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世界の片隅で生きるということ  作者: 鈴音あき


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これまでに、こんなに大規模な空襲が今までなかったから、初めての対応に右往左往するだろう。


まずは生存者の確認と死者の埋葬、遺品の整理や管理など、役所の届け出たのでどこかから問い合わせがあれば役所から何か言ってくるはずで、それは班長さんたち大人の領分だ。


千颯が携わることになるのは大人たちからの指示があったとき。


きっと奥さんも畑の世話と避難者の世話でいっぱいになるだろうし、比較的自由の利く学徒で、ある程度大人と同じ働きができる中学生くらいが重労働を課されることになる。


学校にその依頼が軍を経由して入ってくることもある。


個人的な頼まれごとよりも学校の労働が優先され、帰宅してから無償労働に駆り出されると千颯は考えている。


今日の学校への連絡は班長さんの奥方が登校できなくなったと申し出てくれた。


巣鴨中学はここから真南に一里ほどなので空襲の被害にはあってないから校舎も無事であることが分かっている。


『明日学校に登校せよ』との伝言があった。


これで千颯が無事であることも学校は把握できたことだろう。


いろいろ学校に聞きたいこともある。


下町には千颯の同級生が何人か住んでいる。


ずっと彼らのことが気になっていたが目の前のことに集中した。


考え始めると手が止まってしまいそうだったのだ。


しかし、園部の家に帰ってきてから気が抜けたのか急に心配になってきた。


明日、学校に行けば会えるだろうか……?


若しくは自分の下宿の場所を知っているのだから、直接きてくれる可能性もある?


どうか無事でいてほしい、生きていてくれ……。


自分の今できることを精一杯やって待つしかできない。


焼夷弾が使われたことはきっと彼らも理解しているだろうから、消火は諦めて逃げ延びてくれているはず。


生き残るために千颯たちは奉仕作業の合間に情報交換や、先生からの教えを検討して、どんな行動をすればいいのかを考えていたのだから。


彼らを信じて千颯は待つしかないのだ。


始業時間よりもずいぶん早く登校して自分の教室を目指した。


奉仕作業ばかりでほとんど学校で授業は出来なかったが、久しぶりに登校してみれば空襲で焼け出された大勢の人々が詰めかけていたようで、すべての教室が避難者のための救護室となっていた。


しばらくの間は地域の活動に積極的に参加するか、もしくは空襲で焼けた下町の片付けに駆り出されるか。


今までと同じように授業ができるような状態ではないのは確かなのだから、今までと変わらず奉仕作業に参加することになると千颯は思った。


ただ、いつ学校で落ち着いて勉強できるのか全く不明だということは分かる。


この戦争が終わるまでは。


「坂上千颯!」


不意に声をかけられた。


「はい」


名前を呼ばれた声に反射的に返事をして、千颯は振り向いた。


救護室となった教室の出入口から見えたのは同級生の一人である原田勝海だった。


「無事だったんだな。良かった」


周りの人たちの迷惑にならないように、小さな声にしてそう言って見知った顔を見つけて安堵した彼は、微かに笑みを浮かべた。


「原田君も無事で良かった。……けど。君はたしか」


いつ空襲が始まっても直ぐに動けるように学生はそれぞれの学校の服を着て、女性はもんぺを、男性は国民服を着たまま寝るようになっていた。


原田君も救護室の人たちも寝間着姿の者はいない。


彼は制帽も被っていたし、カバンも肩から斜めがけにしている。


「あぁ。……空襲で焼け出されてしまったよ」


ため息をついて、いつもはきりっとした眉が力なく下がってしまっている。


細かい作業が不得手だということで重労働を科される農作業に回されてきた彼は、千颯と同じく農作業は初めてだったので、松嶌たちに教わりながら奉仕作業をしていた。


千颯と同じような成長具合で共に支え合い励ましあっていた同級生である。


「坂上君は……」


「僕は下宿先も焼かれなかった」


「そっか。良かったね」


「うん。でもいつ敵機が進行方向を変えてこちらに来ても逃げられるように、警報が解除されるまで隣組のみんなと一緒にずっと見ていたよ。……空襲で使用されていたのって、例の焼夷弾だったよね?」


「そうなんだ。……空襲が始まって落ちてきたのが焼夷弾だって分かってからは、すぐに消火しようとしていた母さんや他の大人たちに逃げるように頼んでさ。説得するのが大変だったんだ」


「そうだろうね……。僕も隣組のおじさんたちが消火しに行くのを引き留めるのに苦労した。やっぱりあの焼夷弾の火って消えないんだね」


「あぁ。情報通りで全然消せなかった。それに落ちてくるあの焼夷弾の音が気持ち悪かった。ヒューヒュー鳴りながら落ちてくるんだ。……恐怖だった。それからはもう必死で逃げ回って、いつの間にか一緒に逃げていた母さんがいなくなってた。どこに行ったのか分からなくて、とにかく生き残らないと……って、必死に風上を目指して走って逃げた」


「じゃあ、……今は一人なのか?」


「そうなんだ。ここには昨日の朝たどり着いたよ。学校の先生方がここにいればいいと仰ってくださって。それからは避難してくる人がいっぱい押し寄せてきてこんな状態になってる」


