34話 心配
次の日、リリアンが学園に行くと、ウィリアムとルシルに囲まれた。
「リリアン、無事か?」
「変なことされない?」
二人は観察するように、こちらをじっと見る。真剣な様子にリリアンは堪えきれずに吹き出した。
「大丈夫ですよ。……あ、でも」
リリアンは少し考えるような素振りを見せてから、二人にお願いをするように手を合わせた。
「お二人に相談したいことがあるんです」
ウィリアムとルシルは互いに顔を見合わせる。そして、身を乗り出すようにし、声を合わせて言った。
「もちろん!」
放課後、半ばルシルが強引に二人を馬車に乗せた。
「私の家に来て! リリーや友達にこうしてまた、家に遊びに来てもらうことが夢だったの!」
顔を輝かせて言う彼女にリリアンとウィリアムは何も言えずに身を任せることにした。
ルシルの家は貴族たちの街の家から少し離れた場所にあった。だが、平民にしては広い土地を持っていた。小さな庭を抜けて、中に入れば、豪商の家らしく、装飾華やかな室内に圧倒される。ルシルは使用人に指示をすると、小さな庭園に招待してくれた。
使用人がお茶を用意してくれているのを見ていると、ルシルが「それで」と口を開いた。
「相談したいことは何かしら? 昨日のことなんでしょう?」
彼女の指摘にリリアンは素直にうなずいた。
「はい。ウィリアムが言っていた通り、オーガスト大公が……私を養女にしたいと言ったんです」
「はあ?」
ウィリアムとルシルの声が重なる。気が合う二人だな、とリリアンは少し笑ってしまった。
「リリアン、笑うところじゃないよ」
「リリー、ちゃんと合言葉、言ったのよね?」
その言葉にうなずいてからルシルと向き合った。
「はい、その……ルシル、ありがとうございます。ルシルの合言葉を使いました。この言葉のおかげで、私は一人じゃないって思えたんです」
そう言うと、ルシルは頬を緩めた。
「合言葉がなくても、リリーは一人じゃないわよ。私たちがいるんだから」
彼女はそう言って、リリアンの肩をポンポンと叩く。彼女の言葉が力強くて、つい笑みが零れてしまう。
「ふふふっ。ありがとうございます」
ウィリアムはその光景を見て、仕方なそうに息を吐いたあと、「それにしても」と腕を組んで考えはじめる。
「何でリリアンを養女にしたいと言い出したんだろ」
「私もそう思って、知り合いにこの話をしました。その人が言うには、たしかにオーガスト公爵が養女を欲しがっているという理由もあると思うけど、その……オズワルド様も一枚噛んでいるんじゃないかと」
「どうしてオズワルド様が関わってくるの?」
首をかしげるルシルに対して、ウィリアムは嫌そうな顔をした。
「……リリアンが公爵令嬢になれば、公爵子息のオズワルド様との婚約が可能ってことか」
ルシルが大きく目を開いて、こちらに視線を向けた。視線を受けて、おずおずとうなずく。
「……その人が言うには、ですが」
「けど、それは有り得るかもしれないな。……オズワルド様はリリアンにかまいすぎている。正直、過干渉だと思う」
ふっと息を吐いて、昨日のことを思い出す。
「提案という形を取っていましたが……話からして、ほぼ決定事項なのでしょう。身分でも断れる立場にありませんし、何より……少し脅すようなことを言われまして……」
「どんなことを?」
「教会関係で働いている家族を助けてくれるだとか、それと私の過去について、ちょっと……」
言葉を濁すのを見て、ルシルは何を言われたのか察したようだった。
「……やっぱり、あの男を今から斬りに行こうかしら?」
彼女は低い声でそう言い、目を鋭くした。
ルシルがその場を和ませてくれたと思い、小さく笑う。
「ルシルは相変わらず冗談がお上手ですね」
「いや、目が本気だぞ、あいつ……」
ウィリアムは身を引いている様子を見て、リリアンはくすりと笑ってから少し視線を下げた。
「……それと、教会ではロザリー様という過去の女王の話が出ているそうです。かつての教会の象徴が女王になれるのであれば、御使いである第二王子も王位を継承できるはずだと言っているそうです」
「ロザリーって名前は初めて聞いたわね……。リリーは知ってる?」
「私も昨日、初めて聞きました。ウィリアムはお詳しいんですよね?」
そう言って目を向けると、彼は少し驚いた顔をした。
「えっ、ああ、まあ……。どうしてそう思ったんだ?」
「昨日、ウィリアムの小説の話題になったんです。そのときに小説の内容はロザリー様の時代のお話だとお聞きしました。どうしてそんなにお詳しいんですか?」
その問いにウィリアムはガリガリと頭を掻く。
「興味があって調べたんだ。それだけだよ」
彼はどこかごまかしているように感じた。不思議に思っていると、ルシルが口を開いた。
