35話 お願い
部屋に入ると、レジーナがくすくすと笑いながら現れた。
「面白いことになってきたわね」
どうやらレジーナはずっと今日の出来事を見ていたという。
「メアリーは多数の御使いたちの意見を押し切って、勝手に王族と契約した。彼女にとっても、危険な綱渡りだと思うわ。それでも行わなければならない理由があったんでしょうね」
レジーナはそう言うと、楽しそうにくすりと笑う。
「ねえ。まるでメアリーは人質のように見えない?」
彼女はそう言うと、リリアンに目を向ける。そして、こちらの様子を窺うように言葉を続けた。
「おそらくオズワルドとメアリーは繋がっている。だから、彼女を利用したのよ」
「どういうことですか?」
レジーナはくすりと笑って、猫のように目を細める。
「メアリーが危険な目に合えば、リリアンがまた頼ってくれるかもしれないって思っているんじゃないかしら? それにしても、馬鹿な男ね。そんなことをするから、信用されないのをわかっていないのよ」
「まさか、そんなこと……」
「ここまでのことをされて、まだ気づかないの?」
レジーナはあきれたように息を吐く。
オズワルドが何かを求めているのはわかっていた。リリアンが距離を置こうとしているにもかかわらず、彼は離れることを許さないとでもいうように、関わりを求め続けていた。
だが、リリアンは人と深く関わることを避けていたため、彼の感情に気づかないようにしていた。
「どうして、私なんかを……」
「知らないわ、そんなこと。でも、彼も焦っているのは確かよ。今まで一人でいたあなたが、たくさんの人と関わりはじめている。いつか手に入れようと思っていたのに、誰かのものになったら、気に入らないでしょう?」
レジーナはベッドに腰を下ろすと、こちらを見上げた。
「いろんな人から必要とされて、いい身分ね。それで、あなたはどうするのかしら?」
答えは決まっている。躊躇うことなく返事をした。
「今の生活を続けたいです。でも、どうしたらいいかわからないのです」
「本当に、考えることをすぐ止めるんだから。癖になっているのかもしれないけど、直した方がいいわ」
レジーナはそう言いながらも、優しい表情でこちらをまっすぐ見た。
「それにしても、公爵家のおぼっちゃまも、頼れと言いながら相手を困らせるなんて、嫌な性格をしているわよね」
彼女の言葉にリリアンは苦笑する。確かに、こういうときに頼りたいものだと。
「……こういうときこそ、頼ったら良いのでしょうか?」
その言葉にレジーナは興味を持ったように身を乗り出した。
「あら、面白いことを思いついたのね。教えてくれるかしら?」
次の日、リリアンはオズワルドを訪ねて、生徒会室に足を運んだ。
「リリアン。君から会いに来てくれて嬉しいよ」
彼は嬉しそうに受け入れてくれる。椅子に座るように促され、腰を下ろした。
「今日はどんなお茶にしよう。君は甘いものが好きだったね?」
ご機嫌な様子で、従者にあれこれ指示を出している。またエドワードのお気に入りのお茶が出てくるのかもしれない。ぎゅっと手を握り締めて、口を開く。
「お願い事があるんです」
彼はこちらに視線を向けると、柔らかく笑みを浮かべた。
「どんなことかな?」
「オズワルド様は私に公爵家に養子へ行くように要求しました」
「要求だなんて……。あくまで提案だよ」
「でも、私が養女とならなければ、家族を救っていただけないのですよね?」
「まあ、そうなるね」
オズワルドは悪びれる様子もなく、用意されたお茶を手に取った。
「俺だって君の家族を助けたいよ。でも、何かを成すのなら、交渉材料が必要だろう?」
彼の言っていることはもっともだ。何かをしてほしいのなら、こちらからも何かを差し出す必要がある。それをしないのは、ただのワガママだ。
「ワガママだとわかっています。でも、私は今の家から離れたくないです。……とても大切な家族ですから」
「君が家から離れたくないから、とても大切な家族が大変な目に合うのは仕方ないと?」
オズワルドは面白そうにこちらを見ている。首を横に振ってその言葉を否定する。
「いいえ、そんなことを思っていません。……だから、お願いなのです」
立ち上がって、座っているオズワルドの隣に立つ。そして祈るように手を組んで彼を見た。
彼は驚いた顔でこちらを見ている。少したれ目の彼の瞳が大きく開く。
「オズワルド様、お願いします。……私の大切な人たちを助けてください」
そう言ってぎゅっと目を閉じた。
「…………」
彼は何も言わない。壁にかかった時計の針の音だけが聞こえてくる。
やはり、ダメか……。そっと目を開くと、「ふふふっ」と笑い声が聞こえた。
「オズワルド様?」
「……ああ、やっぱり良いなぁ」
彼は肩を揺らして笑いをこぼしている。楽しそうにこちらを見ると、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「君はいつも俺が思いつかないことをする。だから、君のことを気に入っているんだ」
オズワルドは立ち上がってこちらに向かって手を差し出す。その笑みは何かを企んでいるものではなく、本当に嬉しいと感じているように見えた。
「君の願いだ。約束しよう、君の家族を救うと」
彼は頬を染めて、嬉しそうに目を細めた。
「……やっと、自分から頼ってくれたね」
ずっと人に頼ることが怖かった。誰かと深く関わることを避けて、誰にも頼れずに生きていた。
……でも、私は誰かと一緒に生きても良いのですね。
頬を緩めて、彼の手を取ろうとする。……彼の手に触れた瞬間、弾かれるような痛みが走った。
「いったい何が……」
驚いた表情をしているのは、オズワルドも同様だった。
リリアンの手首に巻かれていたリボンがふわりと浮かび上がり、さらさらと砂のように消えていく。
「悪魔のマーキング……」
彼はそうこぼすと、顔を上げた。
「……リリアン」
感情がすべて抜け落ちたような顔が、こちらを見ていた。
「君は、誰のものなんだい?」
オズワルドがこちらに手のひらを掲げる。
「きゃっ」
眩しい光が放ち、思わず目を閉じる。
「…………」
目を開けて、周りを見渡す。
視線が低く、目の前にはテーブルの足が見えた。目に映っているものがすべて大きくなっているように見える。
顔を上げれば、オズワルドがこちらを見下ろしていた。
「……これで、君は俺のものだ」
彼は嬉しそうに笑う。戸惑いを隠しきれず、彼を見上げた。
「にゃー」
口を開けば、人のものではない声が聞こえた。




