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昔馴染の犬系クール美人が俺にベタ惚れなせいで修羅場になった  作者: 夏目くちびる


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004 青いクラゲだけが二人を見ている

「それで、あの日のことがどうしたんだよ」


「私の恋バナの件だよ、それが全部なの」


「了見が読めねぇな」


「……わざと言ってるやろ」



 有坂は、不貞腐れたように酒を煽る。どうやら、追加の質問は封じられたようだ。



 俺は、再びタバコを吸って今の記憶のどこに答えがあるのかを考えようと思ったが、酔った頭では冷静な判断が出来ない。ペシミストとは、ある種のロマンティストなのかもしれない。結論が悲観的でなければ否定し続けてしまうのだから、ある意味、パッパラパーな妄想で満足する連中と俺は同じなのだ。



 無論、それに気が付いたのも大学生となった後であったが。



「城田君。私は、あなたのことを友達と思ったことなんて一度も無かったよ」



 ……有坂が、蕩けたような口調で唐突に言った。



「はぁ? 急に何だよ。そこまで心折られるようなこと言ったつもりはないぜ?」


「だって、本当のことやけ。私は、城田君を友達と思ったことはないもん」


「ふふ、そうか」



 実を言えば、俺は少しも傷ついちゃいなかった。どうせ酔っ払った有坂の嘘っぱちだと気が付いていたし、ならば、今日はこれ以上一緒にいるのも面倒だと感じたくらいだ。



 注文用の端末で会計ボタンを押すと、店員さんが来てくれた。一万円札を挟み、再び店員さんへ返す。釣り銭を受け取ると、俺はふにゃふにゃ笑ったり怒ったりする有坂の肩を担ぎ、店を後にした。



「家、どこだ? 遠いならタクシー乗せるぞ」


「ポートハイムっていうマンション」


「……マジかよ」



 本当に俺と同じマンションだった。



 俺が後から引っ越してきたのだから偶然なのは間違いないのだが、それにしたって出来過ぎな話だと思った。



「まったく、酔っ払ってんなら顔色くらい変えろよな。こっちだって、ずっと素面と勘違いするだろうが」


「うぃ〜」


「おら、帰るぞ。フラフラしてんなよ」


「やだね〜。城田君、そんな言い方ばっかりしょーから怖がられるやろぉ。女の子にはもっと優しくしょった方がいいよ」


「恋人にはそうして来たつもりだ」


「……出来てないからフラレたんだがね。まったく、仕方のない男だよぉ」



 心做しか、有坂が俺を掴む力が強くなった気がしたから、俺は支え直して抱き抱えるように住宅街を歩いた。こんなフラフラになるまで飲むとは。止めなかった俺も俺だが、相当にストレスが溜まってそうだ。



 もちろん、その理由の一旦が俺にあることくらい、少しくらい理解しているがな。



「そういうお前は結婚してるのか?」


「しちょるに決まっとろぉ!! 私もいい歳やからね!!」


「……そうか」


「うふふ、うっそ〜ん。私は城田君が気が付くの待っとったんだも〜ん。しちょるわけなかろぉ?」



 マジでなんなんだ、こいつは。



「もう知らん、また今度じっくり話そうぜ」


「今度じゃない、夜は終わってないよぉ」


「終わりだよ、バカ」



 マンションについた。



 俺は二階、有坂は八階だった。道理ですれ違ったりしないわけだ。一度エレベーターで上まで上がり、勝手に有坂の鞄を探って鍵を探す。クラゲのキーホルダーがついた子供っぽいそれを探り当てると、俺は鍵穴に突っ込んで扉を開けた。



 どうやら、結婚は本当にしていないらしい。



 スーツの上着だけ脱がして、ベッドの上に転がす。クローゼットに引っかかっているハンガーにジャケットを掛けてカーテンレールに吊るすと、グラスに水道水を注いでサイドテーブルへ置き、最後に暖房のスイッチを入れた。



