表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

第八話・現実感のない現実

最終話です。

ここまで読んでいただいた皆様に感謝します。

「大丈夫? 顔色悪いよ」

 リクライニングシートから起き上がると頭の中がくぐもっていた。彼女は窓の腰に肘を立てかけていて、僕を覗き込むように顔を近づけていた。

「ああ、大丈夫。もう、ここは宇宙の中?」

 ゆっくりと頭が目を覚ます。拒むように頭が痛くなってくる。僕は辺りを見回した。機内は小さい旅客機のように綺麗に整えられていて明るく、二列のシートが並んでいた。

「そうだよ。もしかして記憶まで無くしちゃったの?」

 彼女は僕に体を近づけて言った。意識を失う前のことを僕は必死にたぐり寄せた。僕が意識を失ってしまったのは、ずっと眠っていなかったからだった。航空機に乗るのが初めてだったから、昨日は緊張して眠れなかった。今日の朝になって彼女と一緒に成田空港からフロリダまで行って、そこからバスにのって馬鹿でかいスペースシャトルに乗った。そこまでは思い出せたが発射のときは思い出せなかった

「きっと長旅で疲れてたんでしょ?もったいないなあ、発射するときに意識失っちゃうなんて。ほら、あっちに地球が見える」

 彼女は左斜め後方を指さした。僕の視界を覆うほどの大きさの地球が目の前をゆっくりと回っていた。暗闇に反転するように写る海の青は僕の自我を溶かしてしまいそうだった。声にならないほどの威圧感と安心感があった。そして僕は宇宙にいるのだと実感できた。

「ほら、あれ見てよ」

 彼女は僕の前に身を乗り出して左前方を指で指した。その先には、見たことのない大きく輝く星があった。

「あそこにあるのがシリウス。地球から見える一番大きな蒼い星なの。で、あっちにあるのはカノーブス星。二番目に明るい星なんだけど高度が低すぎて普通は見えないんだよ。何で色が違うのか判る?」

「いや、判らない」

 自然と僕は首を振った。

「シリウスはもうすぐ死んじゃう星なの。カノープスの場合は太陽に似て黄色っぽく見えるでしょ? これは炎が燃える時の赤と青に似ているの。炎は温度が高い所は赤くなって低い所は青く見えるでしょ? シリウスはもう惑星自身に燃やすエネルギーが無くなって、燃え尽きようとしている所なの。つまり温度が低いの。だから青っぽく見えるの」

 彼女は自信満々に言った。僕は大きく息をしてじっと覗き込む。

「すごいんだな。なんか判らないけど、心が洗われる感じだね」

「もしかしたらあの星もう死んでいるかもしれないんだ。ここからシリウスまでの距離は8光年と言われているの。つまり光が進む速度で8年かかる距離って事。言い換えれば、私たちが今見ている光は8年前の光なの。カノープスなんか300光年。今見てる光が1700年に放った光なんだよ」

 饒舌にしゃべる詩杏は可愛かった。彼女は幸せそうなため息をついて散らばった星たちを瞳で拾い上げた。

「宝石箱みたいじゃない?」

 彼女は窓辺を見ながらどこまでも深い目で星たちの光を吸収していた。そんな光景が、僕の奥の奥まで締め付ける。僕は慌ててポケットを探る。そこにはちゃんと小さい箱が入っていた。僕は想像する。彼女が僕の用意した指輪を受け取って指にはめてくれる姿。そして首を振り断られる自分の姿。不安と期待が錯綜する。僕は彼女に指輪を渡す決意をした。

「なあ、渡したい物があるんだけど」

 彼女は変哲のない顔で振り向く。喜んでくれるのか、それともただありがとうと言われるのか、どうして?って聞かれるのか。いろいろな場面を想像する。

「これさ、受け取って欲しいんだ」

 小さな箱を彼女の目の前に出して、蓋を開こうとした。その時だった。突然機内の明かりが消灯し聞き覚えのない声でアナウンスが流れた。

「皆様、緊急放送です。直ちにシートベルトをお閉めください。タバコをお吸いになられている方もすぐお消しください。当機に隕石が接近しております。衝突を避けるため、間もなく急加速いたします。動力確保のために重量装置も一時停止いたします。シートベルトは必ず締めてください。間もなく当機は緊急加速します」

 辺りは途端にざわめきだした。

「え、なに? どういうこと?」

 非常灯のおかげで何とか彼女の顔を見ることが出来た。彼女が真っ暗な中で辺りを見回していた。機内の温度が冷えた気がした。暖房が弱くなったのかはわからない。震える手でシートベルトを閉め、両手を膝掛けに置いた。

「どうしよう怖い」

 僕の腕に詩杏の体が乗っかる。

「大丈夫だよ」

 なんとか平静を保って詩杏の体を抱きしめた。耳の奥にエンジン音が突き刺さり、体がふわりと浮かぶと背もたれに引き延ばされた。機内の電灯も殆どけされて詩杏の顔を確認するのがやっとだった。詩杏は首を反らしじっと窓の外を見ている。

