25話 メアリー
リリアンの言葉に、アルバートは目を細める。彼は口元で微笑みながら問いかけた。
「なぜ?」
「どうやら、象徴が偽物だという噂が流れているようです。彼女はそれを信じて行動してしまった。どうしてだと思いますか?」
「さぁ、どうしてでしょう」
「……教会内部、もしくは関係者がそう言いふらしているのではないでしょうか」
リリアンは後ろにいる女性の方を向く。
「どなたからそのお話を聞いたのでしょうか」
女性はどこかに視線を向けた。そこには数人の御使いが立っている。
「私からは何も……」
リリアンは彼女の視線を先に目を向けたあと、アルバートの方を向き直す。
「教会を信じている方々を不安にする行動を教会自身が行っているのです。どうか、ご理解を」
「…………」
アルバートは目を細めてこちらをじっと見つめる。そして、にこりと微笑んだ。
「わかりました。今回はその女性を見逃しましょう。ですが……次はないですよ」
彼は近くの御使いに引き継ぐと、その場を去ろうとした。
リリアンがホッと息を吐いているとアルバートが声をかけた。
「リリアン様」
彼は面白そうに笑みを浮かべた。
「……またお話ができるといいですね」
女性を帰すと、メアリーと二人で大きくため息を吐いた。思わず顔を見合わせて笑う。
「リリアン様、今日はありがとうございました。けれど、無理をなさらないように。私なら大丈夫ですから」
そう言いながらも、彼女は不安そうに見えた。小さな体に圧し掛かる重さはどれほどだろうか。
「あの……微力ながらですが、もし必要でしたら私も力をお貸しします」
それに、とリリアンは言葉を続ける。
「私はメアリー様の言葉にいつも助けられていました。だから、私もあなたのことを助けたいです!」
メアリーは目を瞬かせると小さく笑いながらうなずいた。
「ありがとうございます。……では、一つ頼み事をしてもいいですか?」
彼女はそう言うと、腕に着けていた飾りを外した。それをリリアンに手渡す。
「これは私が大切にしているものです。しばらく預かっていてくれますか?」
彼女の瞳と同じ色をした腕飾りだった。リリアンはそれを受け取って尋ねる。
「どうしてですか?」
「なくなってしまったら、嫌だから」
メアリーはリリアンを見つめる。その真剣な瞳に思わず背筋が伸びる。
「リリアン様。あなたに優しくしてくれる人はたくさんいるのでしょう。その方たちを大切にするのはとても良いことです。……けれども、全てが善意ではないことを、忘れてはいけませんよ」
「それは、神様がおっしゃっているのでしょうか?」
「いいえ……これは、私のお節介です。優しいあなたが幸せでありますように」
メアリーはそう言ってステンドグラスに祈りを捧げた。
リリアンは家に帰ってから一人で机に向かっていた。だが、今日の出来事が頭から離れない。
メアリーはリリアンから見て、とても良い象徴だ。身分の差を気にすることなく、平民にも貴族にも平等に手を差し伸べている。
食に困っている者がいれば炊き出しを行ない、生き方に悩んでいる者がいれば、深く話を聞いて、神の言葉を伝えた。彼女のことを慕っているのはリリアンだけではないはず。
「どうして、メアリー様が偽物だと言うのでしょうか」
そう呟くと、後ろから声が聞こえた。
「全然集中していないじゃない」
目を向ければ、レジーナがリリアンの後ろから机の上を覗き込んでいた。
「何を勉強をしているの? 神について?」
彼女はそう言うと、後ろに下がってベッドの上に座り込んだ。
「いいえ、ただの試験勉強ですよ」
「ふうん……」
彼女は興味深そうにこちらを見ている。リリアンはペンを置くと彼女に向き合った。
「レジーナ様はメアリー様のことをどう思っていますか?」
「メアリー? 教会の象徴のことね?」
メアリーを偽物の象徴をだと言う人がいる。それは信仰者だけではなく、教会の御使いだ。管理者だといったアルバートも本心ではどう考えているかわからない。
「彼女は幼いながら、象徴の役割を果たされています。その荷は重いでしょうに、神に愛されているから、日々頑張っていらっしゃるのです。ですが、そんな彼女のことを偽物だと言う人が現れて……」
「何も間違っていないわ。メアリーは神に愛された子ではないもの」
「え……?」
驚きに目を見張ると、レジーナは突きつけるようにもう一度言った。
「メアリーは神に愛されていない。教会の都合の良い人形よ」
その言葉を否定したくて、首を横に振る。
「で、でも、メアリー様はご自分で神に愛されたとおっしゃっていました」
「教会によって、そう演じさせられている。それだけよ」
彼女はさも当然のようにそう言う。そして、足を組み替えると「それに」と言葉を続ける。
「神に愛された人は生まれてから一度、神のもとに帰るといわれている。けれど、実はその期間に洗脳をされているのよ」
彼女の言っていることがわからなかった。人形、洗脳……まるで象徴には人権がないように思える。
「そんなこと、あっていいのですか……」
「あってはいけないでしょうね。でも、ずっと教会はそうしてきた。……一部例外はあったようだけれども」
「メアリー様はご自分の意志で考え、話されています。洗脳されているようには見えませんよ」
「メアリーがその例外のひとつよ。どうして彼女に自我があるかは知らないけど、何か理由があるはずだわ」
知らないと言いながらも、レジーナには思い当たることがあるようで嫌な顔をした。
「……メアリー様はどうして自ら象徴の振りをしているのでしょうか」
「都合がいいもの。きっとあの子にもやりたいことがあるのね。だから、あの子もまた、教会を利用している……。対等な関係だと思うわ」
メアリーが教会を利用している。彼女は十歳の少女だ。そんな子どもがそこまでしてしたいこととは、いったい何なのだろうか。……彼女に何があるのだろうか。
「メアリー様が本物ではないのでしたら、本物の神に愛された人はどこに……」
「本物の神に愛された人が今いるのか、いないのか……それは私にもわからない。神に愛されているだけで、ただの人間だもの」
レジーナは柔らかく微笑んでこちらに近づいた。
「真実は知れば知るほど、残酷なものよ。だから、もっと知るのよ。知らなければ、何もできないのだから」
そしてリリアンの白い頬に触れる。少し動かせば、首を掴むことができそうだ。
「幻滅して、するべきことを見つけなさい」
彼女はリリアンの頬をするりと撫でると、ふわりと浮かんで姿を消した。




