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昔馴染の犬系クール美人が俺にベタ惚れなせいで修羅場になった  作者: 夏目くちびる


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12/12

000 初恋

 × × ×



 見えるもの、全部が嫌だった。



 どうして、私の世界はこんなにも狭いのだろう。本を読むたび、この世の不平等を知った。田舎が、無知が、選択肢の無さが。それらすべて、私を取り巻く環境が、私を私たらしめる現実が心の底から苦しかった。



 そして、そんな人生に何の疑問も持たない家族や友人に腹がたった。どうして、求めようとしないのか。あなたが本当に好きなことはそれなのか。やりたいことを我慢してまでこなさなければいけないのか。諦めに満ちた世界の中で、藻掻こうとしないのは何故なのか。



 正体の分からない憤り。私を掴んで、離さない。まるで、仄暗い水の底へゆっくりと沈んでいくような焦燥感が、疑問を持った日からずっと続いていた。



 けれど、一番嫌なのは、そんなしがらみを振り切るほど好きなことも無くて、自由に生きる覚悟も決まらない私の弱さだ。



 私には、何も無い。



 何も無いのに、無いものを羨んで、願って。



 そんな自分が、大嫌いだ。



「……なんでよ」



 私は、一人で海を見ている。



 価値観の衝突から友達と喧嘩をして、そのことを母に愚痴ったら、今度は母に否定されて。もう、この場所には私の味方なんていないんじゃないかって。そんな気持ちになったからだ。



「私、悪くないもん」



 堤防から見える水平線。鳥は、更にその先を目指して飛んでいく。私もそこへ行けたら、なんて現実逃避。



 何も無い私が、都会へ行ったって何者もにもなれないことなんて私自身が一番よく分かっている。それでも、思いを馳せずにいられない。何かが変わるかもしれない。現実的な希望は、やがて、いつも妄想と同じ方向へ飛んでいく。そんなふうに自分を慰めて、私は今日も、あの家に帰らなければならない。



 他に行き場のない私には、それしか出来ないから。



「すみません。あなた、南高校の生徒ですか?」



 突然の声に振り返ると、そこに一人の男子が立っていた。鋭い目つきと、どこか垢抜けた雰囲気に方言の混じっていない言葉。間違いなく、この町の人間ではなかった。



「そうやけど」


「この辺に、春風書店という店はありませんか? 制服を取り置きしてもらってるんで探しているんですけど、見つからなくて」



 春風書店は、文房具の販売や制服の仕立ても兼ねているこの町唯一の本屋さんだ。きっと、転校生なのだろう。そう思った私は、沈んでいる気持ちを押し殺し、いつも通り、いつも通り、この町の優しい少女Aを演じることにした。



「知ってる、案内するよ」



 役割って、残酷だ。



 こんな時ですら、そうしなきゃいけないって気持ちになるのだから。



「そうですか、どうもありがとう」



 道中、話を訊くと、どうやら彼はお父さんの転勤で転校を繰り返しているようだった。



 そして、故郷がなくて少し寂しいことと、お母さんと弟さんは別居していること。そんな、初めて出会った人に話すのは憚れるようなことを。どうしてだろう。彼は、時折会話に詰まって苦笑いを浮かべることしか出来なかった私に教えてくれた。



 そして、同時に思った。



 もしかすると、都会にはそんな出来事が当たり前みたいに転がっているんじゃないかって。



 ……。



「私ねぇ、ちょっと喧嘩しちゃったんよ」


「誰と?」


「友達とお母さん。私、この町が嫌いやけ。それを相談したら『おかしい』って。『こんないい場所を否定するなんて悪いことだ』って。だから『ここしか知らんのに比べることなんて出来るはずない』って言ったらさ。『美鶴は変だ』ってさぁ」


「そうか」



 彼は、いつの間にか見上げていた私に気がつくと足を止め、ゆっくりと正面を向き小さく笑ってくれた。



「私、変かなぁ。色んなところを見て、住んで、最後に戻って来るならいいって思うんよ。けどなぁ? 知りもしないことを否定して、知ってることだけで満足するなんて、私はそっちの方が変だって思っちゃうんよ」


「……」


「ねぇ、都会ってどんなところなん? やっぱ、ここよりも素敵なところけ?」


「それは、有坂が自分で決めることだよ」


「無理だよぉ。だって、行けないもん。誰も許してくれないよ」


「許す、許さないに縛られてる内は、何やっても幸せになれないんじゃねぇかな」



 ……。



「だから、探そうぜ。お前が都会に行かなきゃいけない理由。そうすれば、誰もお前に文句なんて言わなくなる」



 目の前が見えて無くて、いつの間にか都会に行くことが目的になっていた私にとって、その提案はあまりにも刺激的だった。

 まるで、雲の隙間からさす一筋の光のような、そんな希望。突然現れた彼は、それを私に与えてくれた。



「解決は出来ないかもしれないけどさ、一緒に考えることは出来るよ。だから、もう少しお前のこと話してみなよ」



 冷たくなっていた心が、じんわりと温かくなっていくのが分かった。



 今、手の届くものじゃなくて、遠くにあるものを目指すための方法を教えてくれたような気がした。この町の人には、絶対にない言葉。心強くて、具体性を持った確かな言葉。きっと、この人なら私のことを分かってくれると信じられる、本当の意味で優しい言葉だった。



 ……そっか。



 私、今、この人のことを好きになったんだ。

終わりです。反響次第で有坂、真宮、守本のアフターを書きたいと思います。


お疲れ様でした。

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