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愛みのリリウム -神に愛された花たち-  作者: 虎依カケル
3章 偽りの象徴

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26話 試験


 試験の日、リリアンは最後の復習としてノートを眺めていた。

 ウィリアムとルシルと一緒に作ったノートだ。何度も眺めていたから、どこに何が書いてあるのか覚えてしまっている。


 昨日の出来事がどうしても頭にちらつく。それを何とか振り払いながら、ノートを睨みつけていた。


 教室内は緊張した空気が流れている。誰もがギリギリまで自習をしていた。だが、時折こちらにいくつか視線が向けられているのを感じた。まるで監視をされているかのようだ。


「リリアン、緊張してる?」


 試験が始まる前、ウィリアムが声をかけてきた。彼は今からルシルと一緒に別室に行く。移動するために、彼の手に筆記用具があった。


「はい……ふふふっ」

「何だよ」

「いえ、ウィリアムの方がずっと緊張しているように見えて」


 ウィリアムの目元にはクマがある。夜遅くまで勉強したのだろう。彼は慌てて両手で目元を隠した。


「当たり前だろ……ルシルとは違うんだよ」


 ルシルは席に座って教科書を開きながら、目を閉じている。背筋を伸ばして姿勢を正しながらぐっすり眠っていた。微動だにせずに寝ている姿につい笑ってしまう。


「ルシルはすごい人ですからね」

「まあ、ある意味すごいよな……」


 ウィリアムはそう言うと、こちらに目を向けた。


「リリアン」

「何ですか?」

「……俺もリリアンと一緒に舞踏会に出たい。だから、頑張って」


 その言葉に、リリアンは笑顔でうなずいた。

 ウィリアムはルシルの方へ行くと、彼女の頭を小突いた。


「行くぞ」

「ふぁーい」


 ルシルは大あくびをしながら、立ち上がる。心配していたが、思っているよりも余裕そうだ。


「リリー。お互い頑張りましょうね」


 ルシルに手を振られ、リリアンも手を振り返す。

 二人が出て行くと、どこか心細いような気持ちになった。


 自分以外はすべて敵……とまではいかないが、どこかピリピリとした空気を感じ取る。


 ……今までは、他人事のように感じていたのに。


 自分の心境の変化に驚く。数日前まで、自分にとって試験はどうでもいい存在だった。……でも、今は違う。


「では、試験をはじめます。勉強道具は片付けてください」


 試験官の教師が教壇に立つ。リリアンは勉強道具をしまうと前を見た。

 教師が一枚ずつ試験用紙を配っていく。


「それでは始めます」


 その言葉を合図に、意識を集中の海に潜り込ませた。




 試験が終わってから、教室はどこかそわそわとした空気が流れていた。順位が貼りだされるのは、一週間後。その間、リリアンたちも落ち着かない様子で過ごしていた。


 教室の外でも中でも、三人は好奇の目で見られている。きっと試験結果が出るまではなくならなかった。


 試験結果が張り出される当日、リリアンは落ち着かなかった。「試験結果はまだでしょうか」と幼い子どものように、同じ言葉を何回も口にしては、ウィリアムに苦笑された。


「さあ、行きましょうか」


 昼休みになると、リリアンたちはすぐに立ち上がって、教室を出た。

 試験結果が貼りだされる掲示板のある場所へ向かう。多くの生徒がそこへ向かっており、今から集会でもあるかのようだった。


 掲示板の前は多くの人がいた。今回のこともあってか、普段はすぐに見に行かない生徒も貼りだされるのを掲示板の前で待っている。


 大きな紙が教師二人によって貼りだされる。後ろの順位から少しずつ広げられていく。紙はすべて広げられると、掲示板に留められた。


 教師が掲示板の前から移動すると、すべての順位を見ることができた。


「あ……っ」


 誰かが声を漏らした。みんなが上位に注目する。ざわり、と騒めきが走った。


「一位、ルシル……二位、リリアン……?」


 そこには、一位のルシルの名前に続いて、リリアンの名前が書かれていた。


「何で、どうして……」

「リリアンって下位常連者なんだろ?」


 あまりのことに周りが騒然とする。リリアンは下位の常連だった。それを知っている者は少ないが、マルヴィナの言っていたことからそれは簡単に察せられただろう。そんなリリアンが二位に名前を連ねている。それがどういうことなのか、生徒たちは理解できなかった。


