第10話 空の上の戦い
「えーっと、コレをここに繋げれば良いんだな?」
「はい、そうすれば直接乗り込めれます」
問題のある飛行機に乗り込み、二人は忙しく準備に取り掛かっていた。操縦席には様々ボタンがあり、下手に触らないよう気を付けながらミドリが教える。ミドリは、AIアンチウイルスの為事前に検索をして、操作方法など頭の中に叩き込んでいる。ミドリのお陰もあり、作業は滞りなく進んでいる。
「それにしても──操縦席って何か良いな!」
普段テレビなどでしか見られない飛行機の操縦席。その場で見なければよく分からないものが沢山あり、男心をくすぶる。今回を逃したら次はないと踏んでの事か、ここぞとばかりに操縦桿を握り締めて感動に打ち震える。
その様子にミドリはクスリと笑い掛ける。
少し浮かれていた事を誤魔化す為咳払いし、仕事をする時のスイッチに気持ちを切り替える。ミドリも雑談はここまでとし、いつもの黒ドレスの姿へと変えた。
「では参りま──あ゛っ!!純様!!」
「だあぁぁぁ!!何何何何も触ってないよぉ!!??」
突然のミドリの声。もう既に、マルウェアの魔の手が機内に侵食したかと思い、純は慌てて操縦席で縮こまって身を震わせる。しかし何も起こらない事に次第に気付き、恐る恐る目を開いてみると、ミドリが可愛い生き物を見る様な目で純の事を小さく笑っていた。
機内に異常は無い。ミドリの様子を見て、揶揄ったのだとすぐに察した。
「純様ったらもう──ぴゃ!?」
「冗談ですよー」なんて言うより早く、純の手の方が先に出るのが早く、ミドリの頭を片手で鷲掴みにしてギリギリと力を込めて怒りを露わにする。
「ばっっっっか!!おま、マジ、あの──やめろ!!」
「す、すみません…」
ブツブツと文句を垂れ流しながらも手を離し、乱れた髪を丁寧に整えてから、両頬をグリグリと撫で回す。「ふにゅー」なんて声を出しているが知ったこっちゃない。このまま餅みたく、練り込んでやろうかと考える。
ミドリがプクーと頬を膨らませる。抵抗のつもりか知らないが、純は膨らませた頬を加減しながら押し潰す。すると、口内に含んでいたミドリの唾が純の顔目掛けて飛散する。
「お互いに程々にしようか、な?」
お互いに苦笑いを浮かべて、ミドリは電脳世界に飛び込むのであった。
////////
「此処は…機内、ですか?」
服装をいつもの黒ドレスの姿に変えて、ミドリは降り立った。しかし、電脳世界の様子はいつもと感じが違っていた。ミドリが言葉を溢した通り、此処は飛行機の中だった。座席があり、奥には操縦席がある部屋だと思われる。窓の外を覗けば空が見える。この飛行機は飛んでいるのだ。
電脳世界は潜る機材によって、その世界が変動する。例えばこの世界。飛行機で使う機械なら、その電脳世界はこの様に機内へと変わり、いつも目にしている電脳世界は一般的な機械の為、現実の世界と変わらない建物のある世界になる。
「マルウェアの反応はコックピットからの様ですね。先へ進みます」
ゆっくりとした足取りで奥へと進み、目の前のコックピットの扉の前に立つ。今回の相手はウイルスというのが事前に分かっている為、対処は簡単。というより、いつもとやる事は変わらない。
『待て、ミドリ』
ミドリが扉に手を掛けた時、純は少し違和感を感じた。何かがおかしい、と。話を聞いた限りでは、ウイルスを駆除しようとして余計に悪化したと聞いたのだが、その様な事にはなっていない。寧ろ、本当にウイルスが侵入しているのか疑わしいくらい綺麗。それでもミドリウェアには、ちゃんとウイルスが検出されている。
『取り敢えず辺りを調べてくれ。トロイの木馬の様にデータを偽っている可能性もある』
「それですと、今回のウイルスは新種説が濃厚になってきます。警戒高めま──」
コックピットの扉から背を向けた時、扉が勢いよく開かれてミドリが大きく吹き飛ばされた。床にうつ伏せで思いっきり倒れはしたが、そこまでのダメージは無い。立ち上がり、コックピットの方へと目を向けると扉を開けたものが居た。
「見えますか純様。ウイルスを発見しました」
