序章ー黄昏に異相する街ー
いつからだったかは、わからない。
予兆はあった。
ただ日常と片付けられる規模、もしくはそれに準ずる類いでしかなかった。
世界は暴力を強化する能力を所有した者を輩出し続けている。
無秩序な狼藉は驚くに値しない。
ただ重ねられる数が尋常でなくなって、指摘が生まれた。
ある特定の地域に集中している点も取り沙汰された。
新宿・渋谷を中心に中央・千代田・港区のある地域まで含む街。都心とされる場所の一部を切り取った区域が対象だ。陰惨極める理性を喪失した犯行の数々に、報告される摩訶不思議な現象が頻繁化してくる。
問題は場所だけでないことも判明した。
十五時から十九時といった時間帯に問題視すべき現象が集中して起きている。ほぼ夕方とされる間だった。
公的私的関わらず乗り出した機関が手に負えない状況になっていた。
調査や取り締まり等で送られた者が、もれなく発狂しだす。ネットワークといったあらゆる回線や電波が原因不明の使用不能へ陥る。時間内に撮影された画像・映像などの記録データも消滅する。
ここは夕方になるとブラックアウトし、管理を目的としてやってくる者を廃人にしてしまい、情報の持ち出しは不能となる。余人の制御を受け付けない。法を適用しようにも確認できない有り様である。
まさに無法地帯となった。
しかもただ犯罪が横行するだけではない。
この世ならざることが発生しているようだ。
確証が示せないため、噂の域からは出ない。出ないが証拠を提示できないだけで、証言数は日々更新されていく。
いつからか、黄昏時になると不可思議な様相を見せる地域は、こう呼ばれるようになった。
逢魔街。
厄禍を蒙る、もしくは魔物に遭遇する意味合いの表現を当てはめた俗称が通称へ変わって既に久しい。
訳わからぬものに恐怖するが人間である。しかし解決できない事柄を素通りできることも人間の特性である。
今や人類史上他に類を見ない「街」として、世界へ認知されるまでに至っていた。
平穏ならざる生き方を強いられる場所となってもなお、あらゆる人々が集い暮らしていた。