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第2章:最凶らしい?ー006ー

 昨日に引き続き雪南(せつな)をおぶってアパートまでの帰り道を行く円眞(えんま)だ。


 黒き怪物は退治したものの、店を開け続けるというわけにはいかなくなった。やり残しの仕事は明日へ回すこととする。

 とりあえず円眞は店を閉める前に、昨日のトラブルから目処がついた商品の説明した。


 陶器収集が趣味な内山爺(うちやまじぃ)が求めていた波佐見焼の器セット。ある職人のファンらしいが、流通量は少なく、しかも年代物らしい。直弟子のものでも構わないとして用意したものが破壊された。再び問い合わせてみたら、まだ確実ではないが目指していた職人自身の手によるものが出てきそうだと思わぬ回答だ。ただし値段は倍以上になる。

 構わないどころか喜んでくれた内山爺だ。元々が高い品物ではなかったから、全然大丈夫らしい。棚からぼた餅とはこのことですな、と自ら口にしていたくらいである。


 多田爺(ただじぃ)へ用意していた年代物の置き古時計。前日の騒動で半壊状態へなったが、故障した同じ時計を所持した個人経営店を発見した。うまく部品が合えば修復が可能かもしれない。

 とても喜んでくれた多田爺だ。まだ現物を確認していないから判断は早すぎる。それでも昨日今日でここまでの対応を見せた円眞の仕事ぶりを褒め称えていた。


 問題は、ジャズを中心としたレコーード収集の華坂爺(はなさかじぃ)である。他の二人は手が打てたものの、こちらはさっぱりだ。依頼品が、色を誤って印刷したジャケットときている。流通数が少ないうえに回収までされていた。用意できたのが奇跡みたいな代物だった。

 この小娘が、と憎しみの目を向ける華坂爺に、円眞の緊張は高まる。また刃を仕込んだ杖を振り上げられてはたまらない。引き続き頑張る旨を懸命に訴えて、引き揚げてもらった。


「なぁ、円眞。ジィさんのレコード、やっぱり見つけるの大変そうか」


 背中から雪南が思いついたように尋ねてくる。

 西の夕焼け空をメガネに反射させて歩く円眞は明るく答えた。


「き、気にしなくていいよ、これからさ。それより制服、買いに行かなくて良かったの?」

「こんな身体でいっても、面倒なだけだ。まともな時に行くとしよう」

「じゃ、じゃぁ、明日。店を開ける前に買い行こうか」

「円眞はいいやつだな。だからワタシ以外のヤツに殺されてはダメだぞ」


 しみじみと返す雪南の表情を見られたら、円眞の印象はまた違ったものへなったかもしれない。けれど顔が窺えない体勢であったから、いつも通りだ。


「が、頑張ってはみるよ。できるかどうか分からないけれど」

「それでは困る、殺されないと約束してくれ!」


 思わぬ激しさに気圧されて、円眞は了承の返事をした。

 そんなふたりが、長年の風雨によって文字が褪せた木札を掲げた門へ辿りつく。『倉橋荘』と表記されている横を通り過ぎて、建物に備え付けられた鉄製の直階段を登っていく。廊下の一番奥まで行って、ドアを開けた。

 玄関と一緒になったキッチン間だ。奥に六畳の和室が隣接している。安アパートの典型的な間取りであった。


 円眞は靴を脱がせた雪南を、まず畳部屋へ降ろす。それから掃出し窓を開ければ、ベランダに干した洗濯物を取り込む。これから女性ものの下着はどうするか、悩みどころだ。近所の目があるし、下着泥棒もいる。身柄を引き受けてみれば考えなければいけないことが次々に出てきた。落ち着くまで時間はかかると覚悟しなければならなさそうだ。

「えんまー、ゴハンはまだか」といった声もある。


「洗濯物を片付けたら直ぐに」と円眞は返した。

 押入れ下段の衣装ケースに放り込めば台所へ向かう。帰宅してからも忙しい円眞だ。生活はかつかつながらも、古物商といった商売柄、家電製品は安くを手に入れられた。そうでなければ電子レンジなど置けなかった。

 今晩は冷凍ご飯を解凍するとして、他をどうするか。エノキとお麩の味噌汁にするとして、おかず一品ぐらいは用意したい。ほうれん草にピーマンともやしをペペロンチーノ風に炒めたものにするか。


「おい、円眞。なんか手伝うことはあるか」

 雪南がトコトコと台所に立つ円眞の背後へやってくる。血が付いているにも関わらず、まだピンクのブルゾンは着たままだ。余程気に入ったらしい。


「も、もう身体は大丈夫なんだ、今日は早いね」

「どうやら慣れるみたいだ。歩いて、もう持つぐらいはデキるぞ」


 仔犬が尻尾を振るみたいな雪南だ。食事をねだる時は人間もペット同様になる例がここにある。

 じっと後ろに立たられては邪魔でしかないから、円眞はテーブルへ茶碗などの用意を頼んだ。ちょっとした日用品を揃えるに、現在の商売はとても役に立つ。


 炒めものを置き、ご飯と味噌汁を装えば、お待ちかねである。

 円眞は生卵を割って、空のお碗に落とす。

 おお〜、と唸る雪南だ。碧い瞳が輝くようである。

 この反応は円眞にすれば、とても助かる。

 卵かけご飯が、えらいお気に入りだ。変に雪南の舌が肥えていなくて良かった。生活がぎりぎりのところへ、食事込みで面倒をみるわけである。食費は抑えられる限り抑えたい。

 昨夜、雪南が初めて卵かけご飯を食べたそうだ。最高の食事だとする姿に、ほっと胸を撫で下ろす。しばらくでも、いやずっとでもいいくらいのリクエストは有り難いほど安上がりだ。


 食事の準備が整えば、ふたりはローテーブルを挟んで座った。畳に、円眞は正座で、雪南は女の子座りだ。いただきます、と二人揃って両手を合わせた。

 挨拶が終わった途端に、雪南は卵かけご飯をかき込んでいく。つい表情が緩む円眞も箸へ手を伸ばす。


 箸をつかむまでには至らなかった。


 雪南! 叫びながら円眞は、箸と茶碗を離さない相手を抱きかかえた。

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