「ねえ、あれじゃない?」

 不自由な体を何とか彼女の近くに寄せて、僕も窓の外を見た。

 窓の外に見えたのは酷いニキビ面した隕石だった。比較物が無いおかげでどれぐらいの大きさなのか検討も付かなかった。石ころのようにも見えるが、地球のようにも見えた。正確に言えば隕石は近づいて来ているのであろうが、大きくなっているというのが正しい表現に思えた。徐々に隕石は左の方向へと移動していき体も左の方に押しやられた。船体が曲がろうとしている。詩杏は僕に押しやられ「痛い!」と言ったが僕の意識は隕石が離れていく事に集中していて、徐々に安堵感が満たしていくのを感じた。ゆっくりと遠心力は弱まっていき、浮いた体は重さを取り戻した。電力が回復し、船内に会話が戻り、機内は落ち着きを取り戻した。詩杏を覗き見るとまだ窓に顔を近づけていた。

「よかったな。なんとか隕石は避けられたみたいだ。ところでさっきの話なんだけどさ」

 呼びかけてても詩杏がこちらに顔を向ける事はなかった。

「まだ、終わってない。こんな地球の近くで隕石が通るなんてありえないよ。やばいよ絶対地球に墜ちるよ」

 僕は再び窓の外を見た。隕石は地球の横にあった。そして段々と小さくなっていっていた。軌道的には地球には向かっていなかった。

「この軌道なら大丈夫なんじゃないの?」

 顔に掛かった前髪を左手で払いながら詩杏は僕に向かって叫んだ。

「判ってない! 地球には引力があるのよ?」

 僕は無言でシートベルトを取り、窓に張り付いた。隕石は詩杏が言っていたように地球に向けて吸い込まれていった。そして音もせずに消えていった。僕と詩杏はお互いの顔を見合わせた。知らせなきゃならない。と思い僕は立ち上がった。

「おい、隕石が地球に落ちたぞ!」

 僕の声に機内は途端にどよめき始めた。

「地球の人たちだって判ってるはずだし、きっと打ち落としたよな」

 腰を下ろしながら言った言葉は切れかけた電球のように弱々しかった。

「そんなの私に分かるわけ無いじゃない」

 詩杏は首を振って頭を抱え込んだ。何とかしなければならない。

「俺、乗務員に聞いてみるよ。地球と連絡が取れるはずだから……」

 詩杏は顔を揚げてゆっくりと頷いた。席の間から身を乗り出し艦首を見るとすでに乗客が詰めかけていて乗務員が必死に対応していた。

「おい。どうなってるんだよ。航空会社の責任なんじゃないの?」

 肥えた男がハンカチで額を拭きながら叫んでいた。寝癖の付いた小さな子供がどうしたらいいのか判らず辺りをうろうろ見回っていた。乗務員は両手を前に出し落ち着けようと叫んでいたが、乗員のフラストレーションは高まっているようだった。何か情報を……と思い立ち上がろうとすると、力なく服を引っ張られた。詩杏は反対の手で口を押さえて首を振った。詩杏のあのどこまでも透き通った黒い瞳が濁っていた。

「地球が燃えちゃってる……」

 力の無い声で詩杏は言った。思わず僕は反発する。

「燃える? 水の惑星が燃えるわけ無いでしょう?さすがに」

 地球の九八%は水なのにそれが全て蒸発するわけがないだろう?と僕は付け足すつもりだった。その時船内を眩しい光が覆った。僕は思わず目をつぶった。ざわざわと騒いでいた声も静まった。目を開けるとコーラが飲みたくなるような黄金色の光が船内に差していた。目を閉じても眩しいと感じる強い光だった。次第に目が慣れて、僕は窓の外を覗いた。

 地球の姿は燃えているという表現よりは爆発しているという方が正しかった。縁に行くほど赤々として、風船が無限に破裂を繰り返しているような状態だった。

 人類が生きていた形跡は無くなっていた。まさに人が死んで星になっていた。夢であって欲しいと僕は目を擦ってみたり目を閉じたり、顔を拭ったりした。でも地球は太陽二世のままだった。そしてまた突然にしゃっくりが飛び出した。僕は当たりを引いた日の感情が巻き戻った。ふざけるな。こんなのあっていいのかよ。せっかく何もかも上手くいき始めたのに、何でこんなことが起こるんだよ。

「こんなの現実じゃねーよ」

 僕は大声で叫んだが、詩杏から言葉が返ってくることはなかった。僕はさらに語気を強くして懇願するように言った。

「なあ、嘘って言ってくれよ」

 そう言って振り向くと、彼女は壊れた目で宇宙戦艦ヤマトを歌っていた。

 現実感のない現実だけが僕の目の前に広がっていた。



最後までお読みいただきありがとうございました。ご感想・ご指摘受付中です。僕としては最後のオチがちょっとうまくいっていないかなと思うので、次書く作品はもっと構成を練って書いて行きたいと思います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