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第十話「秋田編の終幕」


 秋保大滝での調査を終え、夕刻、遼真は仙台市内のホテルに戻った。事件の全容が少しずつ形を帯びてきてはいたが、まだ霧の奥に手を伸ばしているような感覚だった。


 ロビーには花野三姉妹が揃っていた。控えめに周囲の視線を避け、待合スペースの隅に腰掛けている。その姿は、舞台上での華やかさとは対照的に、静謐で落ち着いて見えた。


「遼真さん」

 最初に声を掛けたのは長女の菫だった。清冽な瞳がこちらを真っ直ぐに見据える。

「今回の件で、私たちの名前が取り沙汰されることはないでしょうか」


 遼真は一瞬言葉を選び、静かに頷いた。

「関与の疑いはありません。ただ、議員と行動を共にした人物が明らかになった以上、これ以上三姉妹に影がかかることはないはずです」


 菫は安堵の息をついた。

「……ありがとうございます。玲子さんの弟さんだからこそ、こうして真剣に答えてくださったのだと感じます」


 その言葉に遼真の胸が熱を帯びる。やはり菫は、玲子の名を口にする時だけ、表情をわずかに和らげた。


 次に玻奈子が口を開いた。

「議員が殺された理由……まだすべてが解明されたわけではないのですよね」

「ええ。ただ、流れは見えてきました。議員は葛城慎一という元記者に同行させられ、仙台各地を“観光”という名目で巡らされた。実際には、その行程の中で密談が繰り返され、最終的に議員は“口封じ”のために噴水へと呼び出され、別の実行犯に殺された……」


 玻奈子は唇を引き結び、低い声で言った。

「人間の知恵や情報は、使い方を誤れば武器になる……まるで舞台の脚本と同じですね。私は役者として、言葉の重さを考えなければ」


 三女の海峰は、不安げな目で遼真を見た。

「……天城さん。あの……今度、私たちのライブ、見に来てくれますか?」

 唐突な問いに遼真は少し驚いたが、すぐに笑顔を返した。

「ええ、必ず。事件で暗い影を見た今だからこそ、舞台の光を見に行きたい」

 海峰はぱっと花が開いたように笑った。

「じゃあ、楽しみにしてますね。私……今日のこと、忘れません」


 その場の空気が少し和らぎ、三姉妹はそれぞれ礼を述べて去っていった。


――


 夜、遼真が部屋に戻った頃、別の場所で一本の電話が鳴っていた。


「……もしもし、玲子さん?」

 受話器を耳に当てるのは菫だった。静かな部屋の中、扇子を閉じた手を膝に置き、声を落とす。

「ええ。今日は、あなたの弟さんに会いましたよ。――天城遼真さん」


 受話器の向こうで玲子が息を飲む音がした。

「遼真に……会ったの」

「ええ。玲子さんに似て、まっすぐな目をしていますね。事件に真正面から向き合っていました。……正直、驚きました。あの頃、一緒に競い合った玲子さんの姿が重なって」


 玲子はしばし沈黙し、それから穏やかな声で答えた。

「弟はまだ未熟よ。でも……あの子なりに必死に考え、動いている。私の家族の中で、最も真っ直ぐな子かもしれない」

 菫は微笑を含んで言葉を重ねた。

「その真っ直ぐさ、私も見習いたいです。玲子さん……また、ゆっくり話しましょう」


 電話が切れると、菫は窓の外の夜空を見上げた。かつて共に歩んだ日々と、今こうして交わる縁に、静かな感慨を覚えていた。


――


 一方その頃、遼真は海峰に短いメールを送っていた。

「次の公演、必ず伺います。楽しみにしています」


 返信はすぐに届いた。

「ありがとうございます! あの時の話、ステージで証明しますね」


 遼真は思わず頬を緩め、ベッドの枕元に携帯を置いた。


――


 翌朝。西園寺一課長は事件の全容を整理し、記者会見を控える県警本部に向かう前に、捜査員たちへ報告した。


「議員は葛城慎一に導かれ、瑞鳳殿・松島・大崎八幡宮・秋保大滝を巡った。これは観光ではなく“取引の場”だった。葛城は議員の汚職疑惑を握り、脅迫に近い形で交渉を進めていた。そして最後に、議員を噴水へと呼び出し、別の実行犯によって口を封じられた――」


 会議室には重い沈黙が落ちた。だが、捜査はまだ終わりではない。葛城の行方、実行犯の特定、背後の黒幕……すべてが霧の中だ。


 遼真は窓の外を見やり、深く息を吐いた。

(秋田から宮城まで連なる旅は、思いがけず“死の連鎖”を辿ることになった。だが、まだ終わりじゃない。この東北の旅は続く――次は岩手、龍泉洞へ)


 北へ向かう列車の汽笛が、遠くに響いた。



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