手に入れる儀式だそうです。石と聖水を使い、象徴の証を作ることができます。これを手に入れることで、ロザリー様のような本物の象徴になれます」
この儀式を行うには、石が必要となる。その石は他国の領地にあるため、すぐに手に入れることができない。そのうえ、月の満ち欠けが関わってくるため、数日かかる。それまで、象徴のお披露目を行うことは叶わない。それをアルバートたちがどのように考えるかはわからない。だが、教会内での情報を得るために時間稼ぎが必要だった。
「そうですか……」
アルバートの様子を窺う。彼は少し考える素振りを見せると納得したようにうなずいた。
「わかりました。では、その儀式を行いましょう」
それを見て、ホッと息を吐く。ひとまず時間を稼ぐことができるだろう。
「ありがとうございます。では、やり方はあとでお伝えします」
そう伝えて、カップを手に取りお茶を飲む。アルバートはこちらをじっと見つめていた。あまりにも見るので、リリアンは首をかしげた。
「どういたしましたか?」
「……不思議ですね。以前お会いしたあなたとはまるで別人のようだ」
その瞳は、こちらに興味を示しているように見えた。できるだけ堂々とした様子で答える。
「ええ。前回は緊張しておりましたから」
まだまだ交渉は続く。相手に侮られてはいけない。少しだけ息を吐いて微笑みながら、背筋を伸ばす。
「それと、私のために象徴の部屋を空けてください」
「どうしてです?」
「象徴になるのは決まっているのに、ずっと客室にいるのはおかしいではありませんか」
レジーナが言うには、象徴にしか入れない部屋は、象徴の部屋から繋がっているという。調べるためには、象徴の部屋に入る必要がある。
アルバートは目を細める。警戒しているようだ。こちらを観察しながら、ゆっくりとうなずく。
「わかりました。部屋を空けさせましょう」
ホッと肩を撫でおろして、もう一度アルバートと向き合う。
「あと……」
「まだ、何かあるんですか?」
「ええ。これが一番大切なことです」
アルバートをまっすぐ見据える。
「私が象徴になったら、すべての決定権を私にゆだねてください」
その言葉にアルバートは目を鋭くさせた。
「どうして、そんなことができると思うのですか?」
大丈夫。そう自分に言い聞かせて、頭の中である人物を思い描く。彼女が紅い瞳を細めるように、自分も瞳を細める。
「どうしてできないのでしょうか。私は象徴になるのですよ」
レジーナとロザリーは似ている。もし、アルバートがロザリーに興味があるのなら、彼女のように演じてみれば、彼の態度は変わるかもしれない。
そう思いながら、緊張しているのを悟られないように笑みを浮かべる。
「お答えはいかがでしょうか?」
「その頼みは聞けませんね。あなたは自ら儀式を提案した。象徴の証を手に入れ、民衆へお披露目を終えなければ、正式な象徴とはいえませんから」
そう答えるだろうと思っていた。レジーナならどう答えるか。それを考えていると、知らぬ間に後ろにレジーナがいた。彼女は口元に笑みを浮かべて、リリアンに耳打ちする。
「一つ目よ。私の言葉を復唱しなさい」
小さくうなずき、アルバートの方を見る。レジーナがするように足を組んで胸を張る。そして、彼女の言葉を繰り返した。
「お飾りの象徴なんて、お断りよ。私は自分の望む国を作るわ」
アルバートは眉を寄せる。だが、落ち着いた様子で質問を投げかけた。
「どんな国でしょうか?」
「……もっと大きな国よ。もっと豊かで、もっと力の持った国。この国をこんなちっぽけな存在で終わらせないわ。そのためには、どんなものでも利用してやるわ」
そう言ってから顔を真っ青にする。
レジーナの言うとおりの言葉を繰り返した。それが約束だとはいえ、とんでもないことを言ってしまったのではないか。少なくとも自分はそんなことをしたいと思っていない。
見るのが怖いと思いながらも、恐る恐るアルバートの様子を窺う。
