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誰かの温もりを探して 〜現代文学・短編集〜  作者: 忍野木さりや


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遅く散る桜


 桜の花びらが一枚、目の前を横切る。顔を上げた杉山光樹は、低い山の中腹に枝垂れ桜を見た。五月の初めである。遅咲きの桜は僅かに残る桃色の花をゆったりと靡かせていた。

「桜だね」

 長谷川桃花は細い指先を山に向ける。振り返った光樹は、優しく微笑んだ。

「そうだね、まだ咲いてたんだ」

 桃花は少し赤みがかった瞳を細めてコクリと頷く。

 葬儀の後だった。

 桃花の祖母、長谷川光恵が亡くなったという知らせが届いたのは、つい先日の事だ。恙無く進む葬儀の中、光樹は、悲しむ桃花に寄り添う事しか出来なかった。葬式が終わってやっと、光樹は彼女の手を握る。無言で立ち上がった二人は、あてもなく静かな田舎の坂道を歩いた。

 何故、結婚を先延ばしにしてしまったのか……。

 光樹は、桃花の祖母に自分たちの晴れ姿を見せられなかった事を悔やんだ。祖母を慕っていた桃花に何と声を掛けてやればいいか分からなかった。

 桜の花びらが一枚、ひび割れたコンクリートの上を転がる。風に飛ばされまいと踏ん張るかのように、薄い桃色の花弁は砂利にしがみついた。光樹はその儚い花の一枚が哀れに思えた。

 また、山の中腹を見上げる。

 遅咲きの桜は僅かずつ散っていき、いずれ最後の一枚となるのだろう。残された花は、先に散ってゆく花は、何を想うのか。

「綺麗だね」

 桃花も枝垂れ桜を見上げた。

「うん、綺麗だけど寂しそうだね」

「寂しそう?」

 桃花は山を見上げたまま、細い首を微かに傾げた。

「だって、ほとんど散っちゃってさ、何だか寂しそうだ」

「春も終わりだからね。でも、寂しそうではないかな?」

「どうして?」

「だって緑の若葉が出てきてるから。私、葉桜も好きなんだ」

「ああ、そうだね、若葉が出てる。じゃあ満開の桜はまた来年か……」

「みっくんって、桜が好きだったんだ?」

「うん……いや、何だか残された桜の花が可哀想に思えてさ、ねぇ、残された桜と先に散っちゃう桜、どっちの方が寂しがってるのかな?」

 光樹は葬儀を思い出して目頭が熱くなった。桃花はクスリと微笑む。

「みっくん、何だか詩的だね?」

「……いや、だって寂しそうじゃん!」

 光樹は赤くなった。ギュッと桃花の手を握りしめる。桃花もクスクスと笑いながら、強く握り返した。

「大丈夫だよ、桜は寂しがってないよ」

「どうして分かるの?」

「だって、桜はまた来年も咲くって知ってるから散るんだよ。そう信じてるから散れるんだよ」

「……ああ、そうか、信じてるから安心して散っていくのか」

 光樹は頷いた。桃花も頷いて前を向く。

 桜の花弁が一枚、靡く枝から離れた。空を舞う桃色の花は、次に生まれる新芽を祝った。ただ、それでも少し心配なのか、枝垂れ桜は遅く散る。

 

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