第2章:最凶らしい?ー008ー
「おいおい、あまり派手にやらかしてくれるな、妹よ」
砕けた掃出し窓から入って来たのは、バニラ色のハイネック・ニットセーターにグレイのジャケットを着た青年だ。緩めのスパイラルパーマをした髪型が決まっている。たいていの女性が猫を被りたくなるようなイイオトコであった。
「ちょっと、アニ……兄さん。いきなり、なにすんのよ!」
「なにするって、こっちのセリフだぞ。前に約束しただろ、人さまに迷惑になる襲撃はしないって」
黛莉の抗議に、ほとほと呆れたといった調子だ。
この場を収めてくれた侵入者に、円眞は心底から安堵の息を洩らした。
「来てくれてありがとう。助かったぁ〜」
「こちらこそ妹が不始末を仕出かしたみたいで申し訳なかったな、親友」
おい、円眞、と呼ぶ声がする。繭から顔出すような雪南が「誰だ」と訊いてくる。
「こ、この人は和須如夬斗さん。アスモクリーンの社長さんで、仲良くしてもらっているんだ」
「なんだ仲良くだなんて水くさいな、俺たち親友同士じゃないか」
夬斗の笑いながら言う横で、雪南は初めての懇願を見せた。
「ワタシの負けだから、さっさとこれを解いてくれないか。まだ食べている途中だ」
食べ物の前ではあっさり観念するらしい。声が終わるやいなや、雪南を拘束していた繭は解けて消滅していく。
あー! いきなり雪南が叫んだ。
これで問題なくなったと踏んだ円眞だけに叫びには驚いた。解答は直ぐに得られた。
「ごはんがない」
いかにも無念といった雪南である。あと一口もなかったように円眞は思うのだが、がっくり肩を落とす姿は哀れでしかない。
居合わせる誰もの同情を引く、見事な落ち込み方だ。
「雪南って、言ったか。すまなかった。お詫びに奢るから、それでいいか」
透かさず夬斗が気前いい申し出をしてくる。
顔を上げた雪南に喜びの色は浮かんでこない。
「ワタシは円眞の作ってくれたものが、好きなんだ」
「ほら、ほら、ほらー」
黛莉が合点がいったかのように騒ぎだす。目を怒らせてくる。もし繭に囚われていなければ、絶対に暴れている。
「やっぱりデキているじゃなーい。ダサダサでさー、ぜんぜん女の子と無縁そうな顔してさー。なによー、弁償できないのをいいことに、うまく調教するなんて、そんなオトコだなんて、すっかり騙されたー」
調教とくるか、と夬斗は顎を撫でながら感心したように呟いている。
円眞は、もちろん反駁した。
「そ、そんなじゃないよ、雪南とは」
「ウソ、ウソ、ウーソ。なによ、名前で呼びあっちゃってさ。あたしだって、そんなことデキないのにー」
「ま、黛莉さん。ボクのことを呼び捨てにしているよね」
「なに言ってんのよ、あたし苗字だもん、名前だけの呼び捨てなんて出来ないわよー。それに、あたしのことは、さん付けじゃん」
「ちょっと待て、妹よ」
割り込んだ夬斗は、自分が施した繭から頭を出す黛莉をまじまじ見つめながら質した。
「オマエ、親友に惚れているのか」
固まった空気が言葉はなくとも答えを雄弁に語っていた。
「う、うそぉ〜」
円眞の信じられないとする反応だ。
これには黛莉が我慢ならずと口を開いた。
「ウソじゃないわよ。ていうかー、ふつう見ててわかるもんでしょー」
円眞だけでなく夬斗も一斉に首を横に振った。
息の合ったリアクションに、黛莉はさらに苛立っていく。
「なんでー、けっこう前からだったんだから、わかってよー。あれだけいろいろあってさー、女の子の気持ちが動かないなんて思うほうがおかしくないっ」
そう言われても、といった円眞の表情だ。その肩に、ポンっと手を置いた夬斗である。
「ムチャクチャ言っているが、初恋なもんで許してやってくれ。でも俺としては、親友とくっ付くことには大賛成だ」
夬斗の口調が真剣だったせいだろう。
我に返った黛莉だ。傍目で分かるほど、顔中へ血を昇らせていく。
円眞としても、どう反応すればいいか不明だ。ただただ汗をかくばかりである。
「ごはん」と声がする。
まったく脈絡ない言葉を発した主へ、円眞と和須如兄妹の視線が向く。
「ごはんはどうなっているのだ。ずっとお腹をへらしたまま我慢しているのだぞ」
雪南があと一口だけだったはずの茶碗と箸を突き出していた。