【たぶん運命の出会いで章】ーその2ー
ともかく円眞としては、これ以上の被害を出さない。何に代えても店を守るが先決だ。
「きききキミ。店内での狼藉は良くないです」
「ここで死ぬクロガネエンマには、どうでもいいことだ」
敵の言葉に、確かにとうなずいてしまう円眞だ。下手な承服などしている場合ではないと直後に思い知る。
短剣と戦斧の両者の刃が離れれば、だ。
敵の能力『戦斧を持つ白き幽体』はさらに勢いをつけようとする。助走をかけるみたいに、力いっぱい後ろへ引かれる。戦斧だけに刃だけでなく穂先や槌頭もまた鈍器の役割を果たす。古き骨董品の数々が耐えられるはずもない。派手に砕ける音を奏でていく。
「うぅうぅうわわわわあー」
奇天烈な叫びは円眞の心であった。クロガネ堂の今後が危ぶまれる損害に意識は真っ白だ。あとの行動はもう無意識下であった。
白き女の幽体が勢いつけて戦斧を振ってくる。
円眞は左手にも能力を顕現させた。両手に短剣を持つ。飛びつくように向かっていけば、クロスの形で斬り裂く。
戦斧ごと白き幽体が四分割される。
うぐっと入口から潰れたうめきがした。
薄汚れたグレーコートの敵がよろめいていた。どうやら幽体のダメージが能力で飛ばした当人まで及ぶらしい。
能力を放った敵へ、円眞は突進していく。好機と見たわけでなく、ただただ感情のままだ。
「なに、してくれますかー」
子供が泣きながら向かっていくみたいだ。けれども能力は高い。両手の短剣で斬りつければ、あっという間だ。グレーコートは布切れと化し、正体が露わになった。
少女の面影を残す妙齢な女性だった。
性別に関して、円眞に驚きはない。声の感じから年齢の予想もついていた。
ここ逢魔街で女性や子供だからとした油断は大敵だ。実はトンデモない殺傷能力の持ち主であったり、大の男が化けている可能性だってある。一般常識は身の危険を呼ぶ込む元である。特異な街で店を構えるくらいだから、身に刻むくらい承知していたはずだった。
なのに円眞は心を揺さぶられてしまった。
仰向けで倒れた敵の少女へ馬乗りになった。腹へまたがり、取り押さえにかかった。見下ろせば目がかち合った。
敵の少女の瞳は碧かった。まるで吸い込まれるような鮮やかさだった。
不意に円眞の頭に幼き頃が甦る。波にさらわれそうな小さな自分の下へ、両親が慌ててやってくる。危ないじゃないか、と海パンの父さんに抱き上げられる。勝手にいかないの、と母さんが甘く叱ってくる。親子で海水浴にいった記憶だ。数少ない楽しかった思い出だ。
彼女の碧い瞳にせつなくも忘れがたい感情が胸を満たす。美しい記憶を呼び起こすほど、とても綺麗だった。いつまでも見ていたいほどに。
事もあろうか円眞は戦闘中にも関わらず見惚れていた。すっかり隙だらけの状態になっていた。
敵にすれば不意を突くなら、今だった。
円眞にまたがられた敵の少女は目もとに力みを宿す。絶好の機会と捉えていた。ただまだ身体のダメージが酷い。思い通りに能力を発現できない。
けれども渾身を込めた努力の甲斐はあった。
もやもや白い霧が発生しだす。
円眞の背後で、やがて形を成しだす。
髪の長い白い女で足がない。
手には戦斧が握られている。
円眞は呆けているせいで、全く気づかない。
白き女が頭の後ろへ忍び寄っていく。両手で持つ戦斧を振り上げられていく。
イケる、と敵の少女が碧い瞳に確信の光りを閃かせた時だった。
「えんまぁあああー、あんた、なにやってのよぉおおおー」
おどろおどろしい真っ黒な怒りであった。まるで地の底から這い出てくるような姿を想起させる響きだ。
ビクッと円眞の顔に怯えが走る。
この街にいると変な声が出るようになるのか、と碧い瞳の少女は思う。
「やっと会えたのに……なによ、ヒドいじゃない……まさか女を襲っているなんて」
意識を取り戻した円眞は声の主を見た。
年齢は自分くらいだろうか。上は白のスポーツベストで、下は黒のショートスカートとロングソックスを履いている。スタイリッシュとした格好だ。普段なら爽やかな印象を持ちそうだ。
現在はぶるぶる震えて、肩までかかる髪が逆立つようだ。
しかも円眞の返答がさらに怒りをあおってしまう。
「あ、あのぉー、すみません。どちらさまですか?」
きぃーとばかり新たにやってきた女性が叫ぶ。
「あたしよ、あたし。なんでわかんないのよ」
「そう言われても困ります。感情的にではなく、きちんと問題点を明確していただかないと、こちらとしては対処に困ります」
円眞はお客様に対するクレーム対応を取ってしまった。常日頃の商売熱心さがここでは仇となる。
男女関係による感情のもつれみたいな事態だと考えを巡らせるべきだった。
マニュアル的態度は、よそよそしさを感じさせる。
少し気の強そうな彼女は猛る想いを否定されたと捉えたのだろう。ムキィーと顔を真っ赤にしてくる。たいていの目には、かわいらしい怒り方に映るだろう。
ただここは世界で知らない者はいない逢魔街で、現在は『逢魔ヶ刻』殺人でさえ不問とされる時間帯となっている。
危険極まりない場所となっていれば、ただの女性が一人でここまで来られるはずもない。
円眞の惨事はいっそう酷い方向へ加速していった。




