第9話
翌日。食堂では無く、元幽霊屋敷の2号店を尋ねる。
改装したらしく、見た目は日本の古民家風。俺はここまで細かくシナリオに書かなかったので、勇者の好みが反映されたのだろう。
店内も日本家屋のそれで、イミテーションかもしれないが中央にはいろりも備わっている。
俺は賑わっているテーブル席を横目に見つつ、厨房に近い奥のカウンター席へ収まった。
メニューは日本語とこの世界の言葉が併記されていて、日本人から来た転送者には受けると思う。また内容も日本食を思わせる料理が多く、転送者らしい客が感慨深げなのもよく分かる。
「いらっしゃいっす」
三角巾から猫耳を覗かせたウェイトレスが、いつもの笑顔で話しかけてきた。いや、今や2号店の店長か。
俺はカウンター越しに挨拶をして、メニューから幾つか注文をした。
「結構入ってるね。半分以上、俺達と同郷かな」
「ニホンショクって言うんすか? あの調味料が受けてるみたいっす」
「多分、この街以外からも客が来ると思うよ。俺なら1週間掛かっても、絶対に来る」
「本当っすか?」
猫耳のウェイトレスはころころと笑い、カウンター越しに俺が注文した料理を出してくれた。1つは味噌汁、もう1つは卵焼き。白米があればベストだったが、それは過ぎた望みか。
「……美味しいよ。出汁も用意したんだ」
「干した魚とか海藻を使ったっす。初めは何かと思ったけど、この調味料とは合うっすね」
「よく分かる」
猫耳のウェイトレスが言葉をつなごうとしたところで彼女は他の店員に呼ばれ、そちらへ駆けていった。なんとなく視線で追うとその先には勇者一行がいて、いつも通りの盛り上がりを見せている。
おそらく当分はあの調子で、俺はこれを食べ終えて帰るとしよう。
その後も時折2号店に足を運ぶが、状況は変わらない。勇者達は食堂でまず盛り上がり、2号店で少しペースを落としてもう一盛り上がり。これは他の転送者にも共通した流れで、どちらの店も勇者御用達と呼ばれるのも頷ける。
俺は食堂だけで済ます回数が多くなり、猫耳のウェイトレスと勇者との関係は噂で聞くだけとなる。
勇者が見初めた、ウェイトレスも悪い気はしていない。2人きりの所を見かけた。
勇者の相手ともなれば、この街の領主夫人。ゴシップとしては申し分無く、中には噴飯物どころか妄想としか言えない物もある。
全ては俺の上を通り過ぎていく話で、それが真実であれなんであれ俺とは何も縁が無い話だ。
「……お久しぶりです」
食堂で1人食事をしていると、例の女がいつの間にか前に座っていた。ローブから覗く薄い口元は微かに歪み、だがその真意は読み取れない。
「ここでお話をとも思ったのですが、静かな場所の方がよろしいでしょうか」
「ああ。俺の家で聞く」
残りの食事をかき込み、鞄を背負って食堂の扉へ向かう。店内の喧噪もあるがローブの女からは足音すら聞こえず、床を滑っているかのようだ。
「誰だ、あれは」
ダークエルフのウェイトレスが、幽霊でも見たような顔でローブの女を見送る。
それは俺も聞きたいくらいだ。
「ちょっとした知り合いだよ。また明日」
「会えると良いな」