「リリー。ひとつだけ聞いていい? あなたは公爵の養女になりたいと思ってる?」
ルシルの言葉に眉を下げる。
「私が行くことで、すべてが収まるなら……」
その答えを聞いて、ルシルは静かに言った。
「もう一度聞くわ。あなたはどうしたいの?」
ルシルの目は真剣だった。身分とか、立場とか、そういったことではなく、気持ちのことを聞いてくれている。……ルシルはいつもそうだ。
顔を上げる。そして、はっきりと言った。
「私は家族のもとを離れたくありません」
ルシルは顔を綻ばせてリリアンの手を取った。
「リリー。私はあなたの騎士になるわ。相手が誰だろうと、あなたを助ける。だから、私たちをもっと頼って」
「リリアンは人に気を遣いすぎなんだ。もっとわがままになっていいんだよ」
二人はそう言って向き合ってくれる。その優しさが嬉しくて……とても温かった。
リリアンはルシルと手を繋ぎながら、ウィリアムの方にも手を差し出す。それを見て、彼は眉を下げて仕方なさそうに手を取ってくれた。二人の手を握り、顔を綻ばせて言う。
「ふふっ、私は贅沢者ですね」
リリアンが家に帰ると、アレクシスの方が先に帰ってきており、出迎えてくれた。
「リリー、遅かったね」
「友達とお茶をしていて……」
「そうか。でも、次から迎えに行くから言いなさい」
「心配をかけさせてしまって、ごめんなさい」
その言葉にアレクシスは眉を下げて笑った。
「違う、謝ってほしいんじゃないんだ。……心配させてくれよ。兄妹なんだから」
「はい。……ありがとうございます」
彼の優しさが温かくて頬を緩める。そして、そっと彼の服の裾を掴む。
「私も、義兄様の心配をしてもいいですか?」
昨日あったことをアレクシスに話した。ウィリアムたちにそうするように言われたからだ。アレクシスは話を聞きながら、静かに眉に皺を寄せていった。
「やはり、私は公爵家に行った方が……」
すべて言い終わる前に、アレクシスは言った。
「行かなくていい」
彼はそう言うと、こちらをまっすぐ見た。
「君は優しい子だと知っている。でも、その行動は間違っている」
少し叱られてシュンとうつむくと、アレクシスは目を細めた。
「人のために自分を犠牲にしなくていいんだ。私たちもそれを望んでいないんだから。……リリーはもっと自分を大切にするべきだ」
彼はそう言いながら、リリアンの頭を優しく撫でる。
「心配だというなら、ここにいてほしい。それが俺たちの願いだ」
次の日、教会の象徴が公の場である宣言をした。
「教会はあくまで道に迷った人々を導く存在。人々が助けを求めたとき、神は道を示すでしょう」
教会は自発的に政治に関わらないという宣言だった。
御使いが王宮に出入りすることを禁じ、王宮から要請がない限り、必要以上に神の言葉を伝えることを禁止した。
既に王族との契約を済ませているという。そして、一時的に神言室を封鎖することが決まった。
教会の総意ではないことは察せられた。だが、彼女の後ろには第二王子も控えていたことから、教会に力をつけようとした派閥は黙らざるを得なかった。
「――メアリー様」
宣言が行われた日の翌日、リリアンは教会へ向かった。
教会には相変わらず、目つきの鋭い貴族たちが集まっている。彼らはこちらをジロリと睨んだ。
「リリアン様、どうして……」
強引な宣言に不快に思っている者も多い。それにも関わらず、メアリーは変わらず礼拝堂に顔を出していた。
「あの……大丈夫ですか?」
彼女は困ったように笑うと、胸の前で両手を組んだ。
「私は象徴として、教会を導く必要がありました。当たり前のことをしたまでです。……けれど」
メアリーは不安そうに視線を下げる。
「私一人で、済めば良いのですが」
彼女はそう言って、こちらへ目を向けた。
「……リリアン様。あなたはもう、教会に来てはいけません」
「それは、どういうことでしょうか」
メアリーは眉を下げて小さく笑った。
「私は、自分を信じてくれる方々の救いになりたいと思っておりました。それが私の贖罪になると信じていたからです」
「贖罪ですか……?」
彼女は問いに応えず、リリアンにだけ聞こえる声で言った。
「私は自分のために、様々なものを利用して……時には悪魔の協力も得ました。私はそれを後悔しておりません」
悪魔という言葉が出て来て、目を見張る。驚いている様子にメアリーは柔らかく笑みを浮かべる。
「リリアン様。あなたとたくさんお話ができて嬉しかったです。あなたがこうして自身の幸せと向き合うことができて、嬉しく思っております」
彼女はリリアンの手を取り、両手で包み込む。リリアンより小さな手は、幼い子どもらしく、温かった。
「あなたは私の憧れです。どうか、あなたらしさを忘れないでください」
それは、まるで別れの言葉のように聞こえた。