「私、ですか……?」


 呆然としているリリアンの肩にルシルが嬉しそうに抱きついた。


「リリー、やればできるじゃない!!」


 喜んでいるルシルに対して、ウィリアムは微妙な表情をしている。


「……俺より成績いいな」

「ウィリアムはいかがでしたか?」

「まあまあだよ。みんなより難しい試験を受けてたわりにはいい順位だった。……おめでとう、リリアン」


 彼は優しい笑みを浮かべて、素直に祝いの言葉をくれる。


「二人が教えてくれたからですよ。……本当にありがとうございます」


 盛り上がっている三人のところに生徒たちが集まる。


「すごいな、お前ら!」

「どうやってこんなに成績を上げたんだ?」

「ウィリアムとルシルは難しい試験を受けていたんでしょう? それなのにこの順位はすごいわ」


 そう言いながら、賞賛の言葉を投げかけてくれる。昨日まで遠巻きに見ていた生徒たちだ。それが手のひらを返したような態度を取っている。三人は顔を見合わせると、小さく笑った。


「あー、いや……ありがとう」


 ウィリアムがお礼を言う。ルシルは何か言いたそうにしながらも、空気を呼んで口を閉じて静かに微笑んでいた。


 その中で、大きな声が響いた。


「――インチキよ!」


 その言葉に周りは静かになった。納得いかなそうにそう言っていたのは、ルシルが試験用紙を盗んだと言い張っていた生徒たちだ。


 彼らはほかの生徒を押しのけると、リリアンたちを取り囲むようにして立った。そして睨むようにしてこちらを見る。


「きっと、事前に試験内容を見ていたに違いないわ!」

「そうじゃないと、こんな順位取れるわけないだろ!」


 彼らは口々にそう言いはじめる。彼らの言葉を聞いて、周りも「たしかに……」と互いの様子を窺うようにして口にした。


 先ほどまでの賞賛の雰囲気が消えていき、リリアンたちに再度疑惑の目が向けられる。

 静かに微笑んでいたルシルの頬がピクリと動く。ウィリアムも眉間に皺を寄せて、目を細めた。


 二人は頑張っていた。それなのに、このような扱い……。


 息を吸って文句を言っている生徒たちの方を向く。そして口を開いた。


「では、どうやって見たのでしょうか?」


 突然口を開いたことに、ルシルが驚きの目でこちらを見ている。


「リリー?」


 リリアンは不満を言っている生徒たちをまっすぐ見据える。ゆっくりと歩み、ウィリアムとルシルの前に立った。


「どうやって、試験内容を見るんですか? あなたにはそれができるんですか?」

「私にはできないわよ。でも、あなたたちが試験内容を見ていなければ、このように良い順位を取れるはずがないでしょう」

「自分ができもしないことを、他人がしたなどと言うのは、おかしいことだとわかりますよね?」


 リリアンは一歩前に出る。その表情は怒りを帯びていて、青い瞳が鋭く光っている。


「試験とは本来、平等であるべきです。それにもかかわらず、ルシルとウィリアムは違う問題を受けました。この時点で、あなたたちよりもずっと難しい試験を受けていることはご存じでしょう? それでも上位になれたのは、二人の努力の結果です」