『見える、けど、最悪だなこれ。新種だ。データ照合しているが、どれも該当するマルウェアが無い。ウイルスというのは解るが、中身が全く別もんだ』
「とにかく駆除します!」
大鎌を出現させ構え、現れたウイルスに向けて縦で斬り掛かろうとしてジャンプした。したのだが、
「うにゃ!?」
此処は飛行機の中。いつもと違ってこの空間は縦横いつもより狭い為、いつもの感覚でジャンプしたミドリは天井に頭をぶつけて痛みに堪えて蹲る。この分だと、ミドリの動きの約7割が制限される。長さのある大鎌は当然ながら振り翳すだけでもしんどい上、ミドリの戦闘スタイルは主に動きのあるもの。
この電脳世界に来た時点で、ミドリにはかなりのハンデを強いられている。
『痛いのは分かるが来るぞ!』
ウイルスは体にあるスパイクを飛ばして仕掛けて来た。素早く座席へ移動して躱す、からの反撃に転じて蹴り飛ばす。ボールの様に跳ねて壁へと減り込んだ。手応えはあるようでない。今までのマルウェアと比べたら、意外にも弱く、新種のウイルスとは思えない程のもの。
ミドリもこの結果には予想外だったりしく、思わず蹴り飛ばした足を引っ込めるのを忘れるぐらい呆気に取られていた。
『えっ、もうこれで終わり?弱っ!』
「流石に此処では大鎌は振れませんので、文字通り直接手を下しますね」
ミドリは右手で手刀の形を取り、突き刺そうとするが何かを察知してその場から飛び退いた。それは正解の行動だった。
ミドリが居た場所、その床から鋭利なものが飛び出していた。もし、あのままウイルスにトドメをさすのにその場に留まっていたら、今頃ミドリが串刺しになっていた。
そしてまた、鋭利なものが飛び出る。それが段々とミドリの居る場所へと近付いており、その早さも侮れない。
その場から飛び退き、また座席の上へと着地するもその座席からも刃先が出る。
天井、壁、床、座席、何処に着地しても至る所から攻撃が仕掛けられる。攻めに攻めきれず、逃げるばかりで埒があかない。一応ミドリは格闘戦も得意としているのだが、それはあくまで前のバディでの話。純とバディを組んでから大鎌での戦闘が主となっている為、少々ブランクがある。
この状況をどうにかして打開したいと、ない頭で純は考える。
多少の障害は良い。とにかく、ミドリが存分に戦えるだけのステージを用意しなければ長期戦に持ち込まれてこちらが不利となってくる。
広くて、自由に飛び跳ねが出来る空間。この機内であるとしたら──、
(いや、ある!一つだけ、たった一つだけその条件に合う場所がある)
奇跡的に純はこの密閉された空間内で、ミドリが大いに力を振るえる場所があると断言した。その場所と言うのが──、
『ミドリ外だ!天井をぶち破れ!』
「ほえ!?わ、分かりました!!」
両の拳にアンチウイルスデータを集約、その天井に穴を開けるプログラムへと変換させる。先ずは右拳を天井にぶつける。次に左拳、右、左、右と段階的に打ち付ける拳のスピードが速くなり、強固な天井を力でぶち破った。
軽く跳び上がり、ようやく狭い空間から解放された。此処なら純の思う様に、ミドリが最大限力を発揮出来るくらい身の自由を手に入れた。
風が髪を、ドレスを靡かせる。しかし体は吹き飛ばされない。飛行速度を考えると、普通の人間は簡単に飛ばされるが、此処は電脳世界でミドリはAIアンチウイルス。そんな常識が通用しない世界で存在。だからこうして立っていられる。
このまま前へ突っ走ればコックピットまで難なく着く。ミドリは歩き出した、が、歩みを止める。目を細めると、正面からウイルスが現れた。
ウイルスは球体という形を変えて、機関銃に変化する。
「ッ!」
最も厄介な遠距離攻撃が来る。思わず顔を引いて臆してしまったが、それでも無理矢理足を前に出して円形のファイアウォールで防御態勢を取る。態勢に入った途端に、AIアンチウイルスを破壊するプログラムが込められた弾丸が襲う。
少しずつ前進してコックピットを目指すも、両翼、そして後方数メートルからもウイルスが姿を変化させた機関銃が向けられる。
「そんな、まさか──」
三方向からも一斉に銃撃が襲って来る。追加でファイアウォールを展開して、雨の如く浴びせられる弾丸を防ぐ。しかし、ミドリが展開したファイアウォールは弾丸を弾いているが、それは時間の問題。少しずつファイアウォールに、ヒビが入り、穴が空く。
