【たぶん運命の出会いで章】ーその1ー
能力研究関連の支援者として世界的な著名人が暗殺された。犯人はまだ捕まっていない。世間の注目をもっぱら集めていた。
今日も続報をラジオは流してくる。
黝鐘円眞はニュースを背景音楽としながら骨董置時計を磨いていた。ゴシック建築に通ず外観の真鍮製であれば、ちょっとした手入れで見栄えが変わる。お返しの際に喜ばれる姿が浮かべば、ぼろ布を持つ手に力が入る。
誰かの力になりたい。お客様には商売の枠で留まらない笑顔を浮かばせたい。
父さんの意思を受け継ぎたい。
そんな想いが嵩じて始めた『役立ち屋』だ。開いた『クロガネ堂』だ。ようやく商売が軌道に乗ってきた。
僕はこれからだ、まだ終われない。
円眞は拭く手を止めた。黒い太縁メガネをかけた顔を向ける。
わかりやすいほどの殺気がなだれ込んできていた。
自分はどうしても敵意から逃れられない。立場は理解している。
殺害が許される時間まで、まだ少しある。
相手は店の入口に立っていた。
クロカネ堂は古き万屋の体裁を取っていた。二階建ての木造建築だ。ビル街に紛れ込むように、ポツンと建っている。
扉は硝子の引き戸だった。自動ドアではない。当世において珍しいかもしれないが、店先で物を売ることは多くない。店内に並ぶ商品の大半は保管の意味で置いている。店舗より倉庫としての役目がほとんだ。天気のいい日は扉を開けっ放しにして風を通す。
午後の三時までは。
そろそろ戸締まりの頃合いであれば、ちょうどいい。
入口に足をかけた人物の顔は見えない。鼠色と形容したくなる汚れたフードコートで、すっぽり頭から足首まで覆っている。小柄としかわからない。
あとは強い殺意を放ってきているくらいだ。
まず能力者と見て間違いない。
ここ逢魔街は午後三時から午後七時まで、あらゆる法律が適用されなくなる。犯罪も例外ではなく、殺人でさえ裁かれない。
心置きなく能力バトルが展開できる時間帯であった。
相手が円眞を狙ってきた理由は不明だ。個人的な怨恨かもしれないし、単なる力試しかもしれない。なんにしろ時間まで、まだ間はある。
ともかく殺し合う場所を変えよう。
円眞とすれば、ここで始めるわけにはいかない。店内は絶対に避けなければならない。お客様に笑顔をもたらす大事な商品が埋め尽くしている。
店の前でしようと提案しかけた。
えっ、と円眞はもらした。
目の前に全身真っ白な髪の長い女が浮遊していた。足が存在しておらず、幽霊そのものとした姿形である。世間に流布するイメージから離れた特徴があるとしたら、武器を持っているところだろう。
半月型の刃を持つ戦斧を両手で握りしめている。
幽体を飛ばす能力のようだ。敵の攻撃とする手口はこれで読めた。
と、冷静に分析したところで円眞は気づいた、気づいてしまった。
自分の手の中にあった物が、どうなっていたかを。
「ああああ、あわわわわわわー!」
手の中に分断された骨董時計が残っていた。思いがけない攻撃に、商品を守るどころか盾にしていた。条件反射とはいえ、咄嗟に掲げてしまっていた。
痛恨の極みとした円眞は一瞬ながら隙が生まれていた。
敵にすれば好機だ。けれども鼠色のコート姿がやや身を引いている。円眞の唸りは奇妙すぎたゆえ、たじろがせたようだ。不幸中の幸いだった。
もっとも当人にすれば元凶は不幸以外の何物でもない。
「なに、しますかぁあああー」
つい子供の喧嘩みたいに叫んだ。これが、まずかった。
はた、と敵が我に返る。円眞の声のせいだ。再び攻撃開始となった。
白い幽体が上からでなく横振りを狙ったせいで悲劇は起きた。手にした戦斧に勢いをつけるためだろう、後ろへ思い切り引く。狭い店内だ。穂先や槌頭が商品へぶつかる。棚ごと払っていく。骨董品が派手に砕けていく。
「ひょぇひょぇえええええええー」
悲嘆も行き過ぎれば可笑しいと証明するような絶叫が挙がった。つまり円眞はそれほど慄いていた。クロガネ堂を開店してから、これほどの惨事は初めてだ。血の気どころか体内中の液体が引いていく。
白い幽体が自身の色と同じ戦斧を振ってきた。
今度こそ標的の円眞を捉えた。
と、思われた瞬間だ。
ガキンッと金属のぶつかり合う重い響きが立つ。
なにっ? と店入口のグレーコートが驚きをもらす。これで幽体を飛ばす能力者であることが確実になった。
白き戦斧は一本の短剣によって受け止められていた。
円眞の能力は『剣の顕現』念じただけで、その手に剣が現れる。
破壊された骨董時計を手放すと同時に短剣は握られていた。
ただしグレーコートの敵が驚いていた点は円眞の能力に対してではない。
「なぜだ。なぜ、ワタシのセンプを受け止められるっ!」
どうやら戦斧の威力に絶大な信頼を置いていたらしい。
円眞はそれを片腕一本で防いでいる。体格が優れているどころか、線の細そうな中背で黒縁メガネをかけている。白シャツに濃紺スラックスと身なりはきちんとしているものの、全体的に貧相感が否めない。いい大人なのだろうが、虚弱な男子とする面影が濃い。
見た目では計り知れない腕力を有しているに違いなかった。
円眞からすれば声を聞いたことで希望を見出していた。
話せばわかってくれるかもしれない。
甚だ甘い見立ては、きちんと報いを受けるはめへなった。