彼は何が起こったのかわからないといったような表情をしていた。
「あ、あの、アルバート様……」
彼はゆっくりと視線を下げると、肩を震わせる。
「……ふふふ」
肩を震わせて笑うと、アルバートは顔を上げた。
「ああ、いいね。そうだ。そういうのだよ」
その瞳はギラリと光る。恍惚とした表情を浮かべ、こちらを見た。
「……まるで、ロザリー様のようだ」
アルバートは嬉しそうに微笑むと、ゆっくりとうなずいた。
「かまいませんよ。あなたの頼みを受け入れましょう」
アルバートの態度が一変した。まるで請うような瞳でこちらを見ている。
「ロザリー様のよう、というのはどういうことですか?」
アルバートはカップを手に取り、一口お茶を含むと、にこりと微笑んだ。
「申し訳ございません、取り乱してしまいました。やっと、理想とした象徴が来てくださったので、嬉しかったのです」
アルバートは懐かしい思い出を語るような様子で話しはじめる。
「私がロザリー様を知ったのは、教会でしか見ることができない、過去の象徴の記録です」
メアリーが以前に話していた象徴に関する情報が記されていた本のことだろうか。
「私は御使いになってから、教会について勉強しました。象徴についても学びましたが……どの象徴も特筆すべきことがないほどに情報が少なかった。政治に助言した内容も記述されていましたが、おそらく教会の権力者によって言わされていたでしょう。まあ、それは無理もないこと。象徴は私の実家の公爵家で洗脳されてから送られてくるものですから」
アルバートが教会の秘密をいとも簡単に口にしたことに目を見開く。だが、彼は気にした様子もなく、言葉を続けた。
「神に愛された子とされている象徴は、一時神隠しによって姿を眩まします。それは、公爵家によって洗脳されている期間です。そもそも神に愛された者が、現世に戻って来られるわけない。お気に入りを簡単に手放すわけがないのですから」
彼は悲しそうにそう言いながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「だが、ロザリー様は違った。彼女は生まれながらにして、神に愛されていた」
「ロザリー様はどのように違ったのですか?」
「彼女は自分の思うままに行動しました。ほかの象徴たちと違い、洗脳されていなかったのです。教会の言いなりではない象徴は確かに存在していた。……象徴というのは、彼女のような人を言うのです」
「ですが、メアリー様も洗脳されている様子はありませんよね?」
リリアンの言葉に、アルバートは息を吐いて首を横に振る。
「アレは失敗作ですよ。メアリーはロザリー以来の洗脳されていない象徴であり、同じ男爵家の生まれでした。だが、彼女には野心がなかったのです。象徴というのは、教会だけではなく、国全体を動かせるほどの力を持っていなければならない。だが、アレは手近な人間を救う慈善活動にばかり専念した」
「それの何が悪いのでしょうか? 国のために活動されていたのですよね?」
「権力を求めなかったことです。幼い彼女には自分の立場のすばらしさがわかっていないのかもしれないですね。残念なことです」
アルバートはそうこぼすと、こちらに期待の眼差しを向けた。
「リリアン様。あなたにも、ロザリー様のような素晴らしい心持ちがあるようです……いや、もしかするとロザリー様自身ではありませんか?」
「どうしてそう思われるのですか?」
「私がこの教会に来てから、裏で私を操ろうとしていた人物がいます。私はその人が誰なのか知りません。ですが、やり方がロザリー様にそっくりなのです。もしかしたら、ロザリー様は今、実在しているのかもしれないと考えていたのです」
アルバートは興奮気味に言ってから、にこりと微笑む。
「あなたがロザリー様なのか、そうじゃないのかは、この際どちらでも良いことです。……リリアン様、期待していますよ」
彼の狂信的な眼差しに、リリアンはうつむかないようにして微笑んだ。




