【これからを考えま章】ーその4ー
全体の良い感じの空気に抗うべく彩香はぶち上げた。
「あんた、体で払うにしても、えんちゃんでなく外で稼いできなさいよ。いいもん持っているみたいだし、店、紹介するわ」
「ちょちょちょっっと、彩香さん」円眞が止めに入る。
「それは断る」雪南もきっぱりと返した。意外なくらい口調は強い。
けれどもこの程度で、そうですかと彩香はならない。
「こっちとしては勝手にえんちゃんとやってチャラにしてもらっては困るわ」
「というか、なんで彩香に言われなければいけない。この店はエンマのものだろ」
ふんっと息巻く雪南の疑問には、円眞が答えた。
「僕は店長なだけであって、オーナーは彩香さんなんです。こうして仕事して生活できるようしてくれた大恩人です」
「待て待て、ちょっと待て。エンマ、それは短絡すぎると思うぞ」
「どういうことです?」
「エンマを見込んでお店をやらせ、稼ぎを得ているとも考えられる」
うーむ、と円眞はちょっと考え込んでからだ。
「でも僕なんて得意なものもなく、資格すらも持ってません。彩香さんがお店を貸してくれなかったら、今頃なにしてたか、想像もつきません」
「なにを言う。エンマの店は立派だったぞ。ワタシが時間を間違えて襲撃しなければ、これから順調に発展したはずだ」
雪南が犯した失敗に自覚があるかどうか微妙な言い回しをしてきた。
けれども円眞には激励として届いていた。ありがとう、と裏のない感謝を口にした。
だから彩香なんかは向っ腹が立つ。
「そういうわけで、あんた、私が損害賠償を求めて当然な立場にあるの、わかったわね」
「そこは理解したぞ。でも、断る」
頑として雪南は譲らない。
もちろん彩香も引っ込む気はない。
「イヤですませられないほどの損害を、あんたは出したわ。さっさと体張って、金を作ってきなさいよ」
「そうはいくか。なぜならワタシはパーパから愛というものを教わっているからな。気のない男と抱き合うのが無理なうえ、致命的な弱点がある」
「なによ、致命的な弱点って……」
興味は会話相手の彩香だけでない。周囲で聞き入っている円眞と和須如兄妹も前のめりになっていく。
ふっと雪南はわざとらしい顔つきをした。
「ワタシだぞ、こんなワタシだぞ」
「だから何が言いたいの」
「客商売が出来るわけがないだろ。変なことされたら、ワタシのマーマでぶった斬ってしまうくらいわかるだろ」
雪南は言い切ってから、そうだよなと円眞へ同意を求めるみたいに顔を向けた。
「確かに無理でしょう。雪南はこんな性格なので、お客さんがかわいそうです」
「さすがエンマだ。ワタシのことをよくわかっている」
黛莉にすれば、なにこれ? な気分だ。
彩香にすれば、冗談じゃないわ、と感情は発火寸前だ。
マーマか……と夬斗は口の中で呟いてから、揉め事にならないようクロガネ堂オーナーへ提案をする。
「これ……雪南だったな。たぶん強要したら問題を起こして面倒になる。せっかく華武奇団も彩香の処遇をしばし保留してくれるとなったんだ。しばらくはおとなしくしていたほうがよくないか」
「あら、なに。ずいぶん恩着せがましいじゃない。確かに助かったのは夬斗の能力糸のおかげに違いないわ。でも感謝するのは私だけでなくて、あの品のない連中もするべきよね」
「俺は別に優里さんたち華武奇団へ礼は言っても言われる筋合いなんかないけどな」
はてと夬斗が首を傾げれば、彩香はせせら笑う。雪南と対するより態度は辛辣だ。
「夬斗がその気になれば華武奇団なんて瞬殺できたわ。ううん、あいつらだけじゃない、私だって殺すなんてたやすかったでしょう。なにせ最強と評判の能力なんだから」
困ったなとばかり夬斗は頭をかきながらだ。
「俺がそんなヤツだったら、彩香。おまえには敵わないとなってしまう」
これ以上にないというほど彩香は目を見開いた。
「夬斗は……私の……知っていた?」
「まあな。クラスが一緒だった時から、な」
彩香は押し黙り、夬斗も今までになく真剣な様子だ。
なにやら重苦しい空気が漂う。
円眞と黛莉は何か言いたいが思いつかない。だから口が開かない。
うむむと雪南ですら場を読んだ。だが上手い言葉が見つからなくても、じっとはしていられない。つまり黙っていなかった。
「夬斗と彩香に何があったか、ワタシはスゴく聞きたい。だけどここに住むなら過去はなしでいかなければならないのだろ。残念だ」
最後に本心を吐かなければ、株は上がっただろう。それでも時には何も考えず動いたほうが良い例となった。
「あたしも我慢する。妹としては、とっても聞きたいけど」黛莉の口調は明るい。
「スゴいです、雪南は。ちゃんと我慢できるようです」円眞の発言は名前を出した人物に引きずられたみたいな微妙さだ。
もっとも雪南が「ワタシだってデキるのだ」と鼻高々な様子を見せてくる。
どっちもどっちだから、夬斗と彩香も肩の力が抜けた。ちょっと笑みが浮かんだところで前者が提案してきた。
「黝鐘店長。雪南とうちの黛莉を加えた二人で損害分だけこき使うで、どうだろう」
名指しされた円眞は有難いとした顔をしたものの、うーんと唸る。
「お任せしたい仕事はありますが……でも危険がないとは言えません」
「ここで生きていくなら危険が隣り合わせなくらいで一々騒いでいられない。第一この二人が一般的に役立つことがあるなんて思えないしな」
ちょっとぉーと黛莉は不服そうだ。
横の雪南は躊躇なく首肯していた。
「ワタシのスゴいところはノウリョクしかないぞ。だからエンマ、役立てるがいい」
「雪南ぁ〜、あんたにプライドないのぉー」
それはどうなのよとする黛莉の指摘にも。雪南は胸を張ったままだ。首を横に振る。
「ないな。ワタシはナニもデキナイやつだ。だからこれからお世話になるエンマのためなら危険くらい厭わないつもりだ」
あれ? となった者は黛莉だけでなく名前を出された円眞も含まれた。
「これからお世話って、雪南。僕は何をどうすればいいのですか?」
人の良い返事には、どストレートな回答があった。
「衣食住の面倒を見るだけだ。その代わりワタシは円眞のために生きるぞ」
図々しいと取るか、途轍もない誓いを立ててきたと見るか。
どちらにしろ雪南の申し出をどう受け取るか、クロガネ堂店長の反応をオーナーの彩香と和須如兄妹は固唾を飲んで返事を待った。
* * * * * * *
雪南をどうするか? 店内では円眞の判断を待っていた、ちょうどその頃だ。
クロガネ堂を眺める人影があった。少し離れた雑居ビルの屋上で四つ並んでいる。赤い夕陽を背に、黒いシルエットで浮かび上がっていた。
うち長い髪と体型から唯一の女性と思われる人物から一言がもれた。
必ず殺してやるわ、と。




