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誰かの温もりを探して 〜現代文学・短編集〜  作者: 忍野木さりや


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箱の中の蝶


 生い茂る雑草。薄い葉の影。

 ツバメは風に乗って空高く飛び上がった。

 揺れる草の幹でじっと身を伏せていた青虫。黒い鳥の影を遠くに眺めた青虫は、ゆっくり体を起こす。葉の裏に向かって進むと明るい緑の表皮を齧った。

 突風が砂を巻き上げる。青虫は短い腕をバタつかせながら地面に転がり落ちた。石影に潜む蜘蛛が顔を上げる。アシナガバチの鋭い羽音が上空に響き渡る。

 青虫は走った。長い体をくねらせながらひたすら手足を動かす。角張った石を迂回すると、枯れ葉にゆく手を阻まれる。ドングリを押しのけて進む青虫は、小高いブナの根っこを這い上がった。ゴツゴツとした木の表面を掴み、必死に上を目指す。青虫は危険な地上から遠ざかりたかった。

 薄皮の剥がれた木の幹を暫く登った青虫は、小さな穴を見つけた。急いで潜り込む青虫。穴の中は広かった。散乱する糞と木屑。何かの幼虫の住処の跡。青虫は柔らかな洞の底で一息ついた。外へと繋がる小さな穴の向こう側を見る。危険な外の世界では、青空の下で輝く緑が風に靡いていた。青虫はじっと外の世界を眺めながら、大空を優雅に羽ばたく夢を見た。

 月の薄明かりが洞の外を照らす。脱皮を終えた青虫は安穏な幹の内で蛹となった。憂うものは何も無い。時折、蛹は洞の外を歩く何かの足音を聞いた。だが、住処を覗くものはいなかった。

 轟々と山を震わす雷。吹き荒れる風。嵐は次第に収まっていき、雲間から澄み切った青い空が見え始める。

 蛹はゆっくりと目を開いた。大空を羽ばたく日がやってきたのだ。厚い殻が破れる。長い触覚が凛と跳ねる。白い羽が暗闇に煌めく。大きく息を吸うと、鱗粉が外の世界に流れていった。

 蝶は陽の届かない洞の中で優雅に羽を広げた。

 だが、開いた羽はすぐに閉じられた。半分も開けなかったのだ。羽を大きく広げると硬い木の内にぶつかる。無理やり広げようと踏ん張ると白い粉が剥がれた。

 蝶は触覚を傾げた。柔らかな底を踏みしめながら振り返る。洞の外には美しい青空が広がっていた。

 羽を広げるのを諦めた蝶。外の世界に戻ろうと、慣れない手足を動かす。穴の外に触覚を出すと甘い花の香りが漂ってきた。蝶は前に進んだ。だが、大きな羽がつっかえて外に出れない。

 ブナを照らす陽光に触覚を伸ばす。必死に手足をバタつかせる。甘い匂いを嗅ぎながら、何度も羽を開いては閉じる。夜の闇が訪れても、激しい雨が降り始めても、蝶は外の世界を焦がれ続けた。

 ボロボロになった羽。鱗粉の煌めく糞と木屑。蝶は暗い穴の底で弱々しく手足を動かした。

 大空を羽ばたく夢。蝶は最後にもう一度だけ、羽を開いた。

 

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