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第9話 不安しかない出張

 叶から言い渡されてから次の日。純はリビングで落ち着かない様子で座っており、それを誤魔化す為に目を伏せて時が来るのを待っている。

 そんな大層な事ではない。ただ普通に、叶のお姉さんが純を訪ねに来るだけのこと。だというのにこの緊張感。

 一方でミドリはというと、純の隣で湯呑みにお茶を注いで啜っている。しかも少々不機嫌なご様子。


 そして、時計の針が午前10時が回った時、インターホンが鳴り響いて純の目が開かれる。軽く咳払いをしてから席を立ち、ゆっくりと玄関へと歩んで行く。戸に手を掛ける前に、両手を擦り合わせて少しでも緊張を解す。小さく「よし」の言葉を出してその戸を開く。


「おはよう純君。今日もいい天気だね」


 開けるとそこで目にした光景は、一人の美しい女性だった。この人こそが、叶のお姉さんである。


 白塚銀音(しろづかぎんね)。叶より二つの年上で一人称が「ボク」の皆のお姉さん。瞳は蒼く、銀色の長髪が風で大きく靡き、水色のカーディガンに赤いリボン、膝まであるスカートと、まるで高校生みたいな服装に身を包んでいた。しかし、身長は純より頭一つ高く、体の発育もよろしくて服装も相まって少々コスプレをしているみたいな印象にも思える。


「お、おはようございます」


「やだねもう、叶ちゃんと同じ様に柔らかく行こう。気楽で──」


「やっほー純!」


 銀音の脇から叶が強引に割って入り、顔を出して挨拶をして来た。昨日あったばかりな上、訪問して来るのは銀音だけだと思っていた。とんだ不意打ちだ。しかしまた何故、叶までが来ているのだろうか。


「お邪魔するよー」


「おい勝手に上がるな」


 仕事上会う事は偶にあるが、こうやって家に上がり込むのはこれで三回目。だというのに、遠慮なくドカドカと勝手に上がり込んでは我が家の様に寛いでいる。

 ミドリは叶の両脇を抱えてテーブルに前に座らせ、お茶と菓子をお出しした。

 後から来た純と銀音にもお茶菓子を出して、全員が揃ったところで席に座って今回どの様な要件で訪問して来たのか話す。


「ところで、今日はどの様なご用件で?」


 誰に対しても分け隔てなく接するミドリだが、今日はすこぶる機嫌が悪い。銀音が来てからより一層それが増している。その理由は、純が銀音に“異性として意識している”ということ。純にLOVEなミドリからすると、それは由々しき事態であり、見過ごせない。

 ミドリからすれば、浮気された気分のもの。しかし、その矛先は純ではなく、純を誑かしていると思っている銀音に向けられている。


 とはいえまだ二人は友達の関係。純が一度告白はしたのだが、その時は返事は保留となりその時はそれで収まっている。とはいえ、銀音の一言で純との関係は変わらずもあるが、変わる事もある。


「もしや、純様の告白を了承するべく此処に来たと?でしたら生かして帰せません。勿論、純様の告白を断るというのであれば、純様を誑かし、あまつさえ純様の魅力に気付けない貴女には重い罪と罰が下されるでしょう」


「それ、どう転んでも終わりじゃないか」


「そこは純に当たり散らすのが普通なのでは?」


「だぁー!!話が進まん!要件は何ですか?!後ミドリは少し黙ってるんだ!!」


 ミドリの口にテープを貼り付けて口を塞いで黙らした。涙目で擦り寄って来るが知らん。一々、銀音に当たっていたら埒があかない上、自分の恋事情を保護者でもないミドリに横から言われたくない。


「実は沖縄で仕事を受けていたのだけど、急な別件で行けなくなったんだよ。それで、ボク達の代わりに行ってくれないかって」


「それは構いませんが、沖縄にもバディハッカーズは居る筈ですよね?何でまた俺達に?」


「ハクリュウ君の推薦。新種のマルウェアと対峙した事あると聞いたよ。今回もその説が濃厚だから、経験のある二人に任せる事にしたんだ」


 確かにワーム種の新種のマルウェアに遭遇したが、その時は運が良かったとしか言いようがない。それに新種といえど、その新種がこの前相対した同じものとは言えない。世に出回っているのが最近多く多発してるのもあり、ちゃんと対策しなければ駆除なんて出来ない。


 銀音は普段、サポート専門として叶とハクリュウを手助けしている。その為、バディハッカーズ同様の様々なマルウェアの情報を知り得ている。それだけで言うと叶以上。その彼女から、二人に任せると言ったのだからそこまで大した新種ではないと思う。けれど、そんな根拠の無い信頼を寄せられても此方としては少々困る部分もある。


 なので、今回ばかりは断ろうとしたのだが、そう簡単にさせてくれない。


「ようやく私達の能力の高さを知りましたか。良いでしょう。そのお仕事お引き受けます」


 口を塞いでいたテープを剥ぎ捨てて、ミドリが勝手にその仕事を引き受けてしまった。駆除するのはミドリなので、その本人が良いと言うのであればそれは別に構わないが、ミドリの事だ。恐らくだが──、