進んでいた歩みは止め、その場に片膝をついて完全に硬直状態となっていた。
それに分かった事もある。
恐らく、というよりはこの電脳世界全てがウイルスの手に落ちている。
つまりは────、
『既にこの機体は乗っ取られているのか。なら何故飛行機を動かさない?』
この飛行機は既にウイルスによって乗っ取られていた。にも関わらず何の動きもない。考えられるとしたら、全てのリソースを外敵であるミドリに向けているとしか思えない。何がどうあれ不幸中の幸い。
けれども、
「純様どうしたら良いですか!?上に逃げたら狙い撃ち、かと言って下に逃げても逃げ場の無い戦場に足を踏み入れるだけ。ファイアウォールが破られるのも時間の問題です!」
ファイアウォールを貫通する弾丸がミドリの頬を掠め、ドレスを破る。迫られる時間が早い。一秒でも早く指示を与えてやらないと、この猛攻は掻い潜れない。
『考えるよりも行動するしかない!前だけを目指せば良い!』
「はい!」
大鎌を構え、正面のファイアウォールを解除する。一方向だけの銃撃なら対応出来る上、全方位にファイアウォールを展開していたら大鎌なんて振り回せない。
走り出す。致命傷となる弾だけ弾き、それ以外は全て受け切る。近付けば近付く程に体に穴が空いていく。それでも足を止める事はせず、ガムシャラに大鎌を振り翳した。
間合いに入り機関銃を輪切りに切り裂いた。正面の機関銃を破壊に成功。三方向の銃撃は気になるが、これでコックピットまでの道は開かれた。後は一直線に走るだけ────予想外のトラブルが無い限り。
切り裂いた機関銃から光が溢れ出した。嫌な予感がしてその場から急いで離れようとしたが、そう考える考える間に大爆発が起きた。
回避どころか防御もする事も出来ず、モロに爆発に巻き込まれた。爆発によって吹っ飛ばされたミドリは受け身も取れず、飛行機の上をボールの様にバウンドしながら、垂直尾翼に激突してそのまま空へと投げ出された。
機関銃には破壊されたら爆発する様にプログラムが仕込まれていた。純もミドリもその事に気付かず……そもそもウイルスがそうするという発想に至らなかった二人の負け。新種のウイルスなのだから、最後まで油断はするものではない。斬ったらそれで終わりではない。そこから何を仕掛けて来るかも想定し、想像しなければならなかった。
新種に対する認識を今一度改めなければならない。
が、今は気絶して落下しているミドリをどうにかしなければいけない。
『ミドリ!!』
純の声は聴こえてない。必死に呼び掛けるも応答が無い。落ちる、落ちる、落ちて行く。ミドリの意識はまだ戻らない。このままでは最悪な事になる。現実の世界を時忠実に再現して作られているこの電脳世界。落下先は恐らく海なのだが、この電脳世界はウイルスによって侵食されている。それは落下先の海も同様だ。海に落ちれば、海水に潜むウイルス達が一斉にミドリを喰らって消滅させるだろう。
それだけは何としても避けなければならない。
ミドリウェアを操作する手を休まず動かす。こんな時の為に、ミドリは想定して用意していたものがある。いつかあるであろう空中戦を制する為のデータ。そのデータを急いで読み込ませて起動、実行する。
遠くからミドリに向かって行く一つの閃光がある。それは移動しながら形を形成する。光の中で、一つの線が折れ曲がりながら繋がっていき、読み込んだデータ通りに形となる。その線はアームとなり、一つの小さなワイヤーフレームのドローンへとなった。
『手を…掴んだ!』
ドローンが伸ばしたアームがミドリの腕を掴み、海面ギリギリの所で一気に急上昇した。
『ミドリ?』
「ぇ…?ぁ、じゅん、さま…ぁ?」
『そうだお前の純様だ!良かったー!』
ミドリを救助し終えた直接に目を覚ました。まだ少しぼーっとしてはいるが、純の事を認識出来るくらいは意識はある。先ずはミドリの体調を様子見る。
体やドレスは純の手によって修復、他にこれと言ったデータの破損は無い。爆発はともかく、あの銃撃の嵐をこの程度で済んだのはミドリの戦闘能力の高さをそれほど示している。
