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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
リドリス領編
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9.転移させられました

 泣き続けてたせいで周囲の異変に気がつけなかった。

 いきなり手首を掴まれて顔を上げると、目の前のハンサムが顔を真っ青にして辺りを伺っていた。


「うわー、マジ怒ってる。お嬢ちゃん、とりあえず逃げるよ」

「は?」


 つかまれた手首が本気で痛い。細くて綺麗な手指だと思ってたけど、すごい力で手首に食い込んでる。


「痛っ」


 そう叫んで振りほどこうとしてもびくともしない。


「ちょっと黙っててっ」


 なんだか布一枚隔てた店の中からも叫び声とか動物のうろたえる声が聞こえてくる。一体何が起こってるのだろう。

 とりあえず自由になる右手で涙を拭って、ゆらゆら揺れる入り口の布を凝視する。

 そして――ようやく気がついた。

 何かとてつもないものが近寄ってきているのを感じる。ぞわりと寒気がして鳥肌が立つ。


「なに……これ」


 悪意の塊。いや、殺気の塊。

 喉元に刃を突きつけられてるような、そんな冷気が心を凍らせていくのが分かる。

 寒くもないのに歯が咬み合わない。

 気を抜けば間違いなく卒倒する。

 吟遊詩人も青い顔のまま、何か口の中でブツブツ言っている。私には聞こえてこないけど、おそらく魔法の詠唱だろう。


「目を閉じてっ。――『空間転移』」


 そう言ったように聞こえた。と同時に視界がホワイトアウトした。目を瞑るのを忘れててあわてて目を閉じたけど光が焼き付いてなんにも見えない。

 耳鳴りがキィンとして、耳も聞こえなくなる。

 声を振り絞って何かを叫んでるのに、何一つ音が聞こえない。

 鼻も焦げ臭い臭がしたと思ったら何も臭わなくなった。

 ただひとつだけ分かるのは、掴まれてる左手首の手の感触。食い込む爪の痛み。

 どれぐらい身を縮こめていただろう。 

 耳鳴りが収まるとざわざわと音が聞こえてきた。人の声、馬の蹄、売り子の呼び込み。足音。衣擦れの音。

 風でほつれた髪が頬を撫でるのも感じられる。


「もう目を開けていいよ」

「うん……」


 開けてみたけどなんだか世の中が白飛びして見える。余程強烈な光を見ちゃったみたいだ。

 鳥肌はまだ治まらない。震えも止まらない。

 強烈な殺気だった。うん、店の子たちだったら間違いなく失神する。こんな悪意を向けられるなんて……普通に生きてたらありえない。


 ……魂を削られるような感覚に、死すら覚悟した。


 ふわりと頭から何か被せられた。緑色の布地が見える。これ、吟遊詩人の着てたポンチョだ。震えてるから寒いと思ったのかもしれない。なんとか視線だけそちらに向けると、目の前のハンサムは懇願するように両手をすりあわせてた。


「巻き込んでゴメン。あー、でも俺が君に声をかけたのはちゃんと許可取ってからだし、あいつがこんなに怒り狂うほど溺れてるとは思ってなかったから……でもあのままあそこに君を置いていったら間違いなくあいつは君に酷いことをしただろうし……ほんとゴメン」


 吟遊詩人はしどろもどろに言いながら荷物を担ぎ直している。それから、懐を探って小さな玉飾りを震えるわたしの手に落とし込んで握らせられた。


「そのポンチョ、お詫びに君にあげる。それからこの玉飾り、皮紐か何かに通して肌身離さず持ってるといい。魔力を抑える魔術が掛けられてるから。君を探しに来る奴はそうそういないと思うけど、身を隠すにはちょうどいい魔具マジックアイテムだから有効活用してね」


 それだけまくし立てて、ハンサムはわたしをぐいと引き寄せた。思わず目を閉じると、額に柔らかな感触。


「じゃあ、またね」


 その声に薄っすらと目を開けると、もう目の前には誰もいなかった。

 額がまだほんのり熱っぽい。

 握った手を開くと琥珀色の綺麗な玉があった。


「なんだったの……一体」


 歯の根が合わないほど震えていた恐怖はずいぶん薄らいでいたようで、手の震えも治まってきた。

 そよと風が吹いてくる。顔は冷たいけど、ポンチョに残る彼の体温のおかげか体は寒くなかった。


「……帰らなくちゃ」


 ようやくそれだけ思い出して、わたしは顔を上げた。

 いつの間にか市が開かれてる広場の真ん中に立っていたみたいで、目の前を馬車や馬に乗った貴婦人たちが通り過ぎていく。彼女たちの奇異なものを見る目に気がついて、わたしはあわてて目立たない壁際に駆け寄った。

 何度か馬車に踏まれそうになって、さらに奥の路地に入ってしゃがみこむ。

 何だったの、一体。

 吟遊詩人の人も、名前すら聞けなかったし、なんで私を勇者だと言うのかとかも……聞けなかった。ううん、聞いてる余裕なかった。

 泣きまくったことを思い出して、両手で顔を隠す。泣いたせいかすこしだけ気は楽になった気がする。でも何一つ解決されてない。

 もしかしたら、あの吟遊詩人が元の世界に帰る手がかりを持っていたかもしれない、と今更になって気がついて、さらに深くため息をついた。

 それに……あいつって誰のことだろう。わたしには思い当たる節がない。この世界でわたしが知っている、もしくはわたしを知っているのは、召喚に立ち会った魔術師だけ。

 吟遊詩人はわたしを知っていた。……誰なの? あいつって誰?

 わたしを追ってきたの? それとも吟遊詩人を追っていたの?

 巻き込んだって言ってた。じゃあ、わたしが追われてたわけじゃないのかな?

