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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
4章

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29話 無力な自分


「どういうことでしょうか?」


 リリアンはウィリアムの言葉に首をかしげた。

 彼は話そうか少し躊躇うようにしながらも、説明してくれた。


「第二王子が教会に入ったらしいんだ」


 その言葉を聞いて、テオドールのことを思い出した。


 彼は少し前からメアリーとともに行動していた。病弱のため、王子としてあまり表に出て来なかったからか、彼のことを気づく人も少なかっただろう。だが、先日のメアリーに関する悪い噂が流れるようになってから、テオドールの話も広まったようだ。


「教会に入ったってことは、第二王子が御使いだってことよね? 彼が御使いだと何か悪いことでもあるの?」


 ルシルが不思議そうに首をかしげた。


「教会はあくまで、悩んだり、迷ったりしている人を導くというだけの立場だ。教会に政治を動かす権利はない。けれど、そこに権力を持った人が入るとどうなると思う?」

「力を付けはじめる……?」

「そういうこと。今の王は力をつけようとしている教会の存在を少し疎ましく思っている節があって、少しずつ教会を政治から切り離そうとしていたらしい。けど、第二王子が教会へ行ってしまった。正直痛いと思うよ」

「でも、どうしていきなり御使いだなんて……」


 ルシルの言葉にウィリアムは肩をすくめる。


「第一王子が王妃の子である第二王子を邪魔に思って教会へ送っただとか、教会が権力欲しさに連れて行ってしまったとか、色々と憶測が飛んでいるらしい。第一王子と第二王子は仲が良くないともっぱらの噂だし、教会は御使いに選ばれた第二王子の方が第一王子より優れていて、彼こそが後継者としてふさわしいと主張しているんだって」


 ルシルは腕を組むと難しそうな顔をして唸る。


「後継者教育を受けている第一王子と、王妃の子の第二王子の対立を、王族と教会が代理で行なっている感じになっているのね……」

「まあ、実際は王族の中でも対立しているだろうし、もっと複雑だろうけどね……」


 ウィリアムはそう言ってこちらを向いた。


「お前の父親、教会と王家の中間を取り持つ仕事を担っているだろ? 大丈夫なのかなって」

「……何も知りませんでした」


 養父と義兄が教会に関わる仕事をしているのは知っていた。だが、養父のクライヴとは顔をあまり合わせたことがない。一緒に仕事をしているアレクシスも家に仕事の話を持ち込むことはなかった。


 暗い顔をしていると、ルシルがバシッとウィリアムを叩いた。


「おっまえ……!」


 目を吊り上げるウィリアムをよそに、ルシルがこちらを向いた。


「わからないことを気にしてたって仕方がないわ。楽しいことを考えましょう!」


 彼女は首をかしげて問いかける。


「ねえ、リリーにとって楽しいことは何?」


 そう言われて考える。……自分にとって楽しいこと。


「……みんなと遊ぶことですかね」


 少し恥ずかしい気持ちで言うと、ルシルは感無量といった表情で手を握る。


「嬉しいわ! 遊びましょう。何度だって遊びましょう! 学生なのは今のうちなのだから」


 自分の提案にここまで喜んで頬が緩んでしまう。


「はい! ……三人で、遊びましょう」


 ルシルは顔を綻ばせて、リリアンの手をブンブンと振る。


「二ヶ月先にはリリーの誕生日もあるし、また祝えるのが楽しみだわ!」

「リリアン、誕生日近いの?」


 知らなかったのか、ウィリアムはこちらを見た。


「はい。冬の寒い日が誕生日です」


 次の誕生日でリリアンは十六歳になる。そうすれば、成人扱いだ。

 ウィリアムはそれを聞くと、ニカッと笑った。


「そっか。じゃあ、誕生日には祝わなくちゃだね」

「もちろんよ、今から楽しみだわ」


 そう言って、二人はさっきまでの暗い雰囲気をなんとか明るくしようと振る舞ってくれる。


「……そうですね」


 けれど、頭に浮かぶのは家族のことだった。





 家に帰ると、ナタリアが迎えてくれた。

 彼女は教会のことを聞いていないのか、いつものように振る舞っている。


「あら、アレクが帰ってきたようね」


 二人で食事をとっていると、アレクシスが帰ってきた。彼は学園を卒業したあと、養父と一緒に働いており、王族と教会の架け橋になる仕事をしている。


「ただいま帰りました」


 疲れた様子で帰ってきた彼を見て、不安な気持ちになる。けれど、アレクシスはリリアンを見つけると、疲れた顔を隠して笑みを浮かべた。


「ただいま、リリー」


 義兄は自分の弱さを見せない人だ。それは素敵だと思うが……少し寂しい気持ちになる。


「義兄様……」

「どうしたんだ?」

「最近、教会についての大変な噂を聞きました。……義兄様は大丈夫ですか?」


 アレクシスは少し驚いた表情を見せたあと、笑みをこぼしてリリアンの頭を優しく撫でる。


「大丈夫。心配ないよ」

「でも……」

「リリーが気にすることじゃないから」


 アレクシスはそう言い切った。それ以上のことを聞いてはいけないのだろう。


「……そうですか」


 家に関わることのはずなのに、情報共有されていない。自分は家族の一員ではないのだろうか。

 そう思ってしょんぼりしていると、彼は眉を下げる。


「大丈夫だって言ってるだろ? リリーは心配性だな」


 彼はそう笑って、リリアンの髪をクシャクシャにする。


「ですが……」

「リリーはこうやって出迎えてくれ。それが一番嬉しいよ」


 その言葉にも納得できずにいると、彼は優しくポンポンと頭を叩いて自室に向かった。歩いていく彼の背中を見つめる。


「…………」


 自分にはアレクシスを支えられないのだと言われたような気がした。





「最近、教会に行きづらいよね」

「何か、怖い方がたくさんいらっしゃって……中に入るのをためらってしまったわ」


 教室内は教会の話題で持ち切りだった。リリアンはその話題に入らず、教室の片隅で会話の内容を聞いていた。


 王族の中に教会を強く支持している者がいるという。主に第二王子を支持している者たちだ。王族や王宮で働く貴族の一部が教会を支持しているからこそ、教会は勢いを増している。

 信仰者の中には第一王子は王族の血筋ではないと言い出す者も現れた。第二夫人が外で作った子だと言いだす者も現れた。その人は不敬罪で捕まったが、次は慌てて捕まえたのが逆に怪しいと噂になっている。


 教会は今そういった人たちが占拠しているような状態で、普通の人は出入りすることが難しくなっている。ナタリアにも教会に行くのを控えるようにと言われた。


「……はぁ」


 リリアンは教会に行くこともできず、小さくため息を吐いた。


 二人は用事があるということで先に帰っている。いつもならこのまま教会へ行くのだが、それができずにゆっくりと帰り支度をしていた。


 自分はまだ学生の身分で、義兄たちを助けることもできない。困ったときに話を聞いてくれるメアリーの助けになることもできない。ただ、事が収まることを待つことしかできなかった。


「私は何もできないのですね……」


 自分の無力さに打ちのめされる。荷物を持って立ち上がり、一人で廊下に出る。教会では大変なことが起きているのに、学園内はいつも通りの景色が広がっている。身近にある場所にも関わらず、学生たちには関係がないように振る舞っているように見えた。


「あら、一人でどうしたの?」


 声をかけられて振り向くと、そこにはマルヴィナがいた。

 最近はウィリアムたちと一緒にいるため、一人でいるのが珍しく感じたようだ。


「いえ、何でもありませんよ」


 そう答えると、マルヴィナが視線を合わせてにっこりと微笑む。


「今、教会に行きにくいですものね。何か悩みごとでもあるのしょう?」


 偽物の象徴に、第二王子の教会入り、それに家族のこと……。ここ数日で、色々なことが起きている。それらのことを自分の中でもまだ整理ができていない。このようなことを彼女に話していいものだろうか。


 上手く言葉を紡げずにいると、マルヴィナは言葉を続けた。


「リリアンはいつも一人で抱えてしまうから心配なのよ。何か助けになれるかもしれないわ。私に話してくれないかしら?」


 マルヴィナは優しい先生だ。心配してくれているのだろう。彼女の気遣いを無下にしていいものだろうか。少し迷いながら口をく。


「……大切な人たちの助けになれないことが歯がゆいのです」

「大切な人?」

「はい。……家族やメアリー様です」


 マルヴィナはそれを聞いて、困ったように腕を込んだ。


「教会付近は今、とても賑やかですものね。うーん、そうねぇ……」


 彼女は何か思いついたように手を叩く。


「そうだわ。あなたの助けになりたいと思っている人に頼るのはどうかしら?」

「私の助けになりたい人?」

「ええ。心当たりがあるの。このあと時間があるなら、その人を呼びましょう」


 名案といわんばかりの彼女にリリアンは慌てて首を横に振る。


「そんな……いきなり呼び出すなんて……」

「大丈夫よ。あなたから呼び出しなら、喜んで来ると思うわ」


 マルヴィナは制止を聞かず、「ついてきて」とだけ言って歩き出した。その背中を慌てて追いかける。

 連れてこられたのは、マルヴィナの研究室だった。


「失礼します……」


 中に入ると、研究室は物がたくさん置いてあった。教師勤めが長いことから、まるで自室のように物がそろっている。

 用意してもらったお茶を飲んでいると、マルヴィナは「ふふっ」と笑った。


「あなたは神を信仰しているのね」

「この国の人はみんな、そうではないのですか?」


 マルヴィナはにこりと笑むと、カップに口をつける。そして、先生らしく教えてくれる。


「純粋に信仰している人もいれば、道具として利用しようとする人もいる。同じものを見ているはずなのに、捉え方は人それぞれなの。こうあるべきという理想を掲げることはできるけれど、考えを縛ることはできないわ」

「道具だなんて……。神様に失礼ではないですか?」


 マルヴィナは「あらあら」と困ったように頬に手を添える。


「あら、神に失礼な態度をとるのが人間でしょう?」


 その言葉の意味がわからず、質問を続けようとした。だが、研究室の扉がノックされ、リリアンは口を閉じる。


「入っていいわよ」

「失礼します」


 マルヴィナの許可を得て入ってきたのは、オズワルドだった。



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