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誰かの温もりを探して 〜現代文学・短編集〜  作者: 忍野木さりや


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ヒグラシの叫び


 紅色の日の出に染まる山。ヒグラシの細い声が青葉を抜けて朝露を震わせる。

 静かな朝のグラウンドで、アディダスの青いスパイクに履き替えた今井祐也は、固い地面を蹴った。校庭を見下ろす山から伸びる影。涼しい風に靡く国旗。

 青と白のボールを青空に蹴り上げる祐也。影の向こうの日向に跳ねるボールを左足で受け止めた彼は、日陰に視線を送った。跳躍する足が大地を踏みしめると、スパイクが乾いた空を切る。影に佇むゴールネットに突き刺さるボール。

 日の出とともに始まった朝練。走り続けた祐也は、白いゴールポストに反射する陽光に足を止めた。六時前の校庭を焼く日差し。雲のない空下で汗を流す彼は、ゴール裏に無造作に置かれた鞄の横に腰を下ろす。タオルで汗を拭く祐也。冷たい水筒のお茶で喉を潤した彼は、風と共に頬を撫でる蝉の声に、空を見上げた。

 まだ少し静かな街に響く涼しい鳴き声。立ち上がった祐也は、ボールを転がして校庭の中央まで走る。細い高音の玉。リズミカルなヒグラシの声は、夏の暑さから逃げるように消えていった。


 西日が青と白のボールを紅く染める。

 蹴り上げられた地面をならすトンボの鉄。足跡の消えたグラウンドに訪れる静寂。暑さの後の気怠い冷気に鳴く蝉の声が、日暮れの空を駆ける。

 スパイクを脱いだ祐也は青黒い山の向こうを見た。疲労に重なる高揚。迫る真夏の試合に、彼は、僅かな時間も練習に費やしたいと意気込んだ。

「なぁ、公園で夜練やろーぜ?」

「マジ?」

 苦笑いと共に頷く水瀬彰人。祐也は膝を曲げて熱くなった筋肉を伸ばした。

 暗い通学路を走る祐也。家に荷物を置くと、使い古されたボールを持って近所の広場まで駆ける。

 明るい広場で声を上げる草野球の大人たち。隅でリフティングを始める祐也。彰人の姿を遠くに見つけると、ロングパスを送った。

 白いユニフォームの大人が帰った後も、汗を流す二人。十時を回る時計の針。

「なぁ、そろそろ帰らないか?」

 肩で息をする彰人。ボールに足を乗せた祐也は夏の夜の静寂に耳を澄ませる。

「なーんか、練習し足りないんだよな」

「お前、朝練もかなりやってんだろ」

「ああ、試合近いしな。明日の朝、どーするよ?」

「いや、勘弁」

 タオルで汗を拭いた彰人は、ぬるくなったアクエリアスを口に含む。

 足の先にボールを乗せた祐也は、夜の公園を震わすヒグラシの響きに顔を上げた。

「珍しいな、こんな時間に」

「何が?」

「蝉だよ、夜はあんま聞かねーんだけどな」

「蝉? 鳴いてるか?」

 スパイクを脱いだ彰人は欠伸をした。広場の用具倉庫のトンボを引っ張ると、地面をならし始める。祐也は夜の空に鳴き続ける蝉の声が気になった。

 親友に手を振った祐也は、公園のベンチで、ヒグラシの鳴き声に耳を傾ける。夜空を震わす音は、朝よりも細く鈍い。余裕の見えない不規則なリズム。疲労を感じる低い声。

「朝まで待てなかったのか?」

 ベンチに沈む身体。空腹をあまり感じない彼は、深く息を吐いて立ち上がった。耳鳴りにくらむ視界。大きくなるヒグラシの叫び。

 頑張り過ぎても意味ねーだろ。

 ヒグラシの悲痛な努力に呆れる祐也。

 筋肉の痛みと共に訪れる空腹。足を引き摺るようにして帰路についた彼は欠伸をした。

 

 

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