「俺は断るつもりだったけど、ミドリが言うなら俺も尊重する。でもそれ、変な対抗意識とかじゃないよな?」


「流石純様です!私の考えなど、手に取るように分かってしまうなんて!」


「やっぱりかぁ…」なんて小言が溢れる。対抗心で仕事を受けてしまうミドリに、呆れてこれ以上言葉が出ない。まぁ理由がどうであれ、仕事にやる気なのは素晴らしい事だ。そこだけは褒め称えるべきだ。


「大丈夫ですよ純様。私、強いですので」


 とはいえ問題もある。


 それはバディである純は良く知っている。ミドリは本当は強いのだ。ここ最近、苦戦を強いられているのが目立っているが、それは新種に対してまだ対応中の事もある。そんなすぐに対抗策や、秘策は用意出来ない。知識も無ければ技術も無い。純が出来るとしたら、精々危険を察知して避ける事くらいだ。

 ミドリのポテンシャルを生かすのも殺すのも純次第。


 なんやかんや言われては丸められて、結局純達はその仕事を代わりに受ける事となったのだった。



 ////////



 次の日の午後13時。沖縄に向かう為に、ミドリは気温の事も考慮して、いつもと違う服装に身を包んでいた。

 麦わら帽子を被って、いつものドレスとは正反対の色である白のワンピース。履き物も、花の装飾がされてあるサンダルとなっていた。

 そして空港にて、叶と銀音とハクリュウの三人が見送りに来てくれていた。


「それじゃあ幸運を祈ってるよ。細かい詳細は、ミドリウェアに全部送っているから目を通しておいて」


 手渡されたミドリウェアを受け取り、三人は笑顔で手を振って帰って行った。結構早い見送りだが、叶達も言っていた別件の用事ですぐに向かわなければならない。正直、見送りをしなければ余裕を持てれたのだが、流石に頼んだ上に見送りに来ないなんてその様な失礼な事は出来ない。


「では、私達も行きましょう」


「その前に何か飲み物買って来る。ミドリは待ってて」


「分かりました」


 財布を持って近くの自販機まで歩いて行った。その間はミドリが荷物番をする事となる。時間はそう掛からまいと思った。人が蠢く様子を観察しながら気長に待っていると、ふと空港スタッフの声を耳にする。


「機内でトラブル」「ウイルス」「バディハッカー」と、途切れ途切れの会話の内容しか聴こえなかったが、それだけの単語を拾えれば充分なもの。ミドリは、小さく慌てふためくスタッフに話を詳しい話を聞きに立ち上がる。


「あの、どうかなされましたか?」


「い、いや何もないですので、ご安心下さい」


 嘘である。明らかに動揺しており、それを隠しきれていない。此方から言わない限り恐らく、言ってくれないだろうと思い、思い切って踏み込んでみる。


「少し小耳に挟んだのですが、私はミドリセキュリティのバディハッカーです。お困り事があればお力になりますが」


 スタッフ達はお互いに顔を見合わせ、致し方なく、そして縋り付く様に話し込んでいた内容を全て打ち明ける。


 内容は至ってシンプル。飛行機内で運航準備をしていた所、システムにウイルスが侵入しておりトラブルが発生。勿論、それに対処すべく機内で動いていたが、駆除の失敗及び悪化となって収集が付かない状態まで陥ってしまう。その為、バディハッカーを頼りにと思っていたが、今日に限って中々連絡が付かずの不運に不運が重なっていた。

 そんな時に丁度ミドリが声を掛けたという。


「でしたら私達にお任せ下さい。純さ──私のバディと共に参りますので今暫くお持ち下さい」


 軽く一礼をした後、置きっぱにしていた荷物の所に帰ると純がのんびりと座っていた。ミドリの姿を見て、手を振って買って来た飲み物を手渡した。


「はい、これミドリの分」


「ありがとうございます…ではなく、緊急事態です。機内でマルウェアの存在があったとご報告。私達で対処しますので、純様ついて来て……どうかなされました?」


 要点だけ詰めに詰めて純に報告し、一刻も早くマルウェアの駆除をしようと手を引こうとするが純は全く動かず。ミドリが首を傾げていると、純の口が小さく動いた。


「俺は、行かんぞ。考えてみろ、もしボット型だったらどうする?やるなら外からやる」


「外からですと、何かあった時の対処が難しいです。私もそこまで万能ではありません」


 確かにその通りなのだが、もしだ、もしボット型のマルウェアでそれが新種だったら終わりだ。これまでの事を考えると駆除するのに時間を要し、その間に乗っ取られて飛行機が動き出したらどうなると思うか。それを考えるだけでも恐ろしい。


 純の気持ちも分かるが、今は駆除を優先しなければならない。ミドリは必要最低限であるミドリウェアを手にして、準備をする。


「仕方ありません。純様は此処でお待ち下さい。私一人で行きますので」


「おい、マジかよ冗談だろ……お前アホか?墜落すると分かってて乗り込む気か?」


「飛び立たなければ墜落なんてしません。もし乗っ取られた場合、それより早く駆除してみせます。それ以外に、純様は何か他に方法をお考えですか?」


「考えはある………無いな、どうしよう…困ったな、参った……」


「ある」と断言はしたが、少し間を空けてから口元を震わしながら「無い」と言い直した。冷や汗をかく顔を、両手で大きくおでこまで拭って困惑する。どう足掻いても乗り込む以外の選択肢は無い。両肩をすくめながら、トボトボとした歩きでミドリと一緒に問題のある機内へと乗り込むのであった。

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