「油断、しました。すみません…」
『気にするな。新種相手に、俺ももっと気を遣っていればこんな事にはならなかった』
ここまで悪化していたのは聞いていない。確かに面倒な所までなっていたのは聞いたが、手遅れな状態とは思いもよらなかった。
「急いで戻らなければ…うっ」
『早まるな。急いで戻るけど、体力を温存しとかないと駆除出来ない』
空を飛ぶ飛行機の速度に追い付くとしたら、かなりのスピードを出さなければならない。けれども、このドローンの最大出力を持ってすれば容易に追い付く事は可能。その間に少しでも体力を回復させて、対策を立てねばまた返り討ちに遭うだけ。
『核であるウイルス自体は弱い事はもう分かった。あの増殖したウイルスを突破さえすれば、こっちの勝ちは絶対的なものになる』
「でしたら敢えて無視しますか?」
『そうだな。脳筋戦法しか俺も浮かばん』
下手な小細工をするより、コックピット目指して突っ走る方が効率的に良いと判断した。叶ならもう少しマシな案が思い付くと思うが、経験不足、新種に対しての立ち回りをまだ把握仕切れていない。つくづく不甲斐ない。
作戦と呼べるものではないが、動きの内容は変えずにとにかく正面突破のみと話し合いが終わって少しすると、ようやくウイルスが居る飛行機を視界に捉えた。
まだこちらの存在には気付いていない。奇襲を掛けるとしたら絶好のチャンス。
更に高度を上げて飛行機の真上を陣取る。いつでも飛び降りる準備は完了している。
『ラッキーだな。これなら上からの奇襲で、コックピットだけ切り裂いてゆっくり駆除出来る。それが失敗したなら脳筋戦法だ』
「はい。久し振りに何も考えず大鎌をいっぱい振り回します!」
『3秒前、2…1──』
ミドリはドローンから飛び降りて、出来る限り空気の抵抗が無い形で落下速度に加速を付ける。
大鎌を構え、目に入った飛行機先端部を今切り落として──、
『ウイルス、迎撃来るぞ!』
流石にこの奇襲を気付かない訳ではなかったらしい。自ら蜘蛛の巣に飛び込んで行くミドリに銃口が向けられ、一斉に鉛玉が飛んで来る。
ファイアウォールで防御しつつ、それでも加速し続ける。少しでも落下する速度を緩めればそこを狙われて蜂の巣にされるのだ。
少々無理矢理にでも突っ込んで行けば──
「勝利の女神は私に微笑みました!」
大鎌を両腕いっぱいに振り上げ、渾身の一振りでコックピット部分を外から両断して分断させた。切り離されたコックピットは、重力に逆らえずそのまま真っ逆様。
ミドリは足裏にファイアウォールを展開させ、それを足場として蹴り飛ばして落ちて行くコックピットに追い着こうとする。
まだウイルスは駆除出来ていない。まだ止めをさしていない。追い掛け、追い付き、呑気に操縦席に座っているウイルスを捉えた。
不気味な笑顔でミドリは、ウイルスを輪切りにして斬り伏せる。
「──死神の大鎌!!」
たった一振りでコックピットごとウイルスを斬ることに成功し、それと同時にこの電脳世界に蔓延っているウイルスも全て核の消滅と共に消え去るのだった。
////////
「思わぬ展開でドッと疲れたな。改めてお疲れ様ミドリ」
「確かに思わぬ相手で無駄な浪費をしましたが、無事駆除は完了しました。これも全て純様の腕あってこそです」
飛行機に乗って沖縄に行くだけでもうヘトヘト。しかもこの後は、沖縄に着いてホテルにチェックイン、からの依頼者との対面と予定が詰まっている。この先の事を考えるだけで頭が痛い。
とはいえ沖縄に着く間は機内でゆっくりと出来る。
「着陸するまで深い眠りに誘われよう。ミドリも疲れを残さない様に寝たらどうだ?」
「お気遣いありがとうございます。ですが私は、着陸前までに叶さんから送って頂いた資料を目に通しておきたいので」
「あまり無理はするなよ」
純は軽く指でミドリの頬を撫で下ろして、着陸まで夢の中に意識を落とすのであった。純が寝息をするのを確認してから、ミドリも資料に目を通し始めた。
短い空の旅は何事も無く快適に進み、純が目覚める頃には夏の季節の様な気温が沖縄で待っているのだった。