 そう言いながら周りを見渡す。はっきりとした口調で言い切った。


「これ以上、私の友達を侮辱するのはやめていただけますか」


 リリアンが怒ることは滅多にない。教室の片隅で静かに本を読んでいる彼女がこんなにも怒っているところを生徒たちは初めて見た。文句を言っていた生徒たちは視線を泳がせながら、何か言おうと口だけ動かしている。


「こらこら、何を騒いでいるの」


 静まり返った廊下で、ゆったりとした声が響いた。目を向ければ、マルヴィナがゆっくりとこちらへ歩いてきている。


「マルヴィナ先生、それが……」


 説明しようとする生徒を手で制して、彼女はリリアンたちの前へ歩み出る。


「話は聞いてましたよ。試験内容はあれから作り直されています。ルシルとウィリアム……それに、あなたたちの試験も試験官が立ち会っていたでしょう? 不正をすることは不可能です。それでも咎めるのでしたら、学園を信じていないと見なします」


 彼女はそう言い切ると、いつものような優しい笑みを浮かべた。


「はいはい。この話はもう終わりです。ずっと気を張っていて疲れたでしょう。今日はゆっくりしてちょうだいね」


 マルヴィナの言葉が合図になって、生徒たちは掲示板の前から散らばっていく。


 リリアンはホッと息を吐くと、肩の力を抜いた。


「……試験より疲れました」


 そう言うとルシルが笑う。


「リリアンが私たちのために怒ってくれて、とても嬉しかったわ」

「でも、人に怒るのは体力を使いますね」

「それにしても、リリアンが怒るのを初めて見た。案外怖いんだな」


 そう言ってからかうウィリアムにリリアンは笑って答える。


「そうですよ、怖いんです。だから、怒らせないでくださいね」

「何をしたら怒るの?」

「……私のお弁当を横取りする、とか?」

「しないよ、そんなこと」


 ウィリアムはそう笑うと、目を細めた。


「なんか、リリアン変わったな」

「そうですか?」

「うん。ずっと明るくなった」


 そう言うウィリアムに対して、ルシルは首をかしげる。


「そう? リリーは前からこんな感じだったけど」

「じゃあ、戻ったのか? 俺は昔のリリアンを知らないから、何とも言えないけれど」

「リリーは昔からかっこよかったわよ」


 ルシルの言葉にウィリアムは納得したようにうなずいた。


「そうだな。今のリリアンはとてもかっこいい」


 自分では変わっているのかはわからない。だが、ウィリアムがそう言ってくれるのなら、そうなのかもしれない。


「私は、変われたのでしょうか……」


 そう呟いて、もう一度掲示板を見た。


「……ありえないわ」


 聞きなれた声が聞こえた。横を見ると、そこにレジーナがいた。張り出された順位を見て、驚いた表情をしている。


「レジーナ様?」


 ウィリアムとルシルには見えていないのか、二人はレジーナの方を目も向けずに話している。

 レジーナはこちらを見ると理解できないという表情をした。


「あなた……ずっと手を抜いていたの?」


 彼女の言葉にリリアンは視線を下げる。


「……良い成績を収めることが、必ずしも良いことではありませんでしたから」


 平民のころ、実兄のロイを退けて後継者に名前を上がってしまった理由は、リリアン自身が優秀だったこともあった。だから、自然と勉強をおろそかにするようになった。


「……ふうん」


 レジーナはこちらを品定めするように見ると、意味ありげに笑った。


「面白いわね」

「リリー?」


 不思議そうに見てくるルシルの方に目を向ける。もう一度隣を見れば、レジーナの姿はなかった。





 後日、ミランダの家で不正が見つかった。


 彼女の家は王宮でお金の管理をしていた。だが、その金の一部を横領していたことがわかった。

 ミランダは学園に来なくなった。学園に残された彼女の荷物からは、職員室の合鍵が見つかった。

 ミランダは姿を消した。家族さえ彼女の行方がわからないという。


 誰かがそのことをオズワルドに話すと、彼は「まあ、仕方ないよね」と言って笑っていたという。



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