2、火事(BK2P14)
父上の護衛をしていたアネウットは、母上の意向で、ワイ君の護衛に就任した。
自然と行動を共にする時間が増える。
ある夜、部屋から外を見ていると、町から突然、明るい光が上がるのが見えた。
「なんや?」
部屋の窓を開けると………
焦げ臭い煙の臭いが、微かに漂ってくる。
パタパタという足音と共に、アネウットが、ノックもせずに、部屋へ入ってきた。
「行儀が悪いでアネウット。ノックくらいするんや」
「それどころではありません。若様大変です。町が火事です!」
「火事!!!」
アネウットから、その知らせを受けた瞬間、ワイの本能は覚醒する。
ワイは無能や。
無能なワイは、火事や嵐や高い所が大好きや。
ワクワクと胸が高鳴る!
とてつもなく、本能を刺激される。
無能であればあるほど、理性よりも本能を刺激する刺激に弱い。
だから、火事と聞いて、火を遠くに見るだけで、煙の匂いを嗅ぐだけで、ワイの目はギラギラ。
心はウキウキしてきた。
「アネウット。町に行くやで〜」
「危険です。火事の原因も不明です。放火魔や、火事場泥棒などが、いるかもしれません」
ワイ君達の住む世界、地域は、治安が良く無い。
盗賊、敵国、同国貴族の敵対貴族、敵は何でも、ござれや。
確かに危険や。
でも………行きたい。
火事を、この身で体感したい。
だからね。
「その為の、持ってて良かったアネウットや。護衛を期待してるで〜」
「は、はい。任せてください」
期待していると言われて、町行きを反対していたアネウットは、簡単に許可を出した。と言うか、ウキウキしだした。
最近わかったけれども。
アネウットはチョロい。
父上にも簡単に口説かれたんやろな〜。
そして………
アネウットは強い。
貴族の護衛が、つとまるほど強い。
火事場泥棒など、ペぺぺのペイや。
あと、ワイ君も………
ワイ君は頭は無能やけれども、貴族に産まれたギフト(紋章)は、バッチリ継承しとる。
母系のプラチナム家の魔力の紋章を左手に、父系のアイアン家の体の紋章を右手に継承しとる。
この国の貴族になる条件の一つが、ギフトを、ともなう紋章を宿す事や。
それは親から子へ確率で遺伝的に継承される。
大抵の貴族は、最低でも一つは紋章を手に宿しとる。
なのにワイ君は2つ、両手にバフ紋章を宿しとる。
左手に魔力強化のプラチナム家の紋章。
右手に身体強化のアイアン家の紋章。
………これで頭がマトモならな〜〜〜
っと
この国の誰もから、そう言われるワイ。
ワイ君は頭が無能、体は有能。
身体のチートを、頭が台無しにする残念貴族。
それがワイ君や。
でもだから………
火事場泥棒なんて、怖くないで。
………容易く火事場泥棒ごと、魔力で周囲を焼き尽くせる。
火事の被害が増えるのを、許容できれば、やけども………
ワイ君は無能やからな。
何かをすると、周囲に被害を出すのがデフォルトなんや。
細かい手加減調整が出来ん。
身を守るなら、敵を焼く。
敵を焼くなら町ごと丸焼き。
やからワイ君は無能なんや。
なので、そんな時こそ、持ってて良かったアネウットや。
アネウットに頼れば、周囲に被害を出さずに、何でも解決してくれる。
アネウットが、ワイ君の護衛についた短期間の内に、それは実感しとる。
アネウットは有能。
魔力は無いが、頭脳も護衛技術も有能、顔もスタイルも抜群や。
見てて楽しい。
ホンマに有能なアネウットは、ありがたいやで〜〜〜。
「持ってて良かったアネウットや」
「ハイ。任せてください」
アネウットは上機嫌で、力こぶをつくってみせた。
スタイルは良いのに、その腕は細マッチョだった。
う〜む、腕相撲したら勝てるやろか〜
ま、ワイ君相手の腕を、へし折りかねないから、やらんのやけれども。
アネウットを引き連れて、町の中心に位置する、ワイ君家の屋敷から、火事場見学に繰り出した。
ワイ君等は、ウキウキと町を歩く。
ワイ同様の野次馬根性の町人も多くいたが………
思ったよりも、火事の規模は小さかった。
ちょっとだけ、ワイ君はガッカリしたが。
しょんぼりと、些細な火事を見物してると………
そこで嫌なものを見た。
ワイ君の弟、三男の姿が………
三男は火事の中、町をフラフラ、共も連れずに一人で彷徨っとる。
弟は、とても嫌な感じがした。
弟の異様な様子、それが目に入って嫌な感じや。
弟は見るからに、異様に興奮しとる。
興奮のあまり目を血走らせて、口からヨダレを垂らす少年。
それが母上の三男。
ワイの弟や。
「なんやアイツ。何を興奮しとるんや?」
「若様どうかしましたか?」
「アネウット、弟や。弟がおる」
「………あら、お一人で?」
「!!!」
三弟はアネウットの声に気がつくと、ワイとアネウットを見て、その場から逃げるように立ち去った。
「あ、待って下さい」
人混みの中、一人で立ち去るワイの弟を、追いかけようとするアネウット。
「待つのはアネウットや」
「え?」
「アイツは大丈夫や」
「でも、この火事は放火の可能性もあるのです。この辺りに放火魔がうろついているかも………」
弟の心配をするアネウット。
そんなアネウットにワイは
「大丈夫や。アイツもプラチナム家の紋章は産まれつき宿しとる、魔法の天才や。それよりも、屋敷に戻るで。母上の所にワイを連れてってや」
「………………はい」
「ワイ君一人だと、絶対に迷子になるからな」
「………」
アネウットは弟の去った方を見ていた。
ワイの言葉に、納得し難い表情をしていたが、不勝負性ワイの言葉に従った。
実際問題。
アネウット一人で、逃げるワイの弟を追いかけつつ、ワイの護衛もする?
両方するのはムリやしな。
それに………アネウットも初期とはいえ父上の子供を妊娠しとるんや。
無理は出来ないし………
ワイも母上に、アネウットは大切にしろと言われとるしな。
無能なワイでも、それくらいわかるんやで。
無能なワイの判断は、間違ってるかも知れないけれども。
危険な火事場に、アネウットを連れてった事が、悪い事だとは、わからんくらいの頭やけどな。
後から気がついて、自己嫌悪したわ。
阿呆は後から、自分が阿呆やったと気がつくもんや。
火事。
ワイ君の家の領地で火事。
燃え盛る民家と、それに釣られて集まった人々。
消化作業に追われる人々。
それ等の人と、すれ違うのをよそに、ワイ等は屋敷へと戻る。
その道中、ワイ君とアネウット、我々二人は無言だった。
だが、自然と手を繋いで、あるいてた。
アネウットの手は、ひんやりとしていたのに、暖かかった。