「ちゃんと寝ろよ」



 そう言って自分の鞄を取った瞬間。有坂は、ノロノロと手を伸ばしてちょこんと俺のジャケットを掴んだ。



「私ねぇ、城田君のことを友達だと思ったこと、本当にないんよぉ」


「分かったよ、俺が悪かった」


「初めて会った時からずっとよ。家まで挨拶しに来てくれた時やなくて、最初に会ったときのこと。どうせ、あの時のことなんて覚えとらんのやろぉねぇ」



 あの時、俺は何を言っただろうか。引っ越しが忙しくて、ろくに相手をしたようにも思えない。



「覚えてねぇよ、そんな昔のこと」


「……知ってる。だって、知ってるもん」



 そして、俺は自分の部屋に戻った。有坂を抱き抱えた感触が、妙に手の中に残っている。きっと酔っ払っているせいだろう。



 しかし、図らずもあいつの秘密を共有してしまったというか、俺の知っているあいつが秘密になっていたというか。隠し事として、俺の腹の中に収めておかなきゃいけない事実が増えてしまった。



 とはいえ、会社内で俺からアクションを起こすことなどないだろうし、今まで通りに生きていれば問題もないだろう。俺が経理と関わるタイミングなど、それこそ月末にしかないからな。



「……疲れた」



 俺は、ベッドに倒れ込むと同時に眠った。



 × × ×



 夢を見た。



 とある秋の日。私は、城田君に「今日は自転車を押して帰りたい」と願った。少し肌寒くなったせいだろう。無性に彼が恋しくて、二人の時間が登下校に限られているのならば、せめてこの瞬間を増やしたかったのだ。



「いいよ」



 用事や理由を欲しがる城田君にしては、珍しく二つ返事で了承してくれた。それだけで、距離が近くなったような気がして私は嬉しかった。



「城田君は、夏休み何してたの?」



 私が私の知らない城田君のことを訊いたのは、この時が初めてだったと思う。お家に行っても静かに本を読んでいるだけだし、自転車での通学だから話し合う機会が少なくて、私がその日の出来事を伝えるので精一杯だったからだ。



「埠頭の倉庫でバイトしてた」


「ふぅん、なにか欲しいものでもあるのぉ?」


「お前が普段から読んでる本は、俺の本棚から生えてきてるわけじゃないぞ」


「……あ、あはは」



 当たり前の話だった。



「でも、お前だって金は必要だったろ。夏休み、どっかしら遊びに行ってたんじゃねぇの?」


「私には城田君っていう本を貸してくれる人がいるけぇ、お金はあんまり使わないもん。それに、どこか行く時は家のお手伝いしたらお父さんがお小遣いくれるんよ」


「そうか。お前んち、農園やってんだったな」


「マンゴー育てちょるよ、日本で一番おいしいやつ」



 私は、胸を張って答えた。



「へぇ、実家が太い奴は羨ましいね」


「ふふ、ええやろ。でも、私の家族は如何せん金勘定が苦手やけ。いずれ私が管理してやらんといけんのよ」


「いいじゃねぇか。()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……えへへ、ありがとう」


「その点、俺んちは徹底的に放任主義だし、自分でも好きなこととかやりたい事が見つかんねぇからさ。お前みたいなの、羨ましいよ」



 もちろん、道の決まってる奴特有の苦悩はあるだろうけど。そう言って静かに笑う城田君に、私はまた見惚れていた。



「なら――」



 将来、うちに来ればいい。



 心からそう思ったけれど、言葉が喉の奥に引っかかって口に出来なかった。言ってしまえば、城田君が離れていってしまう気がしたからだ。



 私って、本当に弱いな。



「なんだ?」


「うぅん、なんでもない。……あれ」



 ふと、夏に取り残されたかのようにポツンと建っている海の家が目に止まった。きっと、いつものように自転車に乗っていたら気にすることもなかっただろう。彼とは一緒に来られなかった海。その心残りを、どうしても晴らしておきたい気分になる。



「ちょっと、海で遊んでいかん?」


「そうだな」



 今日の城田君は機嫌がいいらしい。なんだか妙な気持ちだったけど、すぐにそれが間違いであることに気がついた。今までは、私が勝手に嫌われるのを恐れて、勝手に値踏みして、勝手にワガママを言ってこなかっただけだったことを自覚したからだ。



