30話 頼りになる人
オズワルドはマルヴィナの研究室に入ってくると、仕方がなさそうに息を吐いた。
「また何か厄介事ですか?」
彼はそう言いながら視線をこちらへ向ける。リリアンがいることに気づくと、彼は目を大きく開いて嬉しそうに笑みをこぼした。
「驚いた。まさか、リリアンがいるとは思っていなかったよ」
「教会は今、騒がしいでしょう? 彼女の大切な人たちも困っているそうなの」
「ああ、君はよく教会に通っていたね。それに、たしかご家族は教会に関わる仕事をしているとか」
その言葉にオズワルドは納得の色を見せた。
「教会だけではなく、王族の一部や、王宮で働く者たちの中でも対立は起きている。君のご家族も複雑な立場だろう」
「どうにかすることはできるかしら?」
「正直、今の状況はすぐに解決することは難しいですね。けれど、ご家族の件はほかにも問題があるかもしれない。一度調べてみます」
どんどん進んでいく話に慌てて口を挟む。
「あの、でも、オズワルド様にご迷惑をおかけするわけには……」
「迷惑? あはは。迷惑なんてしてないよ」
オズワルドはリリアンの隣に歩み寄る。
「君は俺の家の爵位を気にして、いつも遠慮をしてしまうよね。でも、君の前では、俺はただのオズワルドだよ。家の爵位なんて関係ない」
彼は目を優しく細めて、こちらに手を差し出す。
「ねえ、リリアン……俺を頼ってくれないかな」
その手を取っていいものかと困っていると、オズワルドはリリアンの手を取った。
「頼ってくれて嬉しいよ」
彼はそう言って、本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。
数日後、アレクシスは遅くに帰ってきた。疲れた様子だが、表情は晴れ晴れとしていた。
「義兄様、何かあったのですか?」
「いや、ちょっと仕事でね」
彼は何か言いたそうにしながらも、堪えているように見えた。
「また、何か大変なことが……」
思わず心配そうな表情を浮かべると、アレクシスは笑って首を横に振った。
「いや、悪いことじゃない。むしろ逆だ。そのせいで忙しくなるけど、まぁ、今までよりはずっといい」
彼は機嫌が良さそうにリリアンの頭をぽんぽんと撫でた。
「落ち着いたら、またゆっくり話そう。最近はリリーと話せていなくて寂しいからな」
「はい。私も寂しいです。だから、お話ししましょうね」
アレクシスの様子からすると、何かがあったのだろう。もしかして、オズワルドが関わっているのだろうか。彼には助けられてばかりだった。また迷惑をかけてしまったのかもしれないと、申し訳なさでいっぱいになってしまう。
次の日、 放課後に生徒会室へ向かった。オズワルドがいるならそこだと考えていた。
今回のことは彼が絡んでいる可能性がある。そう思うと、確認せずにはいられなかった。
生徒会室の扉をノックしようとすると、中から男子生徒が出てきた。
「おや、君は……」
暗い緑色の髪を持っており、柔らかく笑みを浮かべている。胸のネクタイは上級生のものだった。
リリアンはその人の姿を見て、慌てて跪こうとする。
「エドワード殿下……!」
その人は第一王子のエドワードだった。第二王子と仲が悪く、彼を教会に飛ばしたと言われている人……。
リリアンの慌てぶりを見て、彼は笑ってそれを制した。
「ここでは一生徒だ。それに、僕はオズみたいに自分の権力を振るったりしないよ」
そう笑う彼の後ろから、オズワルドが顔を出す。
「おやおや。存在が権力みたいなお方が何をおっしゃっているのです? 少しはご自分の立場を弁えては?」
「ならば、君も立場を弁えて僕に跪いたらどうかな?」
「今は一生徒なのでしょう?」
オズワルドはエドワードの幼馴染だ。聞いていた通り、相手が王子であるにも関わらず、彼は遠慮のない態度を取っている。
彼はエドワードから視線を外すと、こちらに目を向けた。
「いらっしゃい、リリアン。君が来るなんて、珍しいね」
「君のお客様だ。せいぜいもてなすといい」
エドワードはそう言うと、手を振って生徒会室を後にした。
オズワルドはこちらに手を差し出した。
「よかったら入って。大したもてなしはできないけれど」
少し躊躇いながらも、彼の手を取る。彼は嬉しそうに目を細めると、生徒会室へ招き入れた。
生徒会室に入ると、オズワルドは中にいた者にお茶と菓子を用意させた。おそらく、彼が学園に連れてきている従者なのだろう。白い髪を持つ優しそうな初老の男性は、オズワルドの周りでたびたび見ることがあった。
「エドワード様のお気に入りの茶と菓子だ。彼がいないうちに食べてしまおう」
そう言われると手をつけにくくなる。茶菓子の前に固まっていると、オズワルドはくすりと笑った。
「それで、ご用事は何かな?」
オズワルドに話を促され、顔を上げて口を開く。
「最近、義兄様に良いことがあったようです……オズワルド様のおかげですか?」
アレクシスから詳しい話を聞いていない。だが、彼の仕事の関係で何かしらの変化があったことは察することができた。
オズワルドはそれを聞くと、思い当たることがあるのか「ああ」と声を出した。
「そうだね。君の話を聞いてから、彼らの近辺を調べてみたんだ。そうしたら、ちょっと厄介な問題が出てきてね」
「厄介な問題ですか?」
「彼らの上司である侯爵が教会側に入れ込み過ぎて、報告を怠ったり、情報の隠蔽をしたりしていたことがわかった」
想像のしていなかったことに目を大きく開く。オズワルドはその様子を面白そうに見ながら言葉を続ける。
「君のご家族も身分ゆえに指摘ができなかったようだ。だから、指摘する場を設けたんだよ」
オズワルドがいうには、彼らを呼びつけ、現状の報告をさせたという。そこでリリアンの養父は包み隠さず、すべて話した。
「すべてを話してくれたこともあり、君のご家族には大したお咎めはなし。ただ、新しい担当者を配属させるまでの繋ぎを頼んだわけさ」
「オズワルド様もその場所にいたのですか?」
その言葉に彼はおどけたように肩を上げる。
「まさか。俺はエドワード様にお話しただけさ」
彼は大したことをしていないかのように言う。それでも、彼が融通を利かせてくれたことに違いはない。
リリアンは立ち上がると、オズワルドに深く頭を下げた。
「ありがとうございます! また助けてくださって……」
「気にすることはないよ……って、前のときも言ったね」
オズワルドは懐かしそうに目を細める。
「初めて会ったときも、君は誰かを助けようとしていた。君が優しい人だから、俺も助けたくなったんだよ」
彼が言っているのは、アレクシスが斬りつけられたときのことだろう。
オズワルドの立場を知らずに、遠慮なく助けを求めたことを掘り返され、身を小さくする。
「優しくなんて、ありません」
「君がそう思っているだけだよ」
オズワルドは座るように促した。リリアンは座ると、オズワルドをまっすぐ見つめる。
「お礼がしたいです。私にできることなんて、あまりないのですけれど……」
「別に気にしなくてもいいのに。……でも、そうだな」
オズワルドは何か考えながらこちらを見る。
「では、一人の寂しい老人の話し相手はどうだろう?」




