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最終話

 嫌な見送りの言葉を受け取り、自宅へ戻る。

 俺はワインを彼女に勧め、自分は紅茶を手にする。

「まずは結論からお話しします。あなたのシナリオは非常に好評で、是非とも第2作をとの話が来ています」

「光栄だな」 

 半ば棒読みで答え、ローブ越しに彼女を見据える。向こうが俺を見ているかどうかは全く分からないが。

「勇者は名も無き可憐な花と人生を謳歌し、ただ情熱の時はつかの間。結局勇者は可憐な花とは結ばれず、次なる戦いへ身を投じる。彼が娶るのは、姫かそれとも伝説の魔法使いか」

 俺が送ったシナリオの結末を滔々と語る女。

 悲恋では無いが2人は結ばれず、ただこれは勇者にとって小さなエピソードの1つ。英雄色を好むと言うほどでも無い、淡い思い出でしか無い。

 また女が言うように勇者とも呼ばれる人間が結ばれるべき相手は、この国の姫か伝説級の魔法使い。それともまだ見ぬ、至高の存在かもしれない。

 名も無き可憐な花が悪い訳では無い。ただ世の中には、気持ちだけでは届かない事がある。


 女はワインのグラスを手の中で回し、その縁まで赤い液体を滑らせる。

「ありがちですが、それ故分かりやすく受けも良い。少し切ない所が、世間的には受け入れられたようです」

「自信は無かったが、結果的にそうなら良かったよ」

 受けたのはあくまでも結果で、当たり前だが受けると分かっていた訳では無い。それでも俺がこのシナリオを書いたのは、ノルマをこなす事による生活のため。

「……俺が書いた彼等のシナリオを、一般層は間近で見聞きする。もしくは安っぽい読み物や、吟遊詩人の語りで耳にする」

「その通りです。大衆を喜ばせるのがあなたの義務、私達の責務です」

「建前は、だろ」

 微動だにしない女。

 俺は無理矢理笑顔を作り、席を立ってテーブルに手を付いた。

「……最後に俺が手を差し伸べ、名も無き可憐な花は救われる。というのを期待してたんだろ。実際俺は、そうするだけの力を与えられている」

「でも、そうはしなかった」

 女のローブがずれ、赤い瞳が俺を見据える。心臓を鷲掴みにされるというのは、こういう瞬間の心境かも知れない。

 心臓を、いっそ魂と言い換えても良い。

「自分にとって都合の良いシナリオを書き、それを自分の力だと過信する。……そんな姿を嘲笑うのが、この茶番の目的じゃないのか」

「さて」

「以前俺が勇者の動向を知りたいと言ったら、それが映像で確認可能だと答えた。それと同じように俺の姿も、どこかの貴族や金持ちが眺めてる。小物が道化を演じる姿は、無様だからこそ面白いからな」

 やはり女は微動だにせず、視線も俺から外れない。次の瞬間俺の首が床に落ちても、何も驚きは無い。


 無理矢理紅茶を飲み干し、呼吸を整え椅子に座り直す。言いたい事はほぼ言い終えた。

 それで気分が良くなるかと思ったが、ただ単に緊張と不安で胸が締め付けられるだけ。良い事は何一つとしてない。

「ご明察と言いたいですが、それを語る事であなたにどんな得がありますか。気分が良くなる以外にです」

「得は何もないが、初めから疑問に思ってたんだ。この話を持ちかけられた時から」

「よろしければ、お聞かせ下さい」

「俺や他の誰かは、魔の根源と戦う勇者のシナリオを書いている。ただそれは世間を喜ばせるための茶番。同時に、小物を嘲笑うための」

 女は否定の言葉を告げはせず、また肯定もしない。

 俺もそれに構わず、話を続ける。

「これが茶番だとしたら、こうも思う。魔の根源側も茶番。どこかの誰かが、魔の根源側のシナリオを書いてると」

「それは私では無く、王権への冒涜。この世界を否定する言葉ですよ」

「今更何を」

「……あなたが進む道は2つあります」

 大きく横に裂ける口元。そのまま俺を食べてしまってもおかしくないほどに。

 そして女は、細い指を2本立てた。


 何も語らずとも、その意味は理解出来る。

 1つはこのまま勇者のシナリオを書き続ける道。何ならシナリオで猫耳のウェイトレスとの関係性を深めても良いし、そんな力を借りずとも今までのように彼女を助けてもいい。

 淡く、温かく、穏やかで。誰もが望む、望むべき道を。

 例え茶番だと分かっていてもだ。


 女は席を立ち、テーブルに紙を1枚置いた。

「こちらを入力して頂ければ、ご希望に添えるかと」

「分かった。引っ越す必要は無いんだよな」

「ええ。勇者のシナリオと平行して下さっても構いません」

 女はそう言い残し、いつも通り音も無く出ていった。

 鍵を閉める気にもなれず、ノートパソコンを立ち上げソフトを起動。メモ書きに書かれた文字を入力する。

 表示されたのは「魔の根源。入力フォーマット」の文字。

 これこそ茶番どころか噴飯物。

 ささやかな幸せも、英雄の勝利も。人の生き死すら誰かが描いていたのだとしたら、どう思うのだろうか。

 だがそれも今更。

 あの日。女の誘いに乗った時点で、全ては終わっていた。

 

 どこまでが本当の気持ちだったのか。

 それとも結局は人の心を弄み、踊らせるつもりでしか無かったのか。


 

 貧しくてもみすぼらしくても、挨拶だけの関係でも。あの時は、もしかして幸せだったのか。

 それはもう分からないし、戻れもしない。

 

                             終わり

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