 ……ちょっぴり、憂鬱。



「水遊びなんて何年ぶりだろ」


「やっぱり、都会っ子はこういう遊びはしないのけ?」


「いいや、多分してる。俺が知らないだけ」


「友達がいないから?」


「ここに引っ越してくるまではな。今はお前がいるから、こうして遊んでる」



 靴を脱いで、浅瀬に足を浸しながら二人でぼんやりと砂浜を歩いた。ラブコメなんかでよく見る水のかけっこはしなかった。ただ、さざ波の心地良さを感じるだけで満足だったのだ。



 最初は、濡れた砂に足を取られて城田君の肩に寄りかかったけれど、次第に、私はわざと彼の腕に触れては離れた。

 彼は、人に触れられることを極端に嫌う。前に一度、馴れ馴れしいと振り払われたことがある。あの時は、悲しくてしばらく立ち直れなかった。



 けれど、今日は嫌がる素振りもせず許してくれている。わざとだよって、本当は言ってみたい。そんなことで悩む自分が、もう取り返しのつかないくらい、彼を好きでいることの証明になっていた。



 ……幸せ。



 私、きっと、一生この日を忘れられない。



「そこの海の家、雑貨も置いてあるってよ。ちょっと寄っていいか?」


「城田君、お土産とか興味あるの?」


「まぁ、俺は外様だからな。有坂にとっては見慣れたものでも、俺にとっては珍しく思えるものがあるかもしれない」



 靴を履いて、城田君に続き海の家へ入る。夏だけ焼きそばやフランクフルトを売っているタイプではなく、ちゃんとお店らしいお店だ。

 昔から、観光客のいないこの時期に営業していることが不思議で仕方なかったが、もしかすると、城田君みたいな人がいるから開いているのかもしれない。



 店員のおばさんは、カウンターから私たちをジッと監視している。居心地は悪いけど、彼女も仕事なのだから気にしないように努めた。



「あ、クラゲだ」



 それはガラスで作られた、かわいらしい青のクラゲのキーホルダーだった。



「好きなん? クラゲ」


「あぁ、見てて癒やされるからな。池袋のクラゲ水族館で一日潰したこともあるくらいだ」


「ふぅん。なんか、城田君らしい」


「そういえば、こっちの海には出てなかったな。この時期、あっちには気持ち悪いくらいうじゃうじゃいるのによ」


「えぇ、うじゃうじゃは嫌だなぁ」


「桟橋の足元とかさ、海を埋め尽くすくらい浮かんでるんだ。一匹、二匹ならかわいいのに」



 その話を聞いて、私は思わずキーホルダーを手に取っていた。クラゲちゃん。キミ、城田君にかわいいって言われてるよ。よかったね。

 


「気になるのか?」


「うん、ちょっと」



 しばらくクラゲを見ていたが、やがて店の中をぐるりと回って外に出た。いつの間にか城田君がいない。振り返ると、彼はレジにて財布を取り出している。変な味のサイダーでも買ったのかもしれない。



「何買ったの?」


「これ、やるよ」



 小さな紙の包みに入っていたのは、さっきのクラゲのキーホルダーだった。



「いいの!?」


「バイト代、少し余ったんだ。今日は帰りに茶でも奢ってやろうと思ってたんだけど、もう遅くなったし、気になるならこっちの方がいいかなって」



 正直に言えば、このキーホルダーが欲しかったわけじゃない。彼の好みを目に焼き付けていただけだ。ただ、城田君から贈り物をしてもらえることが嬉しかった。私はその場で家の鍵に結びつけ、両手でぎゅっと握りしめた。



「ありがとう」



 城田君が優しく微笑んだ時、唐突に映像が途切れた。なんてことはない。朝が来て、目が覚めたのだ。



「……本当は、あの時に告白しなきゃいけなかったんだろうな」



 懐かしんでから見つめる、鏡の中のアラサーな私。ブラウスはシワだらけで、スーツのタックもグチャグチャだった。今日はアイロンをかけないと。そんなことを考えてから、ふと思い立ち、微かな記憶を頼りに郵便受けの中を見る。



 中には、やはりクラゲのキーホルダーが入っている。色褪せているはずなのに、なぜかあの頃と同じ輝きを放っているように見える。



 ……十年経ってようやく、私は決意することが出来た。

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