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誰かの温もりを探して 〜現代文学・短編集〜  作者: 忍野木さりや


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爪を噛む


 久道博也は上を向いた。

 低い山に落ちる日。幾重の雲を透かす夕暮れ。黄金色の影が斜めに伸びる空。

 籠もる時間だ。

 徐々に暗くなる世界。落日の陽を遮る建物の壁。博也は長い影の根元に蹲る。自分を大きくみせる西日から隠れるように男は膝を抱えた。

 青黒い夜の空。日の沈んだ街で、博也は細く息を吐く。ジーパンで締められた足の筋肉をほぐすと、夜闇の道をゆらりと進んだ。

 街灯の下を歩かない男は背後の確認を忘れない。ポケットに隠された指を擦る博也。赤茶けた野球帽を被る男は、静かな市営団地の狭い公園の横を歩いた。B棟三階23○号室のベランダ。暗いカーテン。住人の不在を確認した博也は暗がりに身を潜めて爪を噛む。夜を照らす月から隠れるように男は野球帽を深く被った。

 やがて明かりの灯る部屋。博也はスッと立ち上がると団地の隅の電話ボックスに向かう。携帯を持たない男。角の擦れた折り畳み財布から小銭を取り出すと、三桁の数字を押した。

「お待たせしました。〇〇病院です」

「すいません、人が倒れてます。喧嘩があったみたいで、あの、〇〇団地の公園です」

「はい、怪我人は二人ですか? 年齢や性別などは分かりますか?」

「一人です。中年の男性が一人倒れていて、若い方は何処かへ行ってしまいました」

「はい、警察に連絡はされていますか?」

「してます」

「かしこまりました。すぐに救急隊が向かいます。貴方様のお名前をお伺いしても?」

「タケダです」

「タケダ様、お手数ですが、救急隊が見えるまで患者の側に付き添ってあげて下さい」

「はい」

 電話が切れると、博也はB棟の非常階段を登った。やがて聞こえてくるサイレンの音。23○号室のチャイムを鳴らす博也。

「はい……」

 扉が開くと焼き魚のいい匂いが漂ってくる。灰色のパーカーを羽織った内田メグミがそっと顔を出した。野球帽を被った見知らぬ男に警戒する彼女。博也は若干俯き気味に緊迫した表情を作る。

「こんばんは、D棟の者ですが、お宅の息子さんかな? どうも公園で倒れているようで」

「えっ? タ、タクヤがですか?」

「ええ、恐らく、救急車が来たので大丈夫かとは思いますが……」

 サッと頭を下げて背中を向ける博也。その横を抜けるようにしてメグミは公園に走った。

 鍵が閉められていたら帰ろう。

 ゴム手袋を取り出す博也。扉の取っ手を握ると、スッと開いた。音もなく中に入ると、薄い生地のスリッパに履き替える。部屋の構造は頭に入っていた。十二畳のフローリングに六畳の部屋が二つ。博也は短い廊下の手前の扉を押す。グラビアのポスターが壁に貼られた乱雑な部屋。母子家庭の二人暮らし。内田タクヤの部屋だろうと確信した博也は、ポケットから袋に入れられた「何か」を取り出す。サッと袋を破ると、それをタクヤの使われていない勉強机の引き出しの下に隠した。およそ一分。博也はスッと部屋を出ると、スリッパのまま玄関を出る。非常階段で靴を履き替えるとゴム手袋を外す。

 団地は眩しい。

 仕事を終えた男。指定された「何か」を特定の「誰か」に届ける男。「誰か」は常に複数存在し「何か」を渡される不運な「誰か」はランダムに選ばれる。

 博也は何も持たない。

 男の爪を噛む音だけが夜闇に響いた。

 

 

 

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