風使いの少女 〜ル・ト・ル・ヴェ〜
お気に召していただけると嬉しいです。
補足説明追加:本作品は企画曲の展開と小説の進行を可能な限りシンクロさせて書いたものになります。
作品中にリピート2回(課題曲が3回)使用させていただいております。
ぜひ音楽とご一緒にお読みいただけると幸いです。
私の住んでいる村は、【風の住処】と呼ばれる渓谷の中にある。
切り立った山から流れ落ちる大きな滝が、水と風を止むことなく生み出し、その風は絶え間なく私たちの村をめぐり、豊かに潤している。
渓谷の木々が黄色や朱に色づき始める頃、私たちの村では『風試し』が行われる。
この村の風使いたち全員が集まって、自分の力を披露する、いってみれば儀式のような日だ。
儀式といっても、私たち子供にとっては発表会のようなもので、みんなは特別な装束を纏えることを楽しみにしていた。
でも大人たちにとって――この儀式は次期、村の長を決めるための重要な意味を持つものだった。
一部の偉い人しか知らない情報を、ただの村娘である私が知っているのは何故か。
――それは、リーゼに聞いたから。
『どんどん風使いのレベルが落ちてるからさ。
徹底的に実力主義でやっていかないとって思ってるみたいだよ? ま、無駄なあがきだと思うけどね』
他人事のように私に語ったリーゼは、ここにはいない。
『風使いなんて偉そうな呼び方、私はキライ。
私たちは風に生かされてる。みんなそのことを忘れてる。
だから風使いはどんどん力を失っているんだよ』
リーゼは誰よりも風を理解していた。この村の誰よりも。
なのにリーゼは、ここにはいない。
私は風試しの日にしか身につけることを許されない、特別な風装束を来て、ただ突っ立ったまま、自分の番が呼ばれるのを待っていた。
見るつもりなんかなかったけれど、他の子の技の披露が目に入る。
籠の中の花びらを空へと飛ばし、自分のまわりに円を描くように踊らせる。
色とりどりの布を風になびかせ、まるで生き物のように揺らめかせる。
どの子も自分の技に絶対の自信を持っている。そういう表情をしていた。
『風は本来とても自由な子なの。気まぐれで私たちにつきあってくれてるだけ』
『だいたい風に乗るとか、風をつかまえるとか言うけど、絶対あれはウソだよ。風は、簡単に思い通りになんかできないんだから』
そう。だから自分が風を従わせてるなんて思っちゃいけない。その傲慢こそ、風使いが力を失っている理由だ。
それがリーゼの口癖だった。
でも、そんな大切なことを私に教えてくれたリーゼは、ここにはいない。
優しい風が私の隣を通り過ぎていく。
小さな木の葉が、くるくると楽しそうに空へとのぼっていった。
空は雲と溶け合っているような――そんな優しくて柔らかな薄青色で、その中を透けるような白い雲が流れていく。
リーゼは、空を飛べた。
私が知っている限り、それができたのは先々代の長だけだった。
『風に持ち上げてもらうのよ』
リーゼに手を繋いでもらい、私は一度だけ空を飛んだことがある。
ううん、『飛んだ』なんてレベルじゃなくて『浮かんだ』が正解。
自分が自分でなくなるような不安を感じて、浮いた私の体はすぐに地に着いた。
リーゼはこの村の誰よりも風と仲が良かった。
空を飛べたのがその証拠。
踊るように。
舞うように。
リーゼは風の中で、空を自在に泳いでいた。
私はそれを見ているのが好きだった。
でも、風はリーゼを傷つけた。
子どもたちが木から落ちたのをリーゼが風で助けたらしい。
でもその直後、風の刃がリーゼの手を切りつけたそうだ。
風の刃を受けたものは、風に疎まれた者として風使いの資格を剥奪され、村から追放される掟だ。
そんなはずない。
リーゼが風に嫌われるわけがない。
風がリーゼを傷つけるはずがない。
私は泣きながら長へ嘆願に行った。
でもだめだった。
リーゼは村からいなくなってしまった。
私の名前が呼ばれる。
私の番だ。
私は、他の子のような風の技を出す気なんてなかった。
風の力が一番高まると言われる、この試しの場で、どうしても風の声を聞いてみたかった。
どうしてリーゼを傷つけたのか。
私はただそのことだけが知りたかった。
試しの場に立つと、目を閉じ風の音に耳を澄ます。
でも私なんかが、リーゼみたいに風の声を聞くことができるのだろうか。
ねえ、教えて? いったい何があったの?
お願い。本当のことを教えて?
小さな風がやってくる気配。
小さな風は私のまわりにじゃれるようにまとわりつく。
風の子供だ。私は直感した。
ねえあなた、リーゼを知ってる?
風が私の耳元をくすぐる。
ねえ、あんなに仲良しだったのに。リーゼのことが嫌いになっちゃったの?
風が私の衣装を翻し、髪をもてあそぶ。
――え? 命令したから?
何故だろう。それは声ではなかったのに。私には聞こえたのだ。
だって。それは子供がケガをしそうだったから、きっととっさのことだったんだよ!
だって。リーゼはあなたたちに命令なんてする子じゃないの、知ってるでしょ?
私は必死で風に語りかけた。私の声は届いているのだろうか。
風は私のまわりを茶化すように駆け回る。
私は急に悔しくて涙があふれてきた。
ねえ! ふざけないで! あなたたちがリーゼにケガさせたせいで……!
リーゼはそのせいで、この村から追い出されちゃったんだよ!
ひどいよ! 笑いごとじゃないんだよ!
風が止んだ。
一度も絶えたことのなかった、風の住処を流れる風が。
音が止まる。
木々が葉を歌わせる音も。
村をめぐる風が生み出す風鳴りの音も。
でも私には聞こえた。
風の声が。
そう……もうこの村には、誰もあなたたちの声が聞こえる人がいないのね。
リーゼしか、いなかったのね。
よかった。
あなたたちがリーゼを嫌っていないって知れて。
あなたたちもリーゼのことが大好きだって分かって……。
ねえ。私のお願い、きいてくれるかな?
リーゼが教えてくれた言葉が浮かぶ。
『風と友達になるんだよ。一緒に踊るの。そうすると風とひとつになれるんだよ』
リーゼの自信に満ちあふれた笑顔が浮かんだ。
あのね、リーゼを探しに行きたいの。
私が宙に手をかざすと、再び風が集まってくる。
木々を揺らしながら。
木の葉をさざめかせながら。
風鳴りをたてながら。
水の粒子を光らせながら。
小さなつむじ風が集まってきて、私のまわりを回りだす。
私も一緒にターンする。つむじ風のダンス。
ダンスがへたくそな私は、風のリードに身を任せ、すべてをゆだねる。
風の力を感じる。
今まで感じたことのないくらい。
たくさんの風たちが私のまわりに集まってくる。
風の歌が聴こえる。
風の気持ちがわかる。
大きな風が近づいてくる。
遠くから強い一陣の風がやってきて、私をつらぬくように包み込んでいった。
目を開けばそこは。
まぶしい光の世界。
風から見た、私たちの世界。
私の体ははるか上空。
もうここには誰もいない。
私と風だけ。
ううん、違う。私は風だ。ここに私はもういない。
ここに私という存在はいない。
ここには風しか存在しない。
どこにも行ける。
どこまでも行ける。
リーゼ。
待ってて。
絶対に見つけてあげる。
少女たちは無事に再会できたのでしょうか。
その答えは、タイトルの中に……。
お読みいただきまして、ありがとうございました。