「他に誰か知ってる人には会えた?」


「いや。全然知らない人ばかりだ。全部の教室見て回ったけど隣組の人も見つからない」


「じゃぁ、罹災証明は?」


「りさい証明? それ何?」


「空襲で被害に遭ったら発行される証明書があるんだ。僕は昨日うちにも避難してきた人が多数いて班長さんたちが手続きしていたのを間近でみてきたからだいたいのことは分かる。とにかく罹災証明書を発行してもらうために役所に行かなきゃ」


原田君はどんよりとした暗い顔になった。


教室の中は避難者が命からがら逃げ延びたことで疲労の色が漂っている。


大人がいるけどまだそこまでの気が回らないのだろうか。


座っている者、寝転がって少しでも体を休めようとしている者、家族なのだろうか寄り添いあっている者たち。


皆まだ焼け出されたままの姿で、まる一日経った今でも疲れを癒せているようには見えない。


「……ちょっと先生が居るところに行って相談してみようか……一緒に行こう?」


千颯はそう言って原田君の二の腕を取って教室から離れる。


二人で廊下を歩きながら千颯は思ったことを相談することにした。


「君たち食事は?」


「え?」


「飯は、食べたのか?」


「……あ。そういえば食ってない」


「それどころじゃなかったから仕方ないとは思うけど、これからはしっかり食べないと」


「……そう、だな」


「それから、着るものを探そう。着の身着のままで焼け出されたんだろうけど、このままではな。煤だらけの人もいたから病気にならないか心配になる」


「うん」


「だから、まずは今学校にいる先生と相談したい。救援物資が届くのか。避難してきた人の名簿は作られているのか。炊き出しができるのか」


「そ……そうだね」


「うん。それと、みんなまだ汚れたままだから綺麗になってさっぱりしたら少しは気分が晴れるんじゃないかなって思うんだけど。昨日、僕の下宿とか近所に避難してきた人がいてね、班長さんたちが手続きをしてあげていてさ。もしかしたら僕らもこれからこういうことの役に立つことがあるかもしれない」


そうして行動を起こそうとする千颯に引っ張られて原田君も教員室へと向かった。


教員詰所にやって来てこれからこの学校がどうなっていくのかを先生に質問したかった千颯だったが、詰め所にいたのが学校に住み込んで働いている使丁(してい)さんだけで、その彼が言うには、まだ何も手続きができていないので物資が届かないという。


千颯は自分が動くことにした。


昨日の班長さんたちの動き方を見ていたのだからそれを参考に実際に動いてみることにした。


中学校に近い家に足を運び片っ端から声をかけて協力を請う。


学校に避難してきた人がいるとは思わなかったようで「困った時はお互い様だけど……こんなもので良ければ」と擦り切れた着物や使いかけの薬、欠けた食器まで出してくれた。


塵も積もれば……、の通りに衣類や薬などが少しだが集まった。


集会所からは鍋まで貸し出してくれた。


ちょうど一年ほど前に中学校を中心に炊き出しの催し物をしたことを覚えてくれていた人が、集会所に置いてある土鍋の存在を思い出して学校まで持ってきてくれたのだ。


遊んでいた小さな子が千颯の話を親と一緒に聞いていて、食べられる野草を見つけて持ってきてくれた。


食べられる野草の種類もその炊き出しの会で覚えていてくれた。


学校の敷地で育てている野菜も収穫してしまうことにする。


原田君には学校で待機してもらい、千颯がいつも持ち歩いている小さな手帳に誰が何を持ってきてくれたのか覚え書きをしてもらった。


この避難してきた人たちの生活がとうなるのかは千颯にも彼らにも分からないが、協力してくれた近所の存在を明確にしておかなければならないと思ったのだ。


そうして集まった物資で野草料理を作ろうと準備を始めていると、制服を着た学生がちらほらと登校してきたのが見えた。


原田君に声かけを頼んで、登校してきた生徒たちに指示を出す。


千颯の本来の性格はこんなに積極的な行動を起こすような者ではなかった。


中学入学前の千颯は……


しかし、誰かがやらねばならないのだったら、自分が動くようにしようと考えるようになった。


誰かがやるのが当たり前だと思うことに慣れてしまうと、これから先もずっと人任せになって後からそんなつもりではなかったと文句を言う卑怯な人間になると、軍事教練で講義をしてくれた将校さんから教わった。


例え今が戦争していなかったとしても、この考え方は自分の成長に必要なものだと思えた。


まだまだうまく行かないこともあるがそれでも千颯はやって後悔する方が良いと己を奮い立たせる。


最低でも一週間ほどは奉仕作業も授業も無理だと判断して、自宅待機若しくは地域の活動に積極的に参加すること、と学校に掛け合った。


学校に教師がきていないのだ。


学校関係者の多くが下町から勤めに来ているので空襲から一日経っても安否不明となっていて、避難所としての機能が働いていない。


辛うじて教頭先生が詰めていたので千颯は教頭先生と話ができた。


とにかく慣れない手つきで怪我をした人達の手当てが優先だと、救護室で一人奮闘していたのを見つけた。

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