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第1章:碧の瞳ー001ー

 数日前に殺害された大富豪の続報が流れていた時だった。


 黎銕円眞(くろがね えんま)は気配を感じて、手を止めた。


 ぼさぼさ髪に太い黒縁のメガネをかけたこの若者は、一台しかないレジの前に腰掛けていた。狭い店内ながら棚に所狭しと並べられた様々な商品は、新品から程遠い物ばかりだ。『クロガネ堂』の看板を掲げる平屋は、いかにも古物商といった店構えである。


 たった一人で店番をしている円眞(えんま)は手にしたアンティークの置き時計を熱心に磨いていた。店内に響き渡るニュースも年代物のラヂオからだった。

 古物で溢れる商品棚の隙間から覗く格好で、円眞は気配の源を探った。

 フードですっぽり頭を覆う小柄な人物が店頭に立っている。腰元を優に越える長い丈の灰色コートは、遠目からでも判るほど薄汚れていた。


「あのぉ〜、なにか御用ですか?」


 珍しく円眞から声をかけた。

 古物店という商売柄、一見のお客さまは様子見で終わる場合が大抵だ。原則としてこちらからの売りつけないようにしている。商品は好きに検分させて相手の出方を待つことにしている。

 ただ薄汚れた風体に不審を抱いたことと、時間だ。この街だけが持つ特有の時間帯が間近に迫ってきている。


逢魔街(おうまがい)』そう呼ばれるこの街を知らぬ者は、もはや世界にいない。


 お客ではなく、別の用事で来たのかもしれない。

 円眞は自分がある方面において名を轟かせていることは、痛いほど承知している。もしかして助けを求めてきた人かもしれない。ひ弱そうで冴えない風采の自覚はある。探し当てたものの、あまりにイメージとかけ離れていて戸惑っている線も充分に考えられた。

 もう一度、声をかけてみよう、と円眞が口を開きかけたらである。


「オマエがクロガネエンマか」


 少々不遜な言い回しだが、声の質から少女な感じがした。

 そうです、と立ち上がりざまの円眞へフードから瞳が覗く。


 目と目が遭った途端だ。

 円眞の脳裏に碧い風景が広がっていく。

 雲一つない空の下に広がる眩しい海。見渡す限り輝く青が埋め尽くす風景の中で、幼き自分がはしゃいでいる。砂浜で父と母を元気な声で呼んでいた。

 それは円眞にとって家族揃って出かけた唯一の思い出だ。父と母がいた最後の記憶だ。

 懐かしさはほろ苦さを伴うが、決して忘れたくはない。

 店頭の碧い瞳に触発されて円眞は記憶の底へ沈んだ。夏の一コマに陶然とした面持ちを浮かべてしまう。

 もし下手に頭を巡らせていたら間に合わなかっただろう。無意識下だったからこそ咄嗟に繰り出せた。


 刃が激しくぶつかり合う音が鳴り響く。


 顔の間近で、円眞は受け止めていた。迫りくる半楕円の刃は重い。両手にした短剣で辛うじて喰い止めたものの衝撃は相当だ。

 操るは白き戦斧(おの)の柄を両手に握る真っ白な女性だった。


 チッと舌打ちが為された。したのは円眞へ迫る白き女でなく、店頭口に立つ碧い瞳の人物だ。

 渾身を以って白き戦斧を受け止めつつ、円眞は店先へ向けて懇願した。 


「お、お願いだから、店では、やめてくれないかな」


 戦斧で攻撃してきた相手はとても人間に見えない。髪が長い女性の形までは認められるものの、手にする戦闘具を含めて真っ白ときている。能力の賜物ゆえに宙へ留まっていられるのだろう。

 霊魂を代理人体として飛ばす具現系の能力か。そう考えれば発現先は店頭にいる人物しかおらず、訴えは自ずとフードを被る碧い瞳へ向かう。

 生命よりも店が大事な円眞である。願いが聞き届けられる可能性は薄くてもだ。所狭しと置かれた商品の保持を想い、お願いせずにはいられない。


 不意に、円眞の両手にする短剣へかかる圧力が消えた。振り降ろされた戦斧の刃が退いたためだ。

 見た目は軟弱な円眞であるが意外なほどの腕力だ。押し切れない、と碧い瞳の人物は判断したのだろう。判断をさせてしまったため、事態は最悪の方向へ舵を切られていく。少なくとも円眞にとっては、そうだった。

 より激しい打撃力を持って、円眞が両手にする短剣を吹き飛ばす算段に違いない。一度退いた白い代理人体は、体躯と同色の戦斧を勢いよく振りかざす。


 激しい破砕音が店内を駆け巡っていく。


 勢い余った戦斧の餌食は棚の商品であった。当たる部分が刃でなくてもひとたまりもない。斧頭によって年代物の陶芸品や陶器・雑貨が次々と砕け散っていく。

 さーと音が立ちそうなほど血の気が引いていく円眞である。動揺するまま止めるようと飛んだ。


 これがまずかった。


 振り上げられた戦斧の目標は円眞だ。それがタイミングよく消えれば、半楕円の刃は残されたモノを薙ぐ。レジから始まり傍に置いてあった商品は一網打尽といった塩梅だ。

 飛んだ円眞は己れの失敗に気づく。動かずに受け止めるべきだった。レジ近くの商品こそ受け渡し間近だったが、もはや後の祭りだ。


「な、なにしてくれるんだよー」


 半ベソで叫ばずにいられない円眞は両手の短剣を振るう。すっかり逆上していれば、ためらいない剣さばきだ。戦斧を持つ白い女性を、あっという間に三つへ寸断した。


 店頭にいるフードを被った碧い瞳の人物が苦しげによろめく。どうやら代理人体と思しき白い女性が受けるダメージと無縁ではないらしい。

 円眞は飛びかかり、柄の方で突き飛ばす。弱ってくれていたから刃を立てずに済んだ。何はともあれ店外だ。すでに手遅れとはいえ、これ以上の損壊を出すわけにはいかない。


 押し出すと同時に、フードを払う。まずは正体の見極めが先決だ。

 後退りながら露わになっていく容貌は、円眞の予想とかけ離れていた。

 女性である目星は付いていたから、意外に感じたのは性別ではない。耳に被さる程度の長さをした髪の色だ。瞳の色から欧米人を予想していたが、射干玉(うばたま)と評すべき見事な黒髪だった。肌は白いほうだが外見の感じとしてはアジア系である。


 かなりな美少女ときていた。

 けれども整う容貌が却って円眞の気を引き締めさせた。

 『逢魔街』と呼ばれる場所で、見た目に惑わされているようでは明日を迎えられない。かわいらしい幼児の姿をした殺戮者など、ここでは驚くべき存在ではなかった。

 円眞がこの街に来て一年が経とうとしている。アマちゃんが周囲の評価であるものの、ここで生きていく特異性は身に沁みているつもりだ。わかっているはずだった。


 次の攻撃へ入るべく円眞は、両手の短剣を構え直した。

 足をもつれさせながらも襲撃者が睨んできた。


 再び碧い瞳と目が遭った。

 円眞に柔らかな海が広がっていく。綺麗だな、と二度目であっても胸に湧き上がってくる感情を抑えられない。

 わずかとはいえ、またも隙を生んでしまった。

 

 円眞の目前に白き戦斧の刃があった。

 今度は背後にも戦斧とは別に、刀の切先が迫ってきていた。


 円眞は挟み撃ちに合っていた。


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