 怖かったけど、そう思ったら少しだけ余裕が出てきた。

 わたしの追っ手でないなら、きっと今頃は吟遊詩人を追いかけてるに違いない。わたしなんて見向きもされないだろう。


「よしっ」


 自分を奮い立たせるために口にして、両手で頬をぺしぺしと叩いて立ち上がる。

 ここでじっとしてたって何も始まらない。それに、早く帰らないとまたクロが心配する。明日も仕事だし。


「帰ろっと」


 広場に出て、店のほうに向かう。広場の奥の方はめったに足を踏み入れないから見慣れないお店ばかりで迷いそうになる。

 広場の入り口まで降りてきて、わたしは首をひねった。いつも見かけるお店がない。レダやエミリーと何回も行った雑貨店が広場の直前にあったのに、そこには見慣れないいかつい石塀があって、鉄扉の門が設えてある。

 太陽を仰いで見る。部屋を出てきたのは昼休憩が終わって、ディナータイムの仕込みが始まる頃だから、十五時は過ぎてたはず。

 広場から店の方角を思い出す。買い物に出かけるときはいつも太陽を背中に背負ってた。ということは広場の南出口から出れば迷うことはないはず。

 なのに、見覚えのある場所が一つもない。焦って周辺を眺め回す。

 自分の影も長くなってきてる。これ以上ぼんやりしてたら夜になってしまう。

 夜の繁華街は子どもは出入り禁止だ。少なくとも外見上未成年に見られるわたしが出歩いていたら、間違いなく捕縛されるだろう。

 まずい。

 どうにかして帰らないと。でも……この場所をわたしは知らない。

 腹をくくって屋台の店主に声をかけた。


「あの……」

「ああ、孤児ガキに売るものはねえ。帰んな」

「いえ、そうじゃなくて」

「じゃあ何か? 金でもせびりに来たのか?」


 頭が禿げ上がった店主は汚いものを見るかのような目でわたしを見る。……これがこの世界のデフォルトだ。もう慣れたと思ってたけど、やっぱり心に刺さる。


「違います。あの……ここはどこでしょうか?」

「……は?」


 途端に不機嫌な表情になる。からかわれたと思ったのかもしれない。わたしがもう一度繰り返すと、店主は近くにあった棒を振りかざした。


「何の真似かしらねぇが、お涙頂戴な芝居はまっぴらだ。ここはエランドル王国の首都、フィラーラだ。わかったらとっとと失せろっ!」


 店主は棒を投げつけてきた。なんとかそれを避けて、わたしは逃げて逃げて路地裏に逃げ込んだ。


 ――首都フィラーラ! なんでこんなところに……。


 原因はわかってる。あの吟遊詩人だ。

 店にいる時に襲ってきたあの恐怖の存在から逃げるために、ここまで魔法で飛んできたんだ。


「どうしよう……」


 このままどこかの皿洗いにでも潜り込めれば、予定より早く魔術師や貴族に出会うことができるかもしれない。


『魔術師や貴族に会いたいなら王都にいくしかないねえ』


 会ってすぐの頃に聞いたアンヌの言葉が不意に蘇ってきた。

 確かにそう思ってきたし、そのための旅費を貯めようと思ってきた。

 でも……今のわたしではどこに行っても門前払いだということを知っている。

 今のなりを見下ろして、わたしはため息をついた。この世界の大人より頭二つ分小さい身長、細い手足、幼い顔……。少年と見なされるこの体も。

 一つだけ方法はある。

 わたしが召喚された勇者だと名乗り出ること。

 でも。

 『勇者』だと名乗ったところで、誰が信じてくれよう。

 頭のおかしい孤児と思われるだけだ。

 それどころか、魔王を刺激する存在だとして抹殺されかねない。


「だめだ……」


 魔術師も貴族も頼れない。そうでなくても異民族に対する蔑視が強いこの世界だ。よほどの後見でもつかない限り、わたしにそんなチャンスは訪れない。

 あの吟遊詩人についていったらよかったのかもしれない。吟遊詩人って貴族や王族の宴会に呼ばれたりすると小説なんかにはあった。なら、弟子入りしてあちこち出入りしていればチャンスはあるかもしれない。

 それに、彼の使っていた魔法。空間移動なんてすごい技を使えるなんて、この世界の吟遊詩人はもしかして皆魔法が使えるのだろうか?

 ならば……彼に弟子入りするのは悪い手じゃない。

 名前も知らないけれど、彼を探してみよう。派手ななりをしていたし、知っている人はいるかもしれない。

 ポケットを探って髪を留めるための紐を取り出す。さっきもらったあの琥珀の玉を通して落ちないように結び、髪の毛を三つ編みにして紐を編みこみ、リボンで一番下をきっちり止めた。首に巻くよりもこっちのほうが邪魔にならない。そういえば彼も髪の毛に飾りのようにぶら下げていたっけ。

 それから、ポンチョをちゃんとかぶり直した。

 目を閉じて、深く深呼吸する。


 ――今からわたしは吟遊詩人の弟子。孤児ガキじゃないしちゃんと仕事も持っている。背中を丸めずに胸を張れ、わたし。


 路地をたどり大通りを目指す。

 外はだいぶ暗くなってきた。今日はどこかで野宿するしかない。久しぶりだな。さすがに……クロは来ないよね。こんなところだもの。来たら驚く。

 大通りに出た瞬間、目の前が真っ暗になった。


「なに……?」


 ふわりと花のいい匂いがする。ああ、お風呂で使ってるシャンプーの匂いだ。

 耳元で誰かが何か囁いている。どこの言葉かわからないけど美しい旋律を聞きながら、わたしは眠りの中へ吸い込